第13話 緊縛
免許証には平成11年7月31日と書いてある。
心愛は慌てて免許証をしまうが、俺のイライラは増していく。
「嘘ついていたの?」
「お客様。よろしければ、店内でお話しなさってはいかがでしょう?」
従業員にうながされ、俺はしぶしぶカウンターに座った。
気分転換のためにテキーラを頼む。心愛はスクリュードライバー。
「どういうこと? なんで18なんて言ったんだよ?」
「18くらいのほうが男の人は嬉しいでしょ?」
俺には理解しがたい。信頼関係が大事と言いながらなぜ年齢を偽ったのか。
心愛は一呼吸して、静かにリストバンドを外した。
あぁ、やっぱりリスカの痕がある。俺は最初感じた違和感を信じるべきだった。この女はヤバい。
それにこの傷は「ファッションリスカ」なんてレベルじゃない。傷は深くケロイド状になっている。何度も何度も重ねて切ったからだろう。
「これは古傷。もう切ってません」
「切ったこと、後悔はしてないんですけど、信頼できる人にしか知られたくなくて」
心愛はリストバンドをつけ直す。
「山田さんに会ってからリスカはやめたんです」
山田さんとは心愛の元彼、いやご主人様だ。
心愛にSMを仕込んだ男の話など聞きたくない。俺はテキーラのショットを飲み干した。
「私、18の時、高校の先生から襲われたんです」
目を落として話し出す心愛、言葉を失う俺。
「卒業式の2次会で、すこし豪華なカラオケ店にいったんです。南国にいるみたいで、皆リラックスしていました」
「カラオケ大会が始まってしばらくしたら、担任の先生から、ずっと好きだったと耳元で言われたんです」
動悸がして、息苦しい。
「動揺していると、何か具合悪そうだねと肩を抱かれながら部屋を連れ出され、トイレに」
言葉を絞り出すように話す心愛を見て、俺は思わず席を立つ。
またあの夜と同じ、頭の中が切り裂かれるような頭痛がするとともに、一瞬一枚の画像が見えた。
保育園のときの月島先生の手。
そこから俺の頭の中で、複数の画像がスライドショーのように映し出されていく。
先生と「僕」はトイレにいる。
「僕」は先生の胸に手をあてている。
先生は「僕」の下腹部に顔を埋めている。
声にならない叫びをあげ、俺は膝から崩れ落ちた。
「変な話して、ごめんなさい。ただ、ちゃんと説明したくて」
心愛の声はどこか遠くから聞こえる。
俺はスライドショーに出てきた画像の一枚一枚に痛みを覚えた。
なんで今頃思い出すんだろう!
凍えそうな自分の腕をつかむと、こめかみから頬に汗がつたうのを感じた。
今、自分がどこにいるのか、わからない。
「りくさん、ここは安全な場所ですよ」
心愛は俺の抱えている痛みに気づいたのだろう、背中をそっとさすった。
「触らないでくれ!」
俺は子どものようにわめく。
「もう帰りたい!」
マンションまで送るという心愛の言葉に俺は首を横にふる。
南さんには会いたくない。あいつは嫌がる俺を無理やり風俗に連れて行ったんだ。
心愛は俺の体を支えて店を出ると、流しのタクシーを拾った。
タクシー内はウレタンの匂いがしない。
過去はあんなに鮮明だったのに、現在のことは遠い世界に感じられた。
「りくさん。私に性的同意の大切さを教えてくれたのが、山田さんです」
そこまで話して心愛は、俺の目が泳いでいることを確認する。
「無理させてごめんなさい。私の部屋でゆっくり休んでください」
4回目の緊急事態宣言が解除されたのと同時に、俺は心愛に別れを告げた。
誰も信用することができなくなった。
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