あなたは私の光そのものでした。
れー。
金色のゆうしゃと黒の従者
これは終わった話。
後悔と悔恨と、誰にも届かない懺悔の話。
その日、地下室を閉ざした扉を開いて差し込む光ととともに現れたあなたの姿は、私の心に鮮明に焼き付いています。
「さあ助けに来たよ。君はもう自由だ。悪い魔法使いはオレがやっつけたからね」
その姿と言葉とともに私の世界は始まったのです。
自然にはあり得ない金属質の光沢をもつ黄金色の髪を獅子のたてがみのようになびかせ、大柄ではなくとも引き締まって鍛え上げられた体躯に、魔力の高まりを映して時に淡く輝くコバルトブルーの瞳。比喩ではなく異彩を放つ外見には不釣り合いな、そこだけは十代半ばの若者らしいあどけなさを残す精悍な顔立ち。
あなたは人々からゆうしゃ、と呼ばれていました。ゆうしゃとは遠い昔に世界を救った勇気ある英雄たちを指す呼び名なのだと、「オレはそんな器じゃないんだけど」と謙遜しながらあなたが教えてくれました。
あなたは太陽のように明るく朗らかで、誰にでも分け隔てなく手を差し伸べ、そして実際にどんな難題でも解決してしまう。力と魔力と知性にあふれたその姿は、ゆうしゃの伝承を知らない私の目にも、まさに人々から英雄視されるのにふさわしく映りました。
一方の私はといえば、男女の区別もあいまいな瘦せぎすの体に、手入れされないまま伸び放題の髪は明るい日差しの中でも全く光を返さない漆黒。怯えどころかなんの表情も浮かんでいない、やはり闇夜のような瞳の嵌った能面。助け出されたはずの私を、あまりの異質さに人々が遠巻きにしていたのも今ならば理解できます。
私にとって、そしておそらくあなたにとっても不幸だったのは、引き取り手の見つからない私があなたの一人旅の同行者になったこと、そして長く同行できるだけの能力が私に備わっていたことでした。旅立ってすぐの頃には、水以外ほとんど口にしない私がどこかからさらわれてきた町娘などではないことは明らかでしたが、私の記憶はあの地下室から始まっていましたし、あの家はあなたと魔法使いの衝突の余波で瓦礫となっていました。それでも私はあなたの人助けの旅に同行しそれを手助けできる幸運に感謝こそすれ、私自身の正体を深く考えることはありませんでした。私の漆黒の髪と瞳が周囲の魔力を無差別に吸い上げ続ける性質の現れであるとのちに判明した時にも、私自身にもひとところに留まれない理由ができたと内心喜んだくらいです。あなたも「君の人となりはこれまで一緒に旅したオレが保証できるからね。それで十分さ」と言い私の正体を積極的に探ろうとはしませんでした。それは持ち前の寛容さによるものだけでなく、振り返れば旅の初めの頃からあなたも私を憎からず思ってくれていたというのは決して自惚れではなかったと思います。
あなたの旅は過酷でした。おとぎ話に謳われるような、そして例えば私を助け出した時のような悪を打ち滅ぼせば済む場面は解決法が単純であるだけ簡単と言ってよく、人と人の諍いを諫め、疫病の克服に助力し、飢饉を一時しのぎに飽き足らず解決してみせ、時には国同士の争いに半ば力ずくで介入したこともありました。あなたは強大な個の力を備えていましたが、同時に個の力でできることの限界も承知していました。だからどこにも属さず、ずっと旅を続けているんだと。「オレはそういう意味では頭がおかしいんだよな。でもいいじゃないか。この過剰な力の使い道なんて他にないわけだしさ」ひとかけらの影も感じさせない笑顔でそう私に語ったこともありましたね。
時にはよりよい解決のために法を踏み越える場面もあるそんなあなたでしたから、統治者の応答も様々でした。多くは歓迎と感謝を示しつつ速やかな旅立ちをあなたに求めましたが、長く留めおこうとする強引な誘いも、利用や協力を諦め制御困難な不安要素を排除しようという策謀もありました。それでもあなたは人を、世界を愛し続け、旅をやめようとは露ほども考えないようでした。
直接手助けした人々にしても同様に、あなたは人々から間違いのない感謝と尊敬を集め、同時におそれとともに敬して遠ざけられていました。ですから、あなたが時に垣間見せる年端もいかぬ少年のような無邪気な表情はきっと私以外にはほとんど知るものはいなかったでしょう。「魚も嫌いじゃないけど小骨が面倒なんだよね」とぼやきながら身をほぐす姿や、旅の途中で立ち寄った泉で久しぶりの水浴びにはしゃぐ姿、そして私に見張りを交代して安心して眠る無防備な姿。
およそ十年。
私は本当に知らなかったのです。
私があなたに抱いたあの感情が、恋慕か敬愛かと悩み続けたあの感情が、それらとは全く違うものであったなんて。
そして知らなかったのです。あなたが口にしてくださった「君とひとつになりたい」という言葉の意味が文字通りの意味ではなかったことを。
それはこれまでと変わらず特別なことは何もない旅の道中、強いて言うならば街中での宿泊は必ず私に別室を確保していたあなたと、珍しく同室で宿泊することとなった晩のことでした。
どのような話の流れでそうなったかは思い出せません。それまでの旅路を懐かしみつつ振り返っていたのだったように思います。十年の間にいつのまにか少年から青年へと面変わりしたあなたが、あまり見せたことのない不安の入り混じった神妙な表情になり、私はあなたから愛を告げられました。そして予想もしなかった言葉に戸惑う私へ「君とひとつになりたい」と、あなたがそう打ち明けたのです。
その言葉を聞いた時の私の心持ちをいったいどのように表したらよいでしょう。その時確かに感じた胸の高鳴りは、今はもう思い出すことも叶いませんが、それは確かにそこに存在した真実でした。
「はい。よろこんで」
私はそう答え、あなたに初めて自ら腕を伸ばし抱き着きました。すぐに私の輪郭はあなたとの境目を見失ってほどけ、あなたを包み込みました。ああ、■■様。あなたも最初こそ戸惑い、反射的に私を引きはがそうとしましたが、すぐに苦痛のない恍惚とした表情へと変わり私に身をゆだねてくださいました。
それは本当に幸せな、夢のようなひと時でした。私が違和感を覚え、立ち止まり、引き返すことの叶わないほどのわずかな時間。ほんのひと時であなたの姿は溶け消え、後には人の姿をなくし、従前よりも一回り大きさを増した私が残されたのです。
私は戸惑いました。「君とひとつになりたい」と言ってくださったあなたがいなくなってしまったことに。そしてあなたがいなくなってしまったにもかかわらず、十年前から感じ続けたあの身を焦がれるような感情が満たされていることに。そして、ああ。人に交じってあなたと旅した十年の間に得た知識が私に悟らせたのです。私が人に似せて造られたいびつな存在であったことを。そしておそらくは処分することもできない失敗作であったがゆえにあの地下室に封印されていたのであろうことを。
私は嘆きました。瞳を失ったこの身は涙を流すこともできず、嗚咽を漏らす口もなく、変わり果てた自分の姿を覆い隠す腕も見つからず、ほんの先ほど感じたはずの胸の高鳴りが偽りでなかった証を探して嘆きました。
しかしふと気が付いたのです。あなたのいなくなったこの世界にも、あなたと私をつなぐものがまだ残っていることに。
あなたが私に望んでくださったように、私もあなたの愛した世界を愛し、ひとつになりましょう。それはあなたのいない今、私のエゴにすぎないのでしょう。それでもああ、■■様。あなたの愛した世界は、それとひとつになるということは、それはどんなにか
それをあなたにお伝えすることがもうできないのが、本当に残念です。
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