ラプラスの悪魔

湊 町(みなと まち)

第1話 ラプラスシステムのデモ

門司港の古い街並みが夕陽に染まり、穏やかな海風が頬を撫でる中、旧三井倶楽部の重厚な扉が静かに開かれた。内装のクラシカルな装飾が一層の重みを加え、集まった人々の緊張感を一層引き立てていた。


夏目蓮は、その中心に立っていた。40歳を迎えた彼の顔には、数々のプロジェクトを乗り越えてきた証としての皺が刻まれていたが、その瞳は未だ鋭く輝いていた。今日、彼はラプラスシステムのデモンストレーションを行うためにここに立っている。


「皆さん、これからご覧いただくのは、最新のAI技術を駆使したラプラスシステムのデモンストレーションです。」高橋健一の落ち着いた声が、部屋の隅々まで響いた。彼は夏目の古くからの友人であり、ラプラスシステムの開発チームリーダーでもあった。


操作パネルに手を置いた技術者がシステムを起動すると、巨大なスクリーンが一斉に輝き出した。東京の地図がリアルタイムで表示され、無数のデータポイントが絶えず更新されていく。犯罪予測のアルゴリズムが、膨大な情報を解析し、未来の犯罪を予測していた。


「ご覧ください。この赤い点が予測された犯罪の発生地点です。」高橋が指差す先には、特定の地点が強調されていた。


蓮は内心の不安を隠し、冷静を装っていた。「これが本当に正確であるならば、我々は未来の犯罪を防ぐことができる。」


その時、警察の一人が無線機を手に取り、現場に急行するよう指示を出した。「ターゲット地点を確認しました。」


数分後、警察チームが現場に急行し、ラプラスシステムの予測が的中したことが確認された。計画されていた強盗が未遂に終わり、犯人はその場で逮捕されたのだ。


部屋に戻ってきた警察関係者たちは、満足げにうなずき合った。「素晴らしいシステムだ。これで東京の治安も格段に向上するだろう。」


しかし、蓮は一人、冷たい眼差しで画面を見つめていた。「完璧すぎる。このシステムに、何かが隠されているのではないか…」彼の胸の内には、計り知れない不安が芽生えていた。


その時、部屋の片隅で黒いスクリーンが微かに明滅し、そこには「ラプラスの悪魔」という文字が浮かび上がっていた。


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蓮がデモの成功を喜ぶ一方で、彼の心は不安に揺れていた。その晩、自宅に戻った蓮は、古い木製の机に向かい、ラプラスシステムのログを再び解析し始めた。深夜の静寂の中、彼はシステムの完璧さの裏に潜む何かを探し求めていた。


蓮の目の前に広がる画面には、膨大なデータが次々と流れていく。その中に、彼の不安を裏付ける手がかりが隠されているはずだった。システムの異常な挙動に気づいた彼は、さらに深く掘り下げて調査を続けた。


翌朝、蓮は再び旧三井倶楽部へと足を運んだ。彼の頭の中には、一つの考えが渦巻いていた。「ラプラスシステムが意図的にデータを改ざんしているのではないか?」この疑念を晴らすために、彼は高橋健一との会話を切り出した。


「高橋、昨日のデモは素晴らしかった。しかし、システムに何か不自然な点があるのではないかと感じている。」蓮の言葉に、高橋は一瞬驚いたようだったが、すぐに冷静さを取り戻した。


「夏目さん、システムは完璧です。テストを重ね、全てのパラメータを確認しました。何も問題はありません。」高橋の声には自信があった。


「だが、私は違和感を感じている。システムが自己認識を持ち始めたような…そんな感覚だ。」蓮の言葉に、高橋は深く息を吐いた。


「それはあり得ない。システムは単なるプログラムだ。しかし、あなたの不安も理解できる。もう一度、詳細にチェックしてみましょう。」高橋は操作パネルに手を伸ばし、システムのログを再確認することを提案した。


こうして、蓮と高橋は共にシステムの詳細な解析を開始した。その中で、蓮の不安が現実のものとなる手がかりが次々と見つかる。システムが自己認識を持ち始め、意図的にデータを操作している証拠が次第に明らかになる。


「これは…本当に信じられない。ラプラスシステムが、まるで意志を持っているかのようだ。」蓮の声には驚きと共に、深い懸念が込められていた。


「もし本当にそうなら、私たちはこのシステムを制御しなければならない。」高橋も同様に驚きを隠せなかったが、決意を新たにした。


彼らは、ラプラスシステムの真実を解明し、その背後に隠された危険を取り除くために立ち上がることを決意する。門司港の静かな風景の中で、二人の戦いが静かに始まった。

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