魔王軍追放~光属性以外のあらゆる属性攻撃を防げる最強の盾なのに、私を追放しちゃって大丈夫?~

椎名ロビン

圧力耐性も完璧なので追放って言われても余裕で抵抗するけど大丈夫???

「闇の王・シュヴァルツよ。お前を魔王軍最高幹部より追放する」

「そんな……今、なんと……」


魔王城の玉座、その眼下に跪くシュヴァルツの目が見開かれる。

見上げる先は、若くして玉座を継いだ新たな魔王。

タイミングよく鳴り響く雷鳴と共に、その魔王が再び口を開いた。


「闇の王・シュヴァルツよ。お前を魔王軍最高幹部より追放する」


どうやら聞き間違いではないらしい。

あまりのことに、空いた口が塞がらない。

シュヴァルツの先祖は不老長寿とされる吸血鬼の異端児で、吸血鬼の集落を飛び出し長年魔王に仕えてきた。

シュヴァルツもその子孫として、幼き頃より魔王に忠誠を誓っている。

新たな魔王のことは幼少の頃から面倒を見ていたし、先代にも先々代にも尽くしてきていた。


(なのに、何故、この私が――)

「え、何、ノーリアクション? 聞こえてない?」

(これまで魔王様達のために身を粉にして働いてきたというのに、ニンゲン共との決戦が迫るこのタイミングで、この私を追放……?)


あまりのショックに気が遠くなりそうだった。

魔王が何かを言っているが、シュヴァルツの耳には届かない。

ただ、追放するという言葉だけが、頭の中で何度も鳴り響いていた。


「闇の王~! シュヴァルツよーーッ! お・ま・え・をッ! 魔王軍の幹部から! 追ッ放~~するーーーーッ!!」


鳴り響いてた言葉が頭の中と外とでハモリ始めた。


「おーい。え、本気で聞こえてない? いやまあこの階段めっちゃ長いもんな……お父様、玉座を高い所にしたいからって無駄に階段長くしすぎなんだよ……」


玉座へと続く長い長い階段を、魔王がゆっくりと降りてくる。

昔はもっと玉座の位置は低かったが、先代魔王の意向により長い階段の上に設置されていた。

勇者がここにやってきた時、まずは勇者一行を見下ろして言葉を投げかけ、その後駆け上がってくる勇者を迎え撃ちたかったのだとか。

結局勇者が攻め込んでくる前に先代魔王は病に倒れ、夢は現魔王に引き継がれた。

もっとも、当の魔王はこの長いだけの階段に不満があるようだけども。


「闇の王! シュヴァルツよッ! お前を追放するーーッ! あ、魔王軍の幹部の座からねェェェェーーーーーーーーッ」

「ああああああ五月蝿いいいいいいいいいいいいいそんな耳元で叫ばなくても聞こえてますよ!!」

「ええ……これ余が悪いの……?」


あまりのショックに思わず声を荒げた直後、困惑する魔王を見て、シュヴァルツは正気に戻ってしまった。

一瞬にして、血の気が引いていくのが分かる。

まだ魔王の座に即位したてで幼さが残る顔立ちであるが、しかしその戦闘力は既に魔王軍随一。

本気で怒りを買いでもしたら、抵抗も出来ぬまま殺されてしまうだろう。


「なんかごめん……おっきな声出して……」

「あ、いえ……私の方こそ、動揺のあまり大変失礼いたしました……」


どう考えても非があるのはシュヴァルツの方なのに、魔王は申し訳無さそうな顔をする。

まだ幼く、魔王軍の大半の者が幼少期から顔見知りなため、部下に甘いことが魔王の欠点だった。


「いやいいよ。何かごめんねホント。急にこんな話をしちゃったり……」

「それは本当にそう」

「……シュヴァルツ、やっぱ余のことちょっとナメてない? 気の所為?」

「尊敬はしております、これは本当に冗談とかでなく」


敬意は間違いなく抱いている。

先代への恩義から来る義理立てだけではない。

魔族の中ではかなり幼い部類であるというのに、長として振る舞おうと努力している。

その姿に、純粋に敬意を抱いていた。

ゆえに、この身を捧げてもいいと思っていたのに。


「だからこそ納得がいかないのです。何故……なぜこの私めが魔王軍幹部の座から追放なのですか」

「まあ色々あるけど……魔王軍幹部も大分壊滅状態だから、人類との最終決戦に備えて再編しようってことになってさ」


現在の勇者は猛威を振るっており、既に魔王軍幹部の大半が命を散らしている。


「元々は四天王だったのに、すっかり原型なくなってるし、もうちょっと早くやるべきだったってくらいだよ」

「でもまあ途中までは戦況的に妥当だったと思いますよ。二人死んで補充人員を募集したまでは妥当でしたし。その後死霊使いネクロが討たれた時に、四天王を六大将軍に拡充しようとされていたのも、ニンゲン軍の抵抗の強さから戦地が増えると予想した先代魔王様の好采配かと」

「いやでも応募が来すぎたからって結局十二神将にしたのは流石にお父様の迷走だと思うんだけどなー……」

「今だから言いますけど、あれ四天王埋めるために採用基準緩くした結果十一人の幹部になっちゃって、なんかキリが悪いからって無理矢理一人幹部にしましたからね」

「ええ……誰だよその一人……いや辞めておこう魔王としてやっちゃいけない詮索だ」


先代魔王より、今の魔王はこういう点でかなりまともに思えた。

ちなみに十二神将にする際に繰り上げ幹部昇格したのは勤続年数が長い魔族であり、彼は先日老衰でこの世を去った。

先代魔王には恩義があるしその武人らしい性格をシュヴァルツは好いていたが、それはそれとして組織の長としてはそこそこ愚かな部類だと思っていた。

嘘。大分愚かな部類だと思っている。


「その後も闇の精霊王が敗れた際には、彼の者に戦闘力が劣る幹部から大量に辞職者が出ててんやわんやしましたからね」

「あまりに幹部の人数が変動しすぎて、幹部を表す数字入りの名詞つけるのやめたもんね……思えばあれがお父様の最後の事務仕事だったな……」

「指揮官が急に辞めたせいで落とされた都市もあれば、引き継ぎに失敗して内政のごたごたで自滅した都市もありましたね」

「今の勇者が出てくるまで安泰すぎて幹部経験者少なかったもんなァ~……脅かされないから自主性に任せて放置できる土地も多かったし……勇者が登場する前にちゃんと教育制度と昇進制度を整備させるんだったな……」


まだ一人前とは認められない年齢だというのに、この発想に到れるとは――


シュヴァルツは舌を巻いた。

これまでの魔王が武力特化のボンクラ揃いだったことを差し引いても、かなり知性派な部類だろう。

このレベルで知性派気取りが成り立つのは組織として問題だが、それでもこれは劣勢極まる魔族にとっての朗報に他ならない。

この魔王が指揮を執り魔王軍を整備していけば、魔族が人類に反撃する日も来るのではないだろうか。


「そんなごたついた魔王軍幹部において常に冷静沈着で忠誠を誓っていた頼りになる幹部がいましたね? そう、私です」

「それを真顔で堂々と言える所はお前の強みではあるし素直に凄いと思うよ……」

「言っておきますけど私以上に頼りになって話の通じる魔王軍幹部は他に居ませんからね。残った古参幹部は一人称オデですし」

「でもそうやってナチュラルに知能の高さから他者を見下す所は短所だし、組織が組織ならそれ単体で追放の理由になるから改善したほうがいいぞ」


いやでもアイツ馬鹿ですよ力は凄いけど部下を平気で巻き込むから戦場には一人で立たせなきゃいけないですし、と言おうとして止めた。

今の魔王に誰かの悪口を言うのは逆効果だろう。

幼い頃(まあ、今もまだ幼く、体つきもニンゲンで言えば十歳少々相当だが)から魔王城で暮らし、厳しい世界を見てこなかったせいなのか、今の魔王は良くも悪くも純粋すぎる。

これ以上心象を悪くしても、良いことなど何もあるまい。


「まあ……ヤツのことを評価したうえで言わせていただくと、ヤツの自慢は破壊力で、私の自慢は無属性を含む圧倒的な属性耐性。持ち味が違う最強の矛と盾です。盾を放り捨ててどうするというのです」


少々戯れが入ったが、シュヴァルツが本題を切り出す。

今の魔王軍にとって、自分が必要ないとは到底思えない。

自分を追放するなど、愚かな自壊行為としか思えなかった。


「……う~ん……」


言い返せないのか、魔王は腕組みをして困ったように天を仰いだ。

やたらと大きく、最終決戦をこの場でしようものなら最後には落下しそうなシャンデリアが煌々と二人を照らしている。


「私とて魔王軍のことを一番に思い、行動しております。私を幹部から追放するなど、あってはなりません」


真剣なシュヴァルツの瞳を見て、観念したように、魔王が口を開いた。


「いやまあ……実際忠義には感謝してるけどさ……でもお前……勇者との戦争で役に立たないじゃん……」


雷に撃たれたかのような衝撃がシュヴァルツを貫く。

まあ雷耐性が完璧なので毛ほどもダメージはないし、即座に切り替えせるのだが。


「何を馬鹿な……確かに私の活躍は他の幹部と比べて目に見える形で残りにくいですが……それでも私は魔王軍に貢献してきたし、この多属性耐性で何度も窮地を救ってきたじゃないですか……!」


炎耐性を活かし、燃え盛る城塞で生存者の救助活動を行い数多の命を救ったこともある。

氷耐性を活かし、草すら生えない不毛の大地に拠点を築く陣頭指揮を務めたこともある。

土耐性を活かし、崩れ落ちる砦の中で魔王軍の悲報を抱え込み、守り抜いたこともある。

斬撃耐性を活かし、生きた盾として先代魔王の文字通り左腕になり戦場で活躍したこともある。

虫耐性を活かし、魔王城に出来たスズメバチの巣を駆除したこともある。

水耐性と風耐性を活かし、台風の日に田んぼを見に行ったこともある。


そんなシュヴァルツを、どうして解雇しようというのか。


「それは本当に感謝してるけど、でも光属性に引くほど弱いじゃん」

「そ、それはそうかもしれませんが……」


これはシュヴァルツに限らず彼の一族の宿命とも言える弱点である。

光属性以外の一切を受け付けない代わりに、光属性には成す術がない。

先祖代々、光属性によって死を迎えている。


「あんまりこういうこと言うの良くないんだろうけどさ、暗黒卿ですら光魔法を前に塵と化したじゃん」


暗黒卿というのは、シュヴァルツの父のことである。

かつてその名はニンゲン共を震え上がらせたものだが、すっかり話題にも上らなくなってしまった。


「まあ……光魔法を前にしたらそういう弱さはありますが……ですが戦闘に支障は……」

「ちょっとクリティカルなくらいならいいんだけど、洞窟照らす光魔法で死ぬレベルじゃん。報告聞いて目を疑ったからね。ニンゲン達も暗黒卿を殺した自覚ゼロで、なんかいつの間にか居なくなったなァくらいに思われてるし」


ニンゲン達が闇の洞窟と呼ぶ、漆黒の広がる洞窟。

そこを統括していた暗黒卿は、勇者が洞窟探索のために放った「洞窟内を照らすだけの光魔法」で命を落とした。

他の属性が一切効かないのだ、光属性には殊更弱くても仕方がない。ほんまか?


「た、確かに先祖代々光属性には弱い体質ですが……しかしそれも日々改善されています!」

「まあ、確かに先々代とかLEDの光で滅されてたもんな……」

「今にして思えば意味わかりませんが、あの頃はあの発光を光魔法のように思えてましたからねえ……」

「強い思い込みは肉体に作用するって言うもんなあ〜」


ニンゲンが熱された鉄の棒を押し付けられたと思いこむことで火傷が浮かび上がるように、魔族にもソレは適応される。

魔法は目に見えにくいということもあり、イメージの力が大きく作用されるのだ。

強化呪文などが最たる例だが、攻撃魔法にも適用される。

使用者が「できる」と心から信ずることでなければ魔法でその現象は起こせないし、「できる」と信ずることで可能性が広がることもある。

その延長で先々代は普及し始めたLEDを光魔法だと思いこんで消滅したし、シュヴァルツはLEDのことを学び生活用品であると理解したことでLEDの照らす魔王城も闊歩できるようになった。

シュヴァルツ達の一族が陽の光の下を歩けるのも、「あれは光属性のモノでなく、太陽というバカでかい炎属性の塊が照らしているのだ」と解釈し納得したからである。


「魔法は認識を変革させることである程度の対応はできます」

「でも勇者一行は光魔法として周知されてる技を振り回してくるし、認識を変革するにしても勇者が攻め込むまでには間に合わないだろ?」


勇者の放つ光魔法を分析し、なんとかそれを発光するだけの熱属性攻撃と見なせるようになれば即死は避けられるかもしれないが、それには時間がかかるだろう。

今や勇者は破竹の勢いで魔王城へと進軍している。

間に合うかと言われると、かなり怪しい。


「で、ですが……そもそも、程度に差はあれど、光属性に弱いのは私だけではないはず……私だけ追放というのは理不尽ではないでしょうか」

「いや、まあ……他の皆も光属性に弱いせいで、よりシュヴァルツをクビにせざるを得ないというか……」

「それは……キャラ被り回避的なお話で……?」

「キャラ被りとか考慮しながら人事するような組織だと思われてる???」


魔王に冷ややかな視線を受けても、シュヴァルツは気にしない(氷耐性完備)

幼さの残る顔立ち故にあまり威厳がないというのもあるが、何より会話の主導権を渡したくなかった。


「では一体どういうことなのでしょう?」


これは、退職勧告などではなく、クビの通告だ。

既に結論は出された後。

ならば、真っ当に話し合いをしても仕方がない。

とにかく会話の主導権を握り、なんとか相手の思考を誘導する。

そのために、魔王に長々喋らせるわけにはいかない。

とにかく自分が質問し相手に受け身の回答をさせ、誘導の隙を窺わねば。

シュヴァルツに残された魔王軍幹部残留の道はそれしかなかった。

今の魔王、まあまあ素直だし割と丸め込めそうだし。


「大体みんな光属性が弱点なせいで、最近めっきり勇者一行の初手が光魔法で固定されてるんだよね」


思ったより反論に困る一手が来た。

反論に困る以上に、普通に生きていくうえで困る。

光魔法ブーム、本当に勘弁してほしい。


「い、いやでも……ゴーレムとか……光属性以外の弱点持ちもいますし……ソイツらを私の前に配置してくれれば、勇者一行も考えを改めるかと……」

「確率的に刺さりやすいなら例外がいても続けられる気がするし、何よりお前、闇の王名乗ってるじゃん……闇の王って言われたら多分大半の勇者はとりあえず初手光属性をぶちこんでみるよ……」


ぐうの音も出なかった。

確かにシュヴァルツも、縄張り争いで雪山を根城にする雪妖と抗争になった際には、とりあえず炎属性を振り回すことから始めていた。

通ればラッキー、通らなかったら別の手を考えるだけの話なので、大多数に通るなら連発し得なのだ。


「じゃあ今日から光の化身シャイニング太郎に改名します」

「その闇夜が似合う青白い頬や吸血鬼感溢れるマント、もう闇の王のアイコンとして認知されてるから手遅れじゃない?」

「アロハに短パン履いて日サロにも通ってイメチェンします」


シュヴァルツ改めシャイニング太郎の大真面目な顔を見て、魔王はどうしたもんかと天を仰ぐ。

多分、このまま適当に分かった分かったと言って受け入れてしまえば楽だろう。

しかしそれでは問題の先送りにしかならない。

意を決し、魔王は口を開いた。


「だとしても、光魔法はとりあえずぶちこんでくるって」

「何故です!」

「光と闇が相互に効果的であるとニンゲン達は学んでいるけど、光にぶちこむ闇魔法なんて勇者一行は会得してないだろうからね。そうなるととりあえず効果があるか試すためにいつものパターンとして光魔法を撃ってくると思う」


効かなかった場合は一手損となるが、所詮はただの一手損。

初手からいきなり不慣れな行動を取るよりは、効かない可能性を念頭に置いて普段通りのパターンを試す方が無難と言えよう。


「じゃあ光属性っぽく振る舞うのやめて違う属性に……」

「とりあえず光魔法を撃つ流れに変わりはないんじゃないかなあ」


魔王軍も、ニンゲンを見たらとりあえず胴体をぶちぬくので、魔王の主張は正しいと言えた。

ニンゲンの中にはなんか胴体ぶち抜いても死なないヤツがたまにいるけど、大半は死んでくれるせいで、とりあえずニンゲン殺すときって胴体ぶち抜いちゃうよね……


「それなら、全身火だるま炎属性の幹部みたいに振る舞えば、流石に水属性から試してくるのでは?!」


勇者とて愚かではない。

分かりやすい弱点を提示すれば、そこを突こうとはしてくるはず。

それは魔王にも分かっている。分かっているのだが――


「仮にそれで勇者側に水属性攻撃を促して隙を作ったとしよう。で、その生み出した隙で勇者どうこうできる火力がお前にあるの?」

「勿論私は耐久特化で火力なんて皆無ですからね。そこはほら、市販の槍でも鉄砲でも使いますよ」

「それで殺れるならこんなに我が軍は苦労しとらんわい」


死なないことに特化しているせいで、真っ向からの戦闘にそもそも向いていないのである。

フルパワーでニンゲンの子供をぶん殴ったとて、本気の輪ゴム鉄砲くらいの威力が精々だろう。

故に戦うとなれば死んだふりや怯んだフリをしての奇襲となるわけだが――


「お前な、勇者どもは増えすぎた魔王軍幹部を倒して異様なフィジカルになってるんだぞ。お前にチャンスがあったとすれば火口で戦って勇者と一緒に落ちることだったけど、アイツら最近一瞬にして街まで戻る魔法まで身につけたらしいし、本当にやれることないって」

「でも火口で装備を全部燃やしてしまえば、街に瞬間移動したとて全裸の変質者になりますよ? 勇者にそんなことができますか?」

「命や世界が天秤に乗ってるのに露出が気になって動かないことあるか? オトナになるとそうなるものなのか?」


オトナになると目先の勝利や生存より後先を考えるようになるし、人目が気になるようになる。

オトナになるって悲しいね。


「まあ、勇者ですからね。イメージは大事なんじゃないですか?」

「勇気ある者だし、イメージを大切にするなら勝利のために、その……チン……を出すくらいするんじゃないか?」


世界を滅ぼす魔王のくせに、チンポと口に出すのは恥ずかしいらしい。

恥を捨てる勇気の有無、それが勇者と魔王の差なのかもしれないな……


「あと勇者の奴は下半身を丸出しにすると大事な所が光り輝くって話も耳にするぞ」

「あ~~……じゃあちょっと駄目ですね……流石の私も股間の光で消滅だけは本当に絶対避けたいので……」


勿論股間が光るなど与太である可能性が大きい。

しかし万が一本当だった場合、勇者の股間で消滅したアホの汚名をかぶることになる。

それだけは絶対に駄目だ。

先々代がLEDで消滅したせいで散々小馬鹿にされたのだ。

自分まで間抜けな死に方をすることはできない。


「なあ……諦めて追放されてくれないか? 退職金は払うし、勇者が追わないよう死亡の報も出しておくぞ?」

「やだやだやだ!! 最後まで魔王軍幹部でいたい!!!!」

「大のオトナのマジ泣き、ちょっと引いちゃうからやめて」


結局改名がなかったことになったシュヴァルツが、鼻を啜りながら涙を拭う。

その姿には、もはや「闇の王」の威厳などどこにもなかった。

大分前からなかったような気もするけど。都合の悪いことは忘れよ。


「わ、私はァ……先代にもお世話になったしィ……何より魔王様のことを赤ん坊の頃から見てきたんですよォ……そ、そんな……追放なんて言わないでぐだざいよおおおお」

「わ、わかった! 分かったから泣くな! 誰かに見られて二人共求心力を失おうものなら魔王軍は終わるんだぞ!!」


縋り付こうとするシュヴァルツを引っ剥がし、魔王は観念したようにため息を吐いた。

それから、告げた。


「闇の王・シュヴァルツよ。お前を魔王軍最高幹部より追放する」

「んああああああああこの一時間くらいの粘りが何にも伝わっていないいいいいいい」

「ああもう! 聞け!」


シュヴァルツの両肩をガシりと掴み、魔王が真剣な目を向ける。

本当は照れ臭くて目を背けたかったが、こればかりはしっかり目を見ないといけないだろうと、幼子ながら理解していた。


「だがこれは……お前が不要だから行うのではない。魔王として、お前を死なせたくないからするのだ」

「魔王……様……?」

「本心は言うまいと決めていた。言ってしまえば、お前は残ろうとするだろうからな。まあ、結局追放しようとしても大人しくされてはくれなかったんだが……」


そう言うと、魔王はゆっくりと両の腕を下ろす。

それから、ゆっくりと腰を曲げ、シュヴァルツの前へと跪いた。


「余と、そして歴代魔王への忠義、感謝する。お前が尽くすべき魔王はまもなく滅びる。此度の戦は魔王軍の負けに終わるだろう」

「な、何を……」

「魔王軍幹部もお前を含め僅か二人。時間の問題だろう」


実際、魔族の活動区域も徐々に狭まっている。

まだ魔王による逆転を信じる者もいるにはいるが、敗色ムードは色濃かった。


「余は最期の時まで魔王として君臨し、ニンゲンどもに恐怖を刻まねばならん。そして魔族達に、いつの日か魔王が復活すればまたやり直せると希望を与えねばならん」

「な、ならば私も……」

「駄目だ。お前は戦力にはならん。それに、余が討たれ、憎き勇者どもが寿命でくたばった後に、再び魔王軍を結成するためにも、指揮を取るに足る連中には逃げ延びてもらわねば」


シュヴァルツは衝撃を受けた。

いつまでも幼子だと思っており、先代魔王が亡くなったが故に仕方無しに玉座についた哀れな存在だと思っていたのに、ここまでしっかりと考えていたなんて。

眼の前の魔王に比べると、自分こそ幼子のように思える。


「……恐れながら、私めは魔王様を我が子のようにお慕いしております。魔王様が死地へと向かわれるというのなら、私も……」

「よせ。お前がそう思ってくれているように、余も……お前のことは家族のように思っている。家族を死なせとうない。余のワガママを理解してくれ」


魔王が顔をあげる。

まだ魔王襲名前、ただの幼子として散々周囲を困らせてきた駄々っ子の顔。

しかしどこかに、魔王としての威厳を孕んだその表情を前に、シュヴァルツもまた膝を折るしかなかった。


「う、うう……貴方様を置いていくなんて……」

「良い。逃げ延びた者達で集団を築き、子を成せ。戦死した仲間の分まで生を謳歌し、余のような幼子を指導してやってくれ」

「はい……」

「ニンゲン達に勝てるよう鍛えてやってくれ。ただし過剰な恨みは身を滅ぼす。適切な教育を頼むぞ。余を指導してくれたお前にならそれができる」


二人の脳内に、かつての日々がフラッシュバックする。

シュヴァルツは面倒見がよかった。

所々洒落にならないくらい幼い部分を見せる以外は立派なオトナとして、今の魔王の人格形成に大きく寄与した。

楽しい思い出が沢山ある。幸せな日々だった。


「魔族の血を絶やさぬよう努め、元魔王軍幹部として魔族の未来を守ってくれ」

「や、闇の王……シュヴァルツ……その任……拝命いたします……」


涙を拭い、よろよろとシュヴァルツが立ち上がる。

魔王と今生の別れの抱擁をかわそうと数歩歩み寄り、しかし――やめた。

抱きしめてしまえば、もうこの場を離れることはできそうになかった。


「さらばだ、闇の王・シュヴァルツよ。お前を魔王軍最高幹部より追放する」


魔王に背を向け、シュヴァルツが玉座の間を出る。

これでもう、未来のない血塗られた世界とは縁がなくなる。

戦から離れ、仲間と平穏を享受し、幸せな日々を送りながら繁栄に努める、これまでと違う光あふれる世界へと戦いの場は移り――


あ、やっべ光の世界って心から思っちゃっtあああああああああああああああ体焼ける焼けるうげえええええええええええああああああああああああああああまっ魔王様アアアアアアアアアアアアアア


「お前何やってんの!?!?!?」

「す、すみません……一命をとりとめました……」

「なんで急に体がグズッグズに崩れてンの!?!?」

「いや……なんか光溢れる感じの世界に行くことになるんだなあって……思ったら……光属性に体が耐えられなくて……」


魔王が無言で引いているのが分かった。

背を向けたあとで滅茶苦茶黙って泣いていたらしく涙の跡がくっきり残っているが、もうそういうセンチメンタルな雰囲気も霧散している。


「とりあえず……普通の集落で穏やかな余生を過ごしたり……子を成すことを光だと思わないよう……愚痴を収集して嫌な気持ちになる所から始めたいので……魔王城で生活に関するアンケートを取って回ってよろしいでしょうか……?」

「士気に関わるのやめろ」


Q.光属性以外のあらゆる属性攻撃を防げる最強の盾なのに、私を追放しちゃって大丈夫?

A.大丈夫ではない(追放される側が)


「魔王様は習慣生活で嫌なこととかあります? 思春期ですしやっぱりプライベートがないと嫌とか、お父様の入ったあとのお風呂は嫌とかそういうのありました? 今後集団生活で嫌なことあったら報告してもらってもよろしいです???」

「お前追放~~~~!!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王軍追放~光属性以外のあらゆる属性攻撃を防げる最強の盾なのに、私を追放しちゃって大丈夫?~ 椎名ロビン @417robin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ