音楽は世界を救わない

@D-S-L

 先が見えている。

 

 風の前に積もった塵山ちりやま

 雨を受け止める木々を失くした崖。

 肉食の鼻先に墜ちた雛鳥。


 それらと同じだ。

 先が見えているのだ。


 は、地を這っていた。

 前足と後ろ足の四本で、低くゆるやかに地上を進んでいた。


 体毛はその細い肉を、こごえから守ってくれた。

 しかし飢えを遠ざけてはくれない。

 熱を閉じ込めて、どこにも逃がしてくれない。

 暑くて熱くて音を上げて止まれば、急激に汗をかいて水ばかり出て行ってしまう。

 渇きまでが、足音を立てて近寄って来る。


 前足が地を掴み、自らの重心を少しでも前に倒して、支えにしようと反射的に逆の足で地を踏んで、そうやってユラユラと肉に操られるまま前進。

 足先、裏の柔らかい部分が、堆積した葉や泥の中に、硬く鋭いごく微小な粒が混ざっているのを、如実に感覚する。


 敏感に、感じ分ける。

 そう、敏感過ぎるのだ。

 それで木を掴み、己を引き上げ、体重を足一本で支える。その時、足の裏が無数の危険信号に突き刺される。

 それは悪い事だ。

 悪い事からは、離れなければならない。

 でなければ、途絶えてしまう。

 自らを残すこの旅路が、終わってしまう。

 それは、その事だけは、生まれた時から知っていた。

 その信号を体が受け取ったなら、一目散に逃げるべし。

 だから、足の指を離した。

 その木には、もう登らない事にした。

 

 先に進む。

 別の木がある。

 触れる、掴む、力を籠めて、後ろ足を浮かせる。

 裏に信号がブチブチと食い込む。

 一つ二つだけでなく、全体的に満遍なく抉られる。

 指を離す。

 進む。


 ずっと前から、ずっと同じ事を繰り返していた。

 ただそれ自身には、陽が出てからどれくらいだとか、最後に腐って落ちていた実を食ってから鼓動何回分だとか、そういう概念が存在しなかった。

 自らが危機的状況だとは、何となく分かっていた。

 うるさいくらい、からだがそう主張していたから。

 けれどそれがどの程度なのか、具体的に測る法を持たなかった。

 

 だから、漫然と四本で歩くだけなのだ。

 それ以外、それ以上の発想も本能も、今のその者には手に入れるよしも無い。


 だから、


 先が見えているのだ。

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