二 伝承

 三日後、西尾氏の邸宅を訪れる約束をした私は、それまでの間に古い文献を当たって〝ろくろ首〟のことを調べてみた。


 そうした史料によると、ろくろ首──漢字で書くと〝轆轤首〟には、お馴染みの「首が伸びる」タイプと「首が胴から抜ける」タイプの二種類があり、意外や歴史的には「抜ける」タイプの方がむしろ主流であるようだ。故に〝抜け首〟や〝飛頭蛮ひとうばん〟とも呼ばれているらしい。


 江戸時代になると「伸びる」タイプの話もそれなりに多く語られるようにはなるのだが、その起源を狐狸妖怪の類ではなく、酷使された遊女が痩せこけ、首が長く伸びたように見えたことに求める説もある。


 一方、「抜ける」タイプはというと、『三才図会』や『捜神記』などの中国の古書にも記されており、ジャワ島やヒマラヤの洞窟に棲んでいたとされる。


 また、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『怪談』にも、旅の坊主が宿を求めた木樵きこりの一家がじつは飛頭蛮で、「首が抜けている間に身体を隠すと戻れずに死ぬ」という言い伝えを思い出し、すんでのところで喰われずにすんだ話が掲載されている。


 さらに筆まめ大名・松浦静山の書いた『甲子夜話かっしやわ』なんかにも、実際、飛頭蛮であった女中の話が見られるのだが、これがじつに興味深い。


 その女中達は、どうやら無意識に首を飛ばしていたようなのだ。


 無意識にろくろ首になる……それはまさに西尾咲乃のケースと類似するものだ。


 まだ咲乃が本当に〝ろくろ首〟であるかはわからないが、もしかしたらこの女中の話に、何か解決の突破口があるのかもしれない。


 ともかくも、まずは彼女の症状をこの目で確かめてみなくては始まらない。私は諸々の機材を準備すると、西尾の邸宅へと向かった──。

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