ろくろ首

平中なごん

一 依頼

「──どうやら娘はろくろ首・・・みたいなんです」


 高価たかそうなスーツをパリっと着込み、立派な口髭を生やしたその人物は、私の診療所を訪ねてくるなり、唐突にそんなことを言い出した。


 娘の名前は西尾咲乃にしおさくの。父親である彼は西尾源蔵といった。


 西尾氏は某地方自治体の議員をしており、家はそれなりの資産家で、中学生になる咲乃はいわゆるお嬢さまの部類だ。


「ろくろ首? あの首がにゅーと伸びる?」


「はい。世間で云われているものとは少々違う感じがしますが、その首がにゅーと伸びるろくろ首です」


 私が怪訝な顔をして尋ねると、西尾氏は鸚鵡返しのようにしてそう答える。


 西尾氏の説明によると、どうやらこういうことらしい……。


 俄かには信じられないような話ではあるが、娘の咲乃は夜眠っているうちに首が胴から長く伸び、自由自在に宙を飛び回るのだそうだ。


 しかし、彼女にその自覚はまるでなく、目を覚ますとまるで何事もなかったかのように元に戻るのだという。おそらくは意図的にではなく、無意識にそのような状態になってしまうのではないかというのが西尾氏の見解だ。


 つまりは病気の一種のように考えているみたいで、そこで私に治療してほしいとのことだった。


 ちなみになぜ私に依頼してきたかといえば、私が精神科医だからであるとともに、オカルト的なものにも興味があり、心霊をはじめ、超常現象に関する研究も趣味としてしているからである。


 その話がどう広まったものか? 時折、この手のクライアントが私の小さな診療所へもやって来たりする。


「お願いします。どうか娘を助けてください。まだ中学生なのにろくろ首だなんて他人ひとに知られたら……娘の将来のことを思うと、あまりにも可哀想でなりません」


 代議士のわりには腰が低く、礼儀正しい西尾氏は神妙な顔をして私に頭を下げる。


 無論、娘のことを心配していることに違いはないのだろうが、その口振りからは世間体を気にしている本心も覗い知れる……まあ、議員で資産家の町の名士ともなれば、それも致し方ないことではあるのだろう。


「わかりました。では後日、お宅の方をお伺いしして、まずは娘さんの症状を確認させてください」


 いずれにしろ、私に助けを求めてきたクライアントに違いはない。私は西尾咲乃の治療を請け負うことにした──。

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