2-1 犠牲なくして
「ええっ!それじゃあ街の外にいる妹を連れ戻さないといけないってこと!?」
「今ノーザンが言っただろ」
一足遅れて驚くキッドに、ジャックは冷静に反応する。しかしそのジャックの方も、顔に僅かな焦りを滲ませていた。
「それに、門の周りと言ってもどこまで探せばいいのか分かりませんわ……」
ダリアも困った表情で呟いた。一概に裏門と言われれば、関所としての機能を持つ一点を指すことになるが、手配中の妹がそこで待つ訳がない。従って門から壁に沿って離れた場所に待機しているのだろうが、円形に湾曲した壁に沿われては探しにくい。
「ジャック、場所は分かっているのかい」
「ああ、それはハッキリ見えている」
ノーザンに聞かれたジャックは、扉のある方向を指差す。その様子を、プリモは不思議そうに見た。
「お、おい……その扉がどうかしたのかよ」
「扉じゃなくて方向だ」
そう言いながらジャックは、片目を瞑り指を僅かに右方向へずらした。
「正確には、扉より西に40度の方向だ。昼間からずっと裏門で隠れていたから、恐らく間違いない」
「昼間言っていた”不審な影”か……。あと、エンタープライズの名前は視えるかい。〈カタル〉というらしいんだが……」
「いや。ここからだと遠くて視えない……が、強い後ろめたさを持っているな。逃げてきたことと辻褄が合う」
「そうか……」
ジャックがそう言うと、ノーザンは口元を覆い、納得して呟いた。
ジャックは地頭が良い上に、勘が鋭い。こういう危機的な状況でジャックに助けられた回数など、もはや数えることすらできなかった。今回に関しても、当然に疑う必要もない。
「しかしジャック。そんな位置に隠れていては、帰ってくるコンダクターに見つかってしまうじゃないか」
「でも助けに行ったら、僕らがコンダクターに殺されちゃうよ!」
キッドは、手振りを大きくノーザンに訴えた。ノーザンはまた片手で口を覆い、目を伏せて考える。
「おい待ってくれ!それじゃあすぐには向かえないのかよ!?」
プリモは激しく動揺し、ノーザンに顔を近づけて声を荒げた。しかしノーザンは冷静に、深刻な状況を告げる。
「……極めて難しいだろう。リスクが大きすぎる」
プリモは呆然とした。その表情を見ることもなく、ノーザンは言葉を続ける。
「コンダクターと対峙した場合、勝ち筋は全く無いと言っていい。本当なら、コンダクターの立っている方角に歩くことすら避けたいくらいだ」
プリモは、それ以上ノーザンを責めることはできなかった。自警団とオーケスティアを束ねるコンダクター、その実力はフランディアの誰もが最強と唄う絶対的なものだ。当然、プリモも肝に銘じている。
そんなプリモに、ノーザンは一呼吸置いて、口を開いた。
「……だが、運良く打開できるかもしれない方法が、一つだけある」
「ノーザン!」
ジャックが慌てて止めに入る。
ノーザンが眼を見開いたとき、ノーザンが考えることと言えば一つしかない。自身が破滅するほどの負担を被って、力尽くで事態を解決しようとする。要するに、「僕が無理をしてでも何とかする」だ。
「お前が行くのは駄目だ!万が一でもお前が死んでいい場面じゃないだろ!」
「……死ぬと決まったわけじゃないよ」
「日光で門をくぐる前に死ぬだろ!せめて外が暗くなってから――」
「今いかなければ全部無駄も同じだ!」
ノーザンは声を強めた。
「……僕の命も、ほんの一瞬の決断によって救われたんだ。こんなところで迷っていたら、今頃僕は死んでいるよ」
ノーザンは、胸に手を添えた。ジャックは、その心臓が今動いている理由を知っている。だからジャックは一度口を閉ざし、静かに拳を握り締めた。
「…………」
冷静になった空間に、一人の手が上がった。
「あの……宜しかったらわたくし……」
「余所者の力は借りない。それでだがノーザン――」
「少しだけお話を聴いてくださいっ!」
バタバタ足踏みするダリアを、ジャックは疎ましく見下ろした。
「何なんだ、今は一刻一秒を争うんだ」
「私ならきっと、望む場所に連れて行くことができますわ!」
ダリアはそう言うと、ジャックの方を見上げた。
ジャックは不審げにダリアを睨んでいたが、何かに思い当たり、僅かに眉を揺らした。
「〈アバク〉―――」
ジャックの胸がパキリと鳴り、目の色が変わる。そして強引に貫くような視線がダリアを見透かした。
「ほう……?」
ジャックは訝しげな視線で顎をさすり、思案する。
「……お前、エンタープライズは持ってない、よな……」
ジャックはプリモやエリオンを視た時のように、ダリアを凝視する。が、どれだけ目を細めてもエンタープライズを持っているようには見えない。しかし、ダリアから返ってきた返答は、予想通りに常識外のものだった。
「持っていますわ。冴えないものですけど」
それを聞くと、隣でキッドが声を漏らす。
「えぇっ!?ジャックこれ、”例外”じゃん!この子!」
「何だと……?」
ジャックは、心底あり得ないといった様子で眉を歪ませた。
「わたくしの営みは〈マウ〉……。わたくしと力を合わせれば、あの高い壁を超えることだってできるはずですわ!」
全員は、ダリアの指差す窓の外を見る。家々の隙間を縫った先には、高くそびえ立つフランディアの城壁が西日を浴びていた。
「あの壁を……破壊でもするのか?」
目を細めてジャックが言うと、ダリアは皆の方へ振り向いて、ハッキリと告げた。
「いいえ、”超える”んですわ!わたくし達の脚で!」
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