第2話 受付嬢

 ハンターズユニオンの中は非常に広く、左側(西側)には何十人ものハンターが座ることのできる酒場が設置されている。右側(東側)には「クエスト掲示板」がずらりと並んでおり、出入口正面には5か所ほど受付がある。


 ソロプレイをしている時から、俺は真ん中の受付でクエストを受理してもらっていたので、あの頃と同じように、そのまま前進した。


 「こんにちは!今日はどのようなご用件で・・・・・・あれ?もしかして、ルシファーさんですか!?」


 溌剌とした声と可憐な容姿が素敵な受付嬢ノエルが俺を見るや否や、驚きの表情を浮かべた。受付嬢は、首からお洒落なデザインの名札をぶら下げており、名前を把握することはできたが、あまり覚えていない。ただそれよりも、ノエルの発言は当然スルーできるものではない。


 「えっ!?な、何で知っているんですか!?」

 「そりゃもちろん、知っていますよ!というか、昨日も来てくれてたじゃないですか?」

 「昨日?」

 「えっ、何ですか?あっ、もしかして、私をからかってますね!」


 ノエルは可愛らしくプスッと頬を膨らませた。何それ、可愛い。あと1万回は見たい。


 ・・・というか、やっぱり、めちゃくちゃ流暢に喋るよな・・・。表情筋もしっかり動いているし・・・。


 「昨日というか、ここ数週間、ずっと『獄炎龍ヘルヴェーテ』を狩ってましたよね!ルシファーさんが狩りまくるから、ヘルヴェーテの素材が流通しすぎて、ユニオンも困っているんですから!」


 ・・・ちょっと待てよ。確か、『ヘルヴェーテ』の狩猟クエストはスペリオルでしかしない受けられないはずだ。


 俺が就職活動に失敗し、最後にやけくそになって狩りまくっていたのは「ヘルヴェーテ」で間違いない。つまり、俺は4年後にこの世界にログインしたが、今は4年前の世界に繋がっていることになる。


 ・・・この状況がありがたいのか、よく分からないが、ノエルとは話がスムーズに進みそうだ。


 「ちょっと、ルシファーさん、聞いてます!?」

 「えっ、あぁ、すみません。もちろん、聞いてましたよ。」

 「本当ですかねぇ・・・?」


 ノエルがジト目で睨んでくる。かつてのプレイ時では、そのような仕草は見られなかったので、とても新鮮だ。


 「そういえば、装備を変えたんですか?初め来た時、一瞬誰か分からなかったので。」

 「まぁ、気分転換に・・・・・・。」

 「そうなんですね!その装備もよくお似合いですよ!まぁ、私個人としては、前の装備の方がかっこよかったですけど!」

 「なるほど。」


 俺は何のためらいもなく、愛用の「シュヴァルツシリーズ」に装備変更した。めちゃくちゃ可憐な受付嬢に、そんなこと言われたら、誰であっても装備変更するでしょうが!!!


 「えっ、あれ!?装備を元に戻して、良かったんですか!?」

 「もちろんですよ。」

 「やっぱり、その装備が、めちゃくちゃカッコイイですね!!」


 俺は渾身のイケボを炸裂させたが、見事にスルーされた。そして、ノエルには「その装備が」という主語を強調されてしまった。


 ・・・うん、まぁ、何となく分かってはいましたよ。でも、期待ぐらいさせてくださいよ・・・。


 「ところで、今日は『ヘルヴェーテ』の狩猟を受けに来たんじゃないんですか?」

 「いや、その実は・・・・・・」


 ノエルは、不思議そうな顔で俺を見つめる。


 「この『ハンターズユニオン』で泊まれるって噂を聞いたんですけど・・・。」

 「えっ、ルシファーさん、ギルドを追放されたんですか!?」

 「いや、まぁ、追放されたというか、何というか・・・。」


 八百屋のおばさんの話しぶりから、この世界において、「ハンターは、ギルドの拠点で寝泊まりする」というのが完全にステレオタイプ化しているようだ。受付嬢であるノエルも例外ではないのだろう。ここは、「ソロプレイヤーです!」と言って、変に勘繰られるより、そのまま会話の流れに乗った方が賢明だ。


 「まぁ、追放された感じですね・・・。」

 「えぇ、ルシファーさんの程の実力者を追放するギルドなんて存在するんですね・・・。」


 ノエルは目玉が飛び出しそうなほど、驚いていた。コロコロと表情が変わり、見ていてとても面白い。


 「ルシファーさんがおっしゃった通り、ギルド所属ではなくなったハンターに対して、ハンターズユニオンでは、特例として宿舎をお貸ししています。ただ、一つ条件がありまして・・・。」

 「条件ですか?」

 「はい。HRが500以上でなければ、お貸しすることができないんですよ・・・。」

「なるほど。」


 誰にでも宿舎を貸していたら、ハンターズユニオンとして収拾がつかなくなってしまうのだろう。ただ、HR500以上とはかなり厳しい条件だ。1ランク上げるためのハンターポイントの基準も、HRが上昇するにつれ、当然増えていく。そもそも、ギルド所属のプレイヤーでも、HR300を突破するのは容易ではない。HR500となれば、言うまでもないだろう。俺もソロプレイでHRを上げるのには、かなり苦労した。


 「・・・ちなみに、ルシファーさんのHRっていくつなんですか?」

 「えっ、把握していないんですか?」 


 ノエルは、慣れた手つきで空中に投影されたパネルのようなものをチェックしている。プライバシー保護なのか、俺には映し出された内容を一切見ることができない。しかし、ノエルは突如として困惑した表情を浮かべた。


 「・・・すみません、本来であれば全ハンターのHRを登録しているのですが・・・・・・、先程からなぜかルシファーさんのだけが見られなくて・・・。こんなこと初めてで・・・。」


 ・・・バグなのか?まぁ、俺の存在自体が一種のバグのようなものだし、仕方ないか。


 「それに、『獄炎龍ヘルヴェーテ』の狩猟難度はDなので、クエストにHR制限はなく、使用武器の攻撃力が条件となっています。ですので、ルシファーさんのHRを確認していませんでした・・・。本当にすみません。」


 ノエルは、申し訳なさそうに深く頭を下げた。俺が『ヘルヴェーテ』を狩猟するときに使っていた、氷結属性が付与された長剣「アブソリュートゼロ」の攻撃力は1000万で、クエストの基準を10倍以上上回っている。クエストの受理条件でもないのに、そんな奴のHRをわざわざ確認する方が珍しいだろう。


 「もう一度、正確な数値を入力するために、ステータスを見せていただくことはできますか?」

 「もちろん、いいですよ。」

 「すみません、ありがとうございます!恐らく、ルシファーさんのHRは550程度だと思うので、宿舎を貸すことはできると・・・」

 「えっ!?」

 「えっ?」


俺は快諾し、ステータスをオープンしようとした際、ノエルの口から聞き捨てならない言葉が飛び出た。


 「えっ、HR550程度?」

 「あ、い、いえ、す、すみません!!もう少し高かったですかね!!600とかですか?」


 ノエルが慌ててHRの予想数値を訂正したが、全然惜しくない。もちろん、ノエルから悪意は感じ取れないため、純粋に誤解しているのだろう。ただそれでも、明らかに数値がおかしい。


 ・・・ひょっとしたら、これヤバイかもな・・・。


 俺は少し冷や汗をかきながら、恐る恐るノエルに尋ねてみた。


 「ノエルさん、HRの上限ってご存知ですか?」

 「何ですか、急に?というか、もちろんですよ!ハンターズユニオンの受付ですから!999ですよ!」

 「で、ですよね~!」

 

ノエルの言葉を聞き、俺は一安心した。しかし、その穏やかな心は一瞬にして終わりを迎えた。


 「ですが、HR999のハンターなんて存在しませんよ?これまでの人生で、見たことも聞いたこともないですし、ハンターズユニオンに登録されているハンターの最高ランクでも900ですから。」


 ・・・はい、終わった。ルシファー先生の次回作にご期待ください~。

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