第2章 マグネリア王国
第4話 マグネリア王国にやってきた
こうして、私はマグネリア王国にやってくることとなった。
供に付けられたのは、なんだか死にそうな老人ばかりであった。
「やぁ、国王様もよぅまたこんな老いぼればかりを集めたもんだぁ」
「あたしゃ、しがない洗濯ババですよ。姫様の面倒を見切れるとは思えないんですがねぇ」
「そう言うけどサァ、マチルダ婆さん。謝礼に目がくらんで片道切符に手を出したのはお前さんだろうに」
「娘夫婦に『子どもの教育には金がかかる』って身売りにされたんだヨォ!」
「何を隠そう、俺も身売りだぞ」
「ジジィババァの身売りたぁ、世の中摩訶不思議だねぇ」
「昔は金の工面といえば、子どもの身売りだったんだけどな」
「世知辛い! いやぁ、世の中、世知辛い!」
だははは、と笑い声が響く馬車の中、私は一人、黒いヴェールを被ったまま静かに外を見ている。
この馬車の中には、自称も他称も老いぼれな侍従侍女達が居座っているのだ。
国王は馬車の数までケチったので、唯一の貴賓用の馬車である私の馬車にも使用人が詰め込まれている。
使用人用の馬車は安物で尻が痛くなるらしく、使用人達は競って私の馬車に乗りたがった。
そして、大木の幹のように図太い神経をした彼らは、静かに外を見る私を他所に、世間話に花を咲かせるのである。
相手は五人、私は一人なので、多勢に無勢。
私は諦めている。
ちなみに、護衛達はなんだか三十代の男が多い。
酸いも甘いもわかったようなプライドの高そうな顔付きの者が多く、私にも老いぼれ組にも話しかけてこない。
時たま、暗い目でこちらを見てくるのですごくうっとおしい。
どう考えても、暗殺専用の部隊である。
あれらは私だけを処理するつもりなのだろうか。
この自称他称おいぼれ侍従侍女達も巻き添えなのだろうな。
多額の謝礼金。
彼らの家族がわかって了承していたのだとすると、鬼の所業である。
ああ、世の中、世知辛い。
頭痛が、痛い。
こうしてたどりついたのは、マグネリア王国の王宮だ。
寄り道は暗い顔つきの護衛達が許さないのでしかたがない。
王宮の正門を通るとき、ふと、このマグネリア王国の正門を堂々と通ったヴィンセント王国の王族用馬車はこの馬車くらいかもしれないと思いながら、窓の外をカーテンの隙間からこっそり眺める。
「我々は、ヴィンセント王国より参った。こちら、ヴィオレッタ=フォン=ヴィンセント殿下である!」
ヴィンセント王国の護衛の兵士の一人が先ぶれの声を上げると、周りから拍手が聞こえた。
昨日泊まった宿から到着の日時を指定していたので、出迎えがいるらしい。
しかし、うちの兵士も大概である。
そんな声を上げたら、すぐさま私が馬車から出てくると皆が期待するではないか。
「よっこいしょ。アァー、やっと着いたヨォ!」
スンッと拍手が鳴り止んだのが手に取るようにわかった。
もちろん、最初に馬車を降り立ったのは、侍女のマチルダ婆ちゃんである。
今日は初めてこの王宮に来るハレの日なので、いつもに比べると着飾っている。彼女は、いじらしいところのある可愛いお婆ちゃん侍女なのだ。
私は貴賓なので、馬車の一番の上座――つまり、一番奥に座っている。
馬車から出るのは最後である。
きっと、マグネリア王国の人達は、マチルダ婆ちゃんを私だと思っているのだろう。
可哀想に。
「……ヴィ、ヴィヴィアン第三王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
あ、なんだか可哀想な人達の代表っぽい人の声が聞こえる。
声が震えている。
憐れなことだ。
しかし、婆ちゃん達はめげない、負けない、気兼ねしない。
「あんらヤダァ、素敵な御人じゃぁないの! あたしがあと五十歳若けりゃ、このままお手を取りたいところなんだけどねぇ」
「マチルダさん、あんたそんなに若くなったら、消えてなくなっちまうヨォ!」
「違いねぇ! 違いねぇ!」
「おやまぁ、マチルダさんの言うとおり、本当にいい男! オホホ、目の前を失礼いたしますわね」
「おいおい、この人、王子サマを見て色気付いてるぞ」
「ほら、出てった出てった。後ろがつかえとる」
五人の使用人達が出た後、王宮入り口は静まり返っていた。
私は流石に少し悩んだ。
とんだ登場シーンである。
なんとか王族っぽさを出さねばならない。
とりあえず、ゆっくり出ればいいか。
私は、もったいつけるように、それはそれはゆっくりと馬車から身を現した。
黒いヴェールを頭から被っているので、姿がはっきり見えるわけではないが、身分の高そうな若い女の登場に安心したのだろう、周りから全力でほっとしたような空気が伺えた。
特に、馬車の入り口付近にいる一番目立つ若い男。
アイリス姉様と同じ金髪碧眼の、見目麗しい青年は、ちょっと涙目になりながらこちらを見ていた。
歳の頃は、二十代半ばほどだろうか。
瞳が大きく、顔だけなら女性と見間違うこともありそうな中性的な雰囲気の人だ。
男からも女からも引く手数多だろう。
もしかして、この人が私の相手なんだろうか。気の毒に。
私はとりあえず挨拶を済ませることにし、その場でゆっくりとカーテシーをする。
「ヴィンセント王国からやってまいりました、王国第三王女ヴィオレッタ=フォン=ヴィンセントでございます」
私の挨拶に、ハッとした様子の王子さまは、慌てて口上を述べ始めた。
「ようこそ、ヴィオレッタ第三王女殿下。私はマグネリア王国の第一王子にして王太子を拝命しています、マイケル=ミゼル=マグネリアです。長旅の上、この国までこの国まで来てくださったこと、本当に感謝いたします」
なるほど、これがマグネリア王国の第一王子か。
野蛮というよりは、線が細くて、むしろ野蛮な男に襲われてしまいそうな美しさがあるけれども……夜になると、野蛮なのだろうか?
そんな適当なことを考えているうちに、無骨で野蛮な原始人のはずの第一王子は挨拶を終え、私達は部屋へと案内されることになった。
老いぼれ組は、後ろでやいのやいのと元気にうるさかった。
誰かに怒られてほしい。
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