変わり者の少年

karam(からん)

変わり者の少年

 人の何十倍もある木々が乱立する深い山森に、大樹に巻き付くように作られた集落があるのは知っているかい? 多くの者が訪れる、冒険者の間では有名な地なんだ。

 そんな集落の大木の1番上に、一風変わった店がある。置いてある商品が一般的ではないことと、辿り着くまでに数えきれない階段を上る必要があるということで、賑わう下層の店に比べて客がいないのが普通の店なんだけどね。

 そんな店の主人は、背の低い少年だ。親も兄弟もいない。たった1人で店を切り盛りしている。

 得体のしれない液体の入った小瓶や用途の分からない壺に始まり、ボロボロの上着やオルゴールなど多種多様な商品が無造作に敷き詰められた狭い空間の奥で、カウンターに座って暇を持て余すのが彼の日常だ。売り上げがないなら止めればいいのに、と周りの仲間からは言われているが、少年には店を続ける理由があった。

 この店には、全くと言っていいほど客が来ない。だからこそ、たまに訪れる客は個性派揃いなんだ。最上階にあるガラクタだらけの店にわざわざ来るのだから、目的が異なっていても一癖ある客が多いのは事実だった。

 少年は、そんな人たちから集落外の話を聞くのが好きだった。特に冒険者からは、面白い体験談を聞くことができるらしい。少年が店を続けるのは、そういった話をずっと聞いていたいからなんだろうね。今回はその少年が「私」に話してくれた、一風変わった客の話をしようと思う。


 カラン、カラン。

「お邪魔するよ。お、凄い量の商品だな」

「……凄いな」

「何ここ、埃臭い」

「え、暗っ」

 その日は昼過ぎに、久しぶりの客が来た。それも一度に4人。こんなことは、滅多にない。快挙かもしれない。少年は嬉しくなった。

 明るい声で先頭を行くのは、背中に剣を携えた少年。驚きの声を上げ、その後ろから入ってきたのは感情の乏しそうな青年。続くのは、大きく変な帽子を被ってグニャグニャとした棒を持った少女、短剣をいくつも腰に巻いた小柄な元気少女である。

 背中に剣を携えた少年以外の反応を見るに、彼らは渋々付いてきた感がある。しかし、客であることには変わりない。いらっしゃいませ、と店主の少年は大きな声で言った。

 一瞬、彼らは薄闇の奥から聞こえた声に驚いたようであったが、店主の姿を認めると会釈して商品を見始めた。1つも統一性を感じられない商品棚を、珍しそうに歩き回っている。

「これ、何ですか――?」

 突然、元気少女に声を掛けられた。油断していた店主は、慌ててカウンターから身を乗り出す。

「そ、それは、瞬発力のポーションです。動体視力が良くなります」

「ふぅん、下の店でも似たようなの売ってたけど、こっちは身体強化系も付くのか。しかも安い。……もしや、掘り出し物か」

「え、凄いじゃん」

 他の仲間が興味を示したように、集まってきた。その様子を見て、店主の少年は申し訳なさそうに、そうなんですが、と零した。

「それらの効果が付く代わりに、少々困ったことが……」

「困ったことって?」

「……猫耳と尻尾が生えます。もちろん、一時的ですが」

「へ?」

 シーン、と場が静かになる。グニャグニャした棒を持った少女が、ふっと息を漏らした。

「あっはっは、つまりそのポーションを飲めば、可愛い猫ちゃんになるってこと? ライラード、飲んで戦ってみなよ」

「やだよ、別の意味で目立ちそう」

「案外、我らの名を売る、良い機会になるのでは?」

 感情の乏しそうな青年が、微笑みながら言う。今更だが、彼は首に十字架のネックレスを付けている。この集落に宗教というものは存在しないが、教会関係の人だろうか、と店主の少年は思った。

「そんな姿で、有名になりたくないっての!」

 背中に剣を携えた少年が、仲間に抗議する。一見、喧嘩しているように見えるが、なんやかんや仲は良さそうである。

 彼らは、ポーションを元の棚に戻した。買う気は無くなったようだ。再び、四人の客は棚を物色し始めた。時折、効果や使用後の代償などを聞いてくる。先程のポーションで、ここにあるものが他とは一味違うことを理解したみたいである。

「これ、ください」

 しばらくして、店主の少年の前に数個の商品が置かれた。火耐性アップ鈍足付きのブーツに錆びた短剣、普通の回復ポーション、毒耐性付きのローブ、オルゴールなどである。

「全部で、×××です」

「はい」

「ありがとうございます」

 爽やかな笑顔で代金を払う、背中に剣を携えた少年。グニャグニャした棒を持った少女は、その隣で興味がないように別の方向を見ている。

「ねぇ、あそこの壁、板が外れてるけど直さないの? 隙間風が入って寒いでしょう?」

 突然、壁から目線を変えないで訊ねた少女。あぁ、と店主の少年は頷き返した。

「何度直しても、外れてしまうんです。周りの板が脆くなっているみたいで。恥ずかしながら、きちんと直すほどの金もないんで、そのままにしてます」

 笑いながら言う少年を一瞥し、そう、と少女は零す。

「それなら」

 少女はグニャグニャとした棒を前に突き出し、何やら唱え始めた。ひとりでに板が動き出し、どこからか現れた新品のネジで壁に打ち付けられていく。周りの壁も修復されていった。

「へっ、えっ?」

「そんなに、驚くことないでしょうに。……もしかして魔法、初めて見たの?」

 あんぐりと口を開けた店主に、少女は呆れたように言う。そのまま彼女は、踵を返して店を出て行ってしまった。

「あの……」

「突然、すいません。彼女なりの、お礼がしたかったんだと思います。良いものが掘り出し物で買えたと、人一倍喜んでましたから」

 申し訳なさそうに、背中に剣を携えた少年が言う。

「そーそー、ライラードの言う通り。だから気分悪くしないでね、てんちょーさん。あ、ちなみにリィちゃんの魔法は凄いから、そこら辺の店で直してもらうより、ずっと丈夫になってると思うよー。良かったねぇ」

 いつの間にか、目の前に元気少女が来ていた。

「そ、そうですか。……あ、ありがとうございます」

 状況が呑み込めないままに、店主の少年は慌てて頭を下げた。

この集落は様々な人、時には人ならざる者も訪れるため、魔法使いが特別珍しいわけではない。しかし皆、休息を取りに集落に来ているため、魔法を使う機会がないのである。故に、これほど間近に魔法を見たことはなかった。

 ……否、魔法を見た驚きもある。しかし店主の少年はそれよりも、自分に何かを施してくれた人に、どんな反応をしたら良いのか分からなかったのだ。

 挙動不審になっている店主の少年を置いて、三人の客は店から出ていこうとする。ふと、背中に剣を携えた少年が振り返った。

「あ、そうだ。戦いが終わったら、僕たちはこの集落に戻って来るつもりです。ここにも寄るでしょうから、よろしくお願いします」

「あ、あの」

 思わずといったように、彼らを呼び止めた店主の少年。背中に剣を携えた少年は、微笑んだ。

「どうしました?」

「戦いって、東国の抗争ですか? あ、いや、個人的な質問は避けるべきなのでしょうが、どうも気になってしまって。近頃、抗争に参加するため、集落に来る方が多いんですよ。なので」

 背中に剣を携えた少年は、首を振った。

「違います。東の方に行くのは、確かですが」

「では」

「……倒しに行こうと思っているんです」

「倒しに? 何をですか?」

 えぇ、と背中に剣を携えた少年が笑顔で答える。

「魔王を倒しに行くんです」

「ふぇ?」

 聞いたこともないような、間抜けな声を出した店主の少年。それでは、と言い、三人の客は店を出て行ってしまった。しばらくの間の店内には、口をあんぐりと開けた店主の少年が取り残されたという。 


 数か月の後、この店に来た四人の客が金銀やら宝石やらを大量に置いて帰ったそうだ。「君のおかげで、全員無事に帰ってこれた」と言ってね。店主は、泡を吹いて驚いたんだって。そのときに貰った魔王が持っていたとされる盾と剣は、今でも店の奥に非売品として置いてあるそうだよ。

 もし君があの集落に行って、風変わりな店を訪れたのなら、ぜひ見て行ってくれ。きっと、面白い話が色々聞けると思うよ。……あぁ、時間が来たのか。それはしょうがないね。それじゃ、またどこかで。

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