盤上の戦い

羽弦トリス

第1話浅井名人と神田15世大名人

その日は、マスコミが殺到していた。

浅井4段がデビュー29連勝を挙げたからだ。

その時、浅井は17歳。

高校生棋士の活躍にメディアに取り上げられた。

それから、3年後、最年少大名人を獲得。

彼の強さの秘密は、記憶力が凄いところでいる。

棋譜を読むと、その棋譜を暗記する。

棋士のほとんどは、記憶力に長けているが、浅井はその何十倍も凄い。

最年少タイトル制覇を果たした。

浅井は退屈していた。自身より強い棋士がいないがために。

指しても、全ての対局で勝ってしまう。あと、2期大名人のタイトルを保持すると16世大名人の名誉が付く。


ある朝、浅井が自宅でコーヒーを飲んでいると、三和新聞社からの電話があった。

話しによると、神田15世大名人が浅井大名人の挑戦なら指しても良いと。

浅井は、電話を切るとガッツポーズした。

「良しっ!神田大名人を倒せばオレの名は世界中に広まり、女に苦労しないだろう、アハハ」

ある日、将棋担当の三和新聞記者と面会した。

「浅井大名人、おはようございます」

「おはよう」

「浅井さん、社長室に案内するよ」


浅井は記者と一緒に三和新聞社長室に向かい、記者がドアをノックした。

「どうぞ」


「失礼いたします」

「失礼します」

2人はそう言って入室した。


社長室には、社長と白髪混じりのオジサンがソファーに座っていた。

オジサンは高級腕時計をして、名刺を出した。

弁護士だった。聞けば、神田15世大名人の顧問弁護士らしい。


「ま、君たちソファーに座りたまえ」

「はい」

「はいっ」

2人は腰掛けた。

「浅井君、もう知っているだろうが、神田15世大名人が君との将棋は1局指しても良いとおっしゃっている。神田大名人は219連勝して指す相手がいなくなり、10年前に突然将棋界から消えた人だが、君の挑戦なら良いとおっしゃっている、どうだい?」


「そうですね。神田15世大名人は、富士山を見ながらの対局が1番好きだと。そして、よく晴れた日の14時20分の富士が最も美しいと」

浅井は、得意気に語る。

「それは、今から20年前に絶版となった、神田大名人の随筆集に書かれたもの」

「私は10歳の時に読みました」

「素晴らしい」

「神田15世大名人にお伝え下さい。大名人の連勝は219連勝で止めると」

顧問弁護士は、

「そう、お伝えします」

と、言った。


「浅井君。この対局はうちの三和新聞社が独占取材をする。君が勝てば、また、新聞の部数も伸びる。勝利者にはトロフィーと副賞3000万円だ」

「分かりました」


浅井と記者は、

「失礼します」

と、同時に言って社長室を出ると、カメラマン達が浅井の写真を撮った。

翌朝の朝刊の見出しに、

「記憶力の大天才浅井陽太VS読みの大天才神田大八15世大名人との決戦決定!」

と、あった。

様々なメディアに浅井は出たが、神田大名人の動きは無い。全く無い。

浅井は神田の将棋棋譜を検索した。

読めない。

今までの棋士とは全く違う。

指し手が奇抜であり、終盤は決して間違え無い。

記憶力の天才・浅井は神田の手筋を読む事が出来なかった。だが、タイトルは本期も勝ち、タイトル総ナメ。


だだ、年齢70才の神田の実像が掴めないでいた。


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