夏風と退屈

天然王水

夏風

 俳句甲子園と云う物がある。

 高校生になり、文芸部に所属した事で、初めて知った言葉だ。

 文字通り俳句の大会であると云う事以外は、全く知らない。

 毎年のどこかで始まって、部内の奴等がそれに出す俳句の提出期限だかに追われ、どうにか間に合わせてどこかでやって、いつの間にか終わっている、まぁ恒例のアレ、みたいな印象しか無かった。

 対岸の火事の様に傍観していたそれに『補欠として来い』と半ば命令の如くに云われたのが、二日程前である。

 理由を訊けば、俺の他にも部員は居たのだが、そいつ等は人格的な問題があり、それを鑑みた結果、俺に白羽の矢が立ったのだと云われた。

「……チッ」

 殆ど無意識に、舌打ちをした。

 ここが、自分しか居ない自室で良かった。

 何故なら俺は、文芸部に所属しておきながら、俳句には一切手を付けていなかったから。

 俳句は嫌いだ。

 そもそもが小説専門の俺としては、文字数が少な過ぎて、伝えたい感情の総てを伝えられる気がしないから。

 季語等の要素も、その要因の一つに思える。

 季語には逆に色々な物事が詰まり過ぎてややこしいのだ。

 そこが良いんだと云う奴が部内には居るが、まぁそこは個人差だろう。

 問題は、外に出なければいけない事だ。

 俳句甲子園の会場は愛媛県。

 そして今現在、俺が自室で23℃の冷房を浴びている都道府県が愛知県。

 外に……出なければいけない。

 今の季節は夏。それも真っ盛り。

 ニュースでは例によって、熱中症になって病院に搬送された人間の話だの、何らかの気温の記録を更新しただの、不吉極まり無い話題が続いている。

 そんな状況で俳句甲子園をやるのだ。それも二泊三日で。

 以前開催された俳句甲子園の映像記録を見た限りでは、予選をアーケード商店街、本戦を専用の会場でやるらしい。 

 本戦はまだしも、予選はほぼ屋外の様な物だ。

 正直に云って、行きたくは無かった。

「でもなぁ〜、俺そんな事云える様な立場じゃねぇしなぁ〜……」

 数十日程前まで、俺は幽霊部員だった。

 理由は前述した、俳句が嫌いな理由と関係している。

 俺が通う高校の文芸部は、俺の専門である小説より、俳句や詩の方に比重が置かれている。

 それによって部内で貢献出来ている気がしなくなって、俺が居なくても良いだろうと思ってしまい、段々と行かなくなった……と云った次第だ。

 いつの間にやら代替わりしていた部長(クラスメイトの女友達)に部室まで連行されなければ、卒業までそうしていただろう。

 閑話休題。つまりは少し前まで幽霊部員だった俺に、実質的な拒否権は無かったのだ。 

「まぁ補欠だし、良いんだけどさ……」

 荷物の準備はもう終わっている。再三確認もしたし、忘れ物は無い筈だ。

 仮に忘れ物をしても、それ程困る事も無いだろう。

 ベッドに寝転がり、ネットの知り合いにコンタクトを取った。

 風呂も入り、夕食も食べ終え、歯磨きも終えた。

 気晴らしに俺が書いている小説に対する意見交換でもして、少ししたら寝よう。

 そうして軽い気持ちで始めた意見交換が予想以上に盛り上がり、寝る時間が遅くなったのはまた別の話だ。

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