アブノーマル

くらげれん

第1話 高校生活

 中学校の教室。正面に男の子。ニヤつきながら喋っている。

 心臓が一回、ドクッと強く唸った。いくら息を吸っても体中に行き届かない。心臓の奥に何かある。苦しい。重い。...気持ち悪い。心臓を中心に気持ち悪さが広がっていくのがわかる。心臓止まれ。止まれ。止まれ。

 思わず走り出した。気持ち悪さが酸素不足の苦しさで紛れるまで。走った。気持ち悪い。苦しい。長い長い廊下を走り続けた。

 そして目が覚めた。

 窓の外はこの世に不幸など存在しないかのような晴天だった。


『LGBTは、男と女以外の性別を表すもの。セクシャリティはこの四つだけではなく五十から六十程度ある。私はその中の一つ、リスロマンティックだ。これは、好きな人、嫌いな人、初対面の人、どんな人が相手だろうと自分に恋愛感情を向けられれば嫌悪感を抱いてしまうというもの。重要なのはからでも気持ち悪く感じること。蛙化現象とは全く別物で、恋愛感情そのものに嫌悪感を抱く。』


 中学生の時の日記を閉じ学校へ向かった。スカート丈は膝下、髪は後ろで低いひとつ結び、縁の太いメガネをかける。内気さを溢れ出させた制服姿だ。





 六月になりクラスではカーストが形成された。見事トップになった男女がそれぞれわーきゃーと騒ぐ。そして恋バナが始まる。話を聞きたくないカースト下位の私は黙って教室を出る以外対処法がないのが面倒だ。仕方がない。

「ユサ、また新しい本読んでるね。」

 声をかけてきたのは幼馴染で隣のクラスのリョウだ。イケメン高身長で勉強できるハイスペック男子には気軽に声をかけてほしくない。これで目をつけられたら困る。しかも私の高校での男子の友達というのが、リョウ一人なのが危うさを加速させる。というのもリスロマであることに気づいてからは、新しい男子の友達は作るのをやめた。高校に入ってからも、事務連絡以外では異性のクラスメイトとは話していない。

「ユサさ、なんで地味なフリしてるの?」

「前に言ったじゃん。リスロマだって。」

 実は私は、中学ではカースト上位のイケイケ女子だった。リョウはそれを高校でもやってほしいらしい。

「リスロマだからってわざわざ地味にする必要はないじゃん。」

「必要あるの。だって私、かわいいもん。みんな私のこと好きになっちゃうでしょ。」

 自分で言ったが想像以上に恥ずかしい。

「確かに。」

 ここは否定するところだリョウ。そうです。リョウは天然なんです。

「まぁ冗談は置いといて、本当にもう誰にも好かれたくないの。」

「...それって、すごく寂しくない?」

 好かれたくないのは本心だ。でも、寂しい。リョウの言う通り。本当はみんなと仲良くしたいし、恋人だってほしい。もちろん心の底から好きになった人だ。でもそれができない。そういうものなんだって受け入れるしかない。

「誰かを嫌うよりは寂しい方がましだよ。」

 私は口角を上げた。リョウは私の寂しさに共感しているような顔をしていた。

「リョウは華の高校生活楽しみなよ!」

 丁度よくチャイムが鳴ってくれた。私はじゃっと言い、教室に逃げるように入った。






 駅のホームで電車を待つ。鉛色の雲が空の青を覆い始めた。ホームには他校の学生も多く、必ずどこかから恋バナが聞こえてくる。前に好きって言ってた人にはもう冷めただとか、先輩に告白するかどうかとか。そういう話を聞く度に思い知らされる。自分が普通でないことを。普通に好きになって普通に好かれることが難しいことを私は知っている。イヤホンを付け、スマホに視線を落とす。こうして自分の世界に入るのが一番楽だ。

 スマホが通知で震える。親友からのメッセージだ。

『ねぇ!報告あるから今から会お!』

 私に予定があるかもしれない可能性など一切考えていなさそうな能天気さが私の心には薬になる。

『最寄りのカフェで待ってるね!』

 私の返信を待たずに追いメッセージだ。私は『うん』と返信し、スマホを鞄にしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る