#9
無事に今年の文化祭ステージを終えた僕らは、校庭の真ん中で燃えるキャンプファイヤーを眺めながら花壇のブロックに腰掛けて座っている。
4人で並んでいるものの会話という会話を交わすことはなく、ただただ揺れる炎と2日間の熱気の余韻を感じていた。
「先輩、引退したらそのままバンド辞めるんすか?」
聞き辛い話題をサラッと口にした昴は、炎から視線をずらす事なく先輩に尋ねる。
「……あぁ、そのつもりだ」
先輩も目を合わせる事なく平然と答えると、もう2度とこのメンバーでステージに立たない事を実感させられた。
僕は侘しい気持ちで一杯のまま俯くと、昴は僕の気持ちを代弁する様に「俺は嫌です」と続ける。
「こうやって一緒に音を紡いで、演奏して、やっと『Flash Back』として形になったのに、ここでさよならなんて踏ん切りがつかないってか……」
「ドラマーならまだ軽音部にいるだろ……俺がいなくてもお前らならきっと良い音楽ができる」
淡々と話す岡部先輩は何かを諦めた様に睫毛を下ろすと、自嘲にも近い笑みを浮かべた。
「それ、本気で言ってるんですかぁ?……僕は顔面凶器の居ないバンドに入った覚え無いんですけどー」
すかさず悪態を吐く柳田君は片頬を膨らませて頬杖を突くと、「卑屈ニキも何とか言って下さいよー」と僕の顔を覗き込む。
「えっ?あっ……ぼ、僕も昴と柳田君に同意です。……このメンバーでしか『Flash Back』には成れませんから」
夜風が重々しい空気を連れ去る様に吹き抜けてゆく。返ってこない先輩の答えを待ち望んだメンバーは、その風に先輩の声が紛れてしまわない様に耳を欹てる。
「……好きにしろ」
全く可愛げのないその言葉に苦笑いした僕らを睨んだ先輩は、ヤケクソの様に「当てはあるのかよ」と眉根を顰めた。
「まぁ、あるっちゃあるし、ないっちゃないし……」
「でもきっと何とかなりますよー!」
至ってポジティブシンキングな2人が先輩を弄る様にケタケタと笑い合うのを見届けた僕は、ある重大な事を思い出す。
「そういえば……みんなに会わせたいのが居るんだけど……」
「えっ?……もしかして彼女?!」
漫画でよくある、目玉が飛び出す表現を実写化した様に見開いた昴は、叫んだ後に手で口を押さえるも、残念ながら全てがダダ漏れで校庭に響き渡る。
それに釣られて数人の生徒が好奇の目でこちらを見るが、先輩が顔面凶器の才を発揮してひと睨みすると、気不味そうにすかさず視線を逸らした。
「かッ……違うしっ!そんなんじゃ無いし!!断じて神様に誓って違うしッ!!」
ジタバタと暴れる僕は急激に体温が上がるのを痛いほど感じながらブンブンと首を横に振る。
「絶対そうだろ!」
「怪しー」
口々に僕を揶揄うメンバーに耐えかね、僕は立ち上がって3人の前に仁王立ちになった。
「だ・か・ら、そういう関係じゃなくて!」
今にも地団駄を踏みそうな勢いで怒る僕を不思議そうな顔で眺める先輩は、「そういう空気感だったけどな」と独り言の様に呟く。
「な、なぁ……っ?!」
素っ頓狂な声を上げた僕の真っ白な頭では、金魚みたいに口をパクパクするより他に出来ることは無かった。
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