Rehearsal

#1

 何だかんだで忙しくも楽しく過ごした文化祭1日目は、僕の人生最速で24時間を駆け抜けた。


 その最速で爆走気味に始まった2日目も、気付けばアナログ時計の針はてっぺんを示している。


 今日は家から持参した菓子パンと、まかないでもらった塩マヨネーズたこ焼きを片手に第二音楽室に向かうと、部員のそれぞれが自由に昼食を摂っていた。


 僕もそれに倣って空いている椅子に座り、食料を勉強机に並べていると、横からヒョイっと手が伸びてたこ焼きを引っ掴んだ。


「欲しいなら言ってから取れよ」

「いいじゃん、パンケーキ奢ってやったんだから」


 やっと普段通りに戻った昴は相変わらずの傲慢さでもう一つたこ焼きを摘むと「旨っ」と声を上げる。


「これ、螢が作ったの?」

「……そうですけど?」

「お前料理向いてるんじゃね?」

「そりゃどーも」


 褒められて嬉しいのと、自分の昼食が減ってゆく苛立たしさで何ともいえない顔をした僕に、昴は自分のタッパーからパンケーキを取り出す。


「ほら、これで交換だろ?」


 そのまま昴は無造作にたこ焼きの上に乗せようとするので、僕は「おい、ふざけんなってッ!」と咄嗟に腕で防ぐ攻防戦となった。


「あれー?なんか楽しそうですねー」


 こちらも相変わらず呑気に笑う柳田君に顔だけ向けた僕は、「……笑ってないで助けてよ」と半ば呆れて援軍を頼む。


「えー、しょうがないなー」


 言葉とは裏腹に乗り気の彼は昴の脇腹を擽ると、昴はいきなり「ひゃっひゃっひゃっ……ッ!」と奇声にも近い声を上げて笑い転げる。


「や、馬鹿……ははっ……やめろって、ひゃひゃっ……ッ!!」


 言葉にならない声で抵抗する昴は、途切れ途切れになりながら僕に謝ると、柳田君はやっと擽る手を止めた。


「おのれ柳田……覚えとけよぉ……」


 恨めしそうに見つめる昴に向かってにこやかに笑いかけた柳田君は、飄々と「えぇ、忘れてもらったらこまりますぅ」と言い返す。


「おい、何遊んでるんだ……廊下まで声が丸聞こえだぞ」


 またまた相変わらずの眼光に眉根を寄せた岡部先輩は、やれやれといった表情で鞄を机に置く。


「早くしないと練習が出来なくなるぞ」


 先輩は溜め息をひとつ吐いてから、僕らを急かつつ花柄のハンカチに包まれた弁当を鞄から取り出す。


 ──か、可愛い……!


 言葉を失った僕は心の中でそう叫ぶと、他の2人の顔を盗み見た。


 すると2人の視線は僕と同じように先輩の弁当箱に釘付けになっており、さっきの騒がしさからは想像もつかない程の静寂が流れる。


「……お袋が作ったんだ」


 弁明するように咳払いをしながら手を合わせた先輩は、手早く弁当のおかずを口に駆け込んだ。

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