#9
その後も白の顔が頭から離れることはなく、お陰でげっそりとした僕を気遣って、クラスの女子が早めの交代を買って出てくれた。
自分の勝手な事なので何度か断ったものの、ほぼ押し切られるような形で見学分散に入った僕は、取り敢えず敵陣の観察をする為に昴のクラスへと足を運ぶ。
「お帰りなさいませ、ご主人様っ!」
売り子役の女子が僕に声を掛けると、それに気付いた人影が教室もとい喫茶店の奥から現れる。
「お待ちしておりましたぁ、螢様?」
ボブカットのメイド昴は甘い猫撫で声で僕を呼ぶと、そう変わらない背丈の癖に少し顎を引いて上目遣いをかましてくる。
「……それウィッグ?」
元々中性的な顔立ちではあったが、こうやって髪型が変わるとぱっと見では女子と区別が付かない。僕の質問に満足したのか、メイド昴はへへんっと自慢げに髪を靡かせて「似合ってるっしょ?」と微笑んだ。
「うん、一瞬分かんなかった……それでサービスショットしたらヤバいよ」
昨日の事を思い出しながら咳き込むように笑った僕にムッとした昴は、片頬を膨らませながら「誰がするかよッ!」と反論する。
「んで、なんか食べる?」
「そうだね、お腹すいたし」
「んじゃぁ口封じで奢ってやんよ、ご主人様?」
どうしても記憶から抹消したいのか、昴はフリフリのメイド服を靡かせて「1名様ご案内でーすぅ」とアニメ声で歩き出す。
僕は昴の後ろをついて行くと、教室はピンクを基調としたゴシックな空間になっていた。
──うわぁ……1人で入ったのが間違いだった……。
そんな後悔も束の間、わざわざ本物のメイドのように椅子を引いて待っていた昴は、早く座れた言わんばかりに「ご主人様?」と満面の笑みで僕を見る。
「はいはい……」
軽く催してきた頭痛に頭を押さえさながら椅子に座った僕は、「ご注文は?」と尋ねる昴に八つ当たりして「お任せで」と被せ気味に即答をする。
「かしこまりましたぁ」
嬉々とした表情で調理担当の方に走る昴の姿に、僕の口から重々しい溜め息が漏れた。
店内を見渡すと面白がってかカップルやグループのお客が多く、1人で座っている僕は周りから浮いて悪目立ちしている。
──早く帰りたい……。
心細すぎて半分泣きそうな心境の僕は、ひたすら俯いて料理が提供されるのを待った。
「お待たせしましたぁ……当店自慢の萌え萌えパンケーキですっ」
絶望にも近い感情に苛まされる僕の元に昴が戻ったのは、きっと5分もかかっていない。
それなのにこの声をずっと待っていたような気がして顔を上げると、昴はなんの変哲もないパンケーキが3枚乗った皿を差し出した。
「どこが『当店自慢の』なんだよ……」
「ふっふっふっ……分かってないなぁー」
呆れた僕を不敵に笑った昴は、何処からともなくホイップクリームとチョコパンを取り出し、手慣れた様子で飾り付けてゆく。
パフォーマンスでこの店が儲かっているのかと感心しながら僕が見つめていると、昴は声を殺しながら肩で息をするように笑う。
「ど、どうしたんだよ?……って、おい!」
パンケーキにはハートに絞られたホイップクリームと、器用に「ほたるくん だぁいスキ」とチョコペン文字が踊るように並んでいる。
「はぁい、呪文唱えまぁす……萌え萌えきゅんきゅん、美味しくなぁーれっ!」
絶句する僕を揶揄うようにウインクをしながら両手でハートマークを作る昴は、最早恥ずかしさを捨て去った「メイドの達人」だった。
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