Symmetry
#1
今年の夏は、いつも以上に暑かった。
汗を拭くことさえも億劫な僕は、文化祭の演奏曲作りに追われている。
基盤のドラムには、岡部先輩の絶対的なサポートのビートを。
ポップなキーボードには、柳田君の的確でトリッキーなリズムを。
花形のギターには、昴の魅力的で華々しいフレーズを……。
──『……これは先輩の受け売りだが…… お前がどんだけ他人になろうとしたって、お前が新井 螢であることには変わりないし、逆にどんな風になっても俺たちのメンバーに変わりないだろ?』
他のメンバーには内緒で、岡部先輩と白を合わせたあの日。まさか白とキスした事は口が裂けても言えなかったけれど、それでも岡部先輩はちゃんと僕の言い訳に耳を傾けてくれた。
今も曲を書き上げていく中で、頭の中を反芻しているのは、あの日の先輩の言葉だった。
──『曲、期待してる。……良いの作れよ、白の為にも、メンバーの為にも』
確かに僕はちっぽけだ。
それでも、期待してくれる人がいる。
受け入れてくれる人がいる。
必要としてくれる人がいる。
感情を削り落として譜面に刻むには、その動機だけで十分だった。
室内に響く鉛筆を滑らせる音と、窓から入り込む蝉の声。
何かに取り憑かれた様に机に向かうのは、一体いつぶりだろう?
「あっ……」
脳みそを掻き回して、崩れ出た言葉を紡いで音に乗せて……そうやって不器用に形作った譜面を見て、僕は無気力に笑った。
タイトル欄には、まだ空白の鉤括弧。
悩みに悩んだ末、ゆっくりと書き込んだ文字は踊り出す様に伸び伸びとして見える。
『雅(みやび)』
両手で譜面を掴んだ僕は自室の天井に掲げてその字を確認すると、「出来たーーッ!!」と声高らかに叫んだ。
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