#2

 微笑む家族写真を見ながら、初めてレッスンに向かう当日、母から聞かされた言葉を思い出す。


 ──「お父さん……虎徹にピアノを教えるかわりに、離婚するって」


 当時の僕には、まさに寝耳に水だった。

 何が嫌で父はそんな事を言うのだろう。


 それでも母は、「全部、虎徹の為だから」の一点張りだった。


 勿論、僕だって……そんな事を知っていたら駄々なんて捏ねなかっただろうに。


 家族写真の隣に並んだ数々の賞状やトロフィーは父にピアノを習い出してからの産物だが、僕はこんなモノが欲しくてピアノを練習した訳じゃない。


 ただひたすら父に認めて欲しかった。父の背中に追いつきたくて、指先に血が滲んでも鍵盤に向き合った。


 ──「お前のピアノは音楽じゃ無い、そのピアノはただのコピーで気持ちが篭ってない」


 地域から県、全国、はたまた世界のコンクールを総なめしたって、父は褒める事なくそう言い放つ。


 父からすれば、僕のピアノこそ「ままごと」なのだろうか?


 やり切れない気持ちのまま俯くと、スマホが通知を知らせる。


 ──母だろうか?


 今日も仕事で遅くなるんだったっけ?


 最悪な気分のまま指紋認証でロックを開けたスマホは、覚えのないLINEのグループを開く。


『 これはバンドのグループラインだ。

 連絡事項があったら入れてくれ。』


 文章まで無愛想な先輩の顔が浮かび、僕は苦笑いする。


「顔面凶器は傑作だわ」


 軽音部に入部を決めたあの日、本当は音楽部を見学するためにたまたま第二音楽室を通り掛かっただけだった。廊下に響く音に釣られて覗き込んだその部室で、とち狂ったようにドラムを叩く彼を見た僕は、過去の自分がそこに居るような気がした。


 報われる、報われないなんて関係無く、只々的確なリズムを刻むその姿に惹かれたのだ。


 本当はキーボードの使い方もよく分からないし、バンドなんて馴染みがない。


 それでも彼らは、僕を仲間に入れてくれた。


 どんなに軽口を叩いても付き合ってくれて、構ってくれて、そして、優しくしてくれる。


 ピアノを弾いた時も、ちゃんと目を見て「凄い」と褒めてくれる。


 ──きっとこれは、あの頑固親父に対する反抗なのかもしれないな。


 父だけが目標だった僕を変えるチャンスで、やっと偏屈な自分の殻を捨てるキッカケ。


『 はーい!

 それで、バンド名はどうするんですかー?』


 僕はスマホに指を走らせると、頬を緩めて送信ボタンを押す。


 そうやっていつもの調子で返信した僕は、暗闇の底から蜘蛛の糸に引き上げられたような不思議な気分だった。

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