#3
翌朝開いたグループLINEには、ちゃんと柳田が追加されていた。
いつも通り顔を洗い、いつも通り母が用意した朝食を食べ、いつも通り歯を磨いて学校へ向かう。
何の変哲も無い日常の筈なのに、不思議と放課後が楽しみで仕方なかった。
「おう」
第二音楽室の扉を開けると双子が鏡合わせのように向かい合って座っており、俺は短く挨拶する。
「「岡部先輩、お疲れ様です!」」
勢いよく立ち上がった2人は声を合わせて俺に向き直る。
昴は誇らしそうに。
螢はバツが悪そうに。
──完全に解決はしてないのか。
ある種読み通りだった2人の態度を一瞥した俺は、「あぁ」とだけ答えてドラムの椅子に座る。
しかし昨日までと違うのは、ぎこちないながらも会話をしているところだ。
「なぁ螢、ここのコード進行そのままやるのは無理じゃね?」
「いやここをこうして……こうすると、ほら」
「えっ、スゲー!どこで知ったんだよ、ソレ」
「林先輩に教えて貰った」
──昨日までの距離感が本初子午線から日本までだとすると、今日は中国辺りか。
時差がだいぶ少なくなっている2人を微笑ましく見つめる俺は、鞄の中から取り出したスティックを握る。
「どーもー!」
昨日と同様に勢いに任せて乱雑に扉を開けたのは、言わずと知れた柳田である。
「うるさいぞ、もっと静かに開けろ」
やれやれと首を振る昴は、あからさまに苦虫を潰したような顔で頭を掻く。
「あっ!……この人が卑屈ニキですねー」
「卑屈ニキ……?」
「おい、螢に変なこと言うな」
「えー、偽善者ニキはつれないなー。……まぁいいや、僕、柳田 虎徹って言いまーす」
怒る昴と戸惑う螢、相変わらずマイペースな柳田。遠巻きに見ている分には面白いが、どうしたものか。
「てか先輩、顔面が凶器どころの騒ぎじゃ無いですよー?……なんかほら、今にも刺されそう」
わざとらしく俺をコケにしながら肩をすくめる柳田の存在感に引き気味の螢は、昴の後ろに隠れて様子を伺っている。
「おい、メンバーにちゃんと挨拶しろ」
溜息を一つ吐いてから、俺は柳田の側に寄ると首根っこを掴んで新井兄弟の前に出す。
まるでその様子は、往生際の悪い泥棒猫が捕まったようにも見えた。
相変わらず俺を罵倒する柳田だが、暫く暴れると観念したのか、「分かりましたー」と頬を膨らませる。
「今日からここのバンドでキーボードを担当することになりました、柳田 虎徹です。……元々ピアノをやってました」
「どうも、昴の弟の螢です。……ピアノなら軽音じゃなくて音楽部では?」
「アレはおままごと。僕と比較するレベルじゃ無いよー」
「……はぁ」
──この自信は何処から湧くのだろう?
すっかり萎縮している螢を眺めながら、俺は柳田の態度を訝しく思う。昴と似通ったところがあるものの、あいつだってこんな自信家では無い。
「そこまで言うなら弾いてみろ、そのレベル違いのピアノとやらを」
鼻につく態度の柳田に、俺は気が付いたらそんな事を口走っていた。
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