古の巫女の物語
葛葉
第一章
第一章 -序章-
「よっ! 光留、どうした? そんな怖い顔して」
「…………別に」
クラスメイトの望月裕也が横から声をかけてくる。
「せっかくのイケメンが台無しだぞ」
むすりとしたまま返事を返す光留に呆れながら、裕也は光留の視線の先を追う。
裕也の目の前には入学当初から噂の絶えない美少女が座っている。
バラのような鮮烈な赤い髪と磨かれた翡翠のような緑色の瞳が印象的で、物静かで物腰も柔らかく、話すときは耳に心地よい落ち着いた声で話し、微笑めばたとえ小さくとも花が綻ぶようだ。誰にでも優しく、かといってそれが嫌味ではなく、ごく自然体で驕ったところもなく、日本人らしい謙虚さを持っている。
まさに現世に舞い降りた天女――もとい、大和撫子をそのまま絵に描いたような少女だった。
――鳳凰唯。それが、少女の名だ。
「まぁた唯ちゃんに振られたのか?」
裕也がからかうように光留をつつく。
「違う! そもそもあんな猫かぶりと付き合ってない!!」
光留は歯噛みし、唸るように吐き出す。
「猫かぶり……ねえ。まぁ、確かに唯ちゃんってお前にだけ風当たり強いよな」
裕也の指摘に、光留はぎりっと唇をかみ締める。
「お前、自分でも気づかない間に唯ちゃんの気に触ることしたんじゃねえの?」
「してない」
そもそも、席は近いが光留は入学してから一ヶ月、唯とまともに話していない。
光留とて男だ。唯ほどの美少女とはお近づきになりたいし、あわよくば恋人に……なんて思っていた。
ところが、いざ話してみると噂や実際に見ている唯とは別人のような態度をとる。
たとえば、クラス担任からの伝言を伝れば「……そう」としか言わない。それだけならまだしも、心底どうでもいいという目で見られれば、立ち直るのはほぼ不可能だ。
これが裕也なら「わざわざありがとう」と、やわらかく微笑む。
光留はこの笑みを間近で見たことは一度たりとてない。
この差はいったい何なのだ! と、憤慨やるかたない。いつか問い詰めてやろうとは思うものの、彼女のナイトを気取る男子陣の鉄壁のガードは光留には厚すぎた。
「まぁ、女の子は唯ちゃんだけじゃないし、新しい恋がそのうち見つかるさ!」
ポンと肩をたたかれ、見当違いな裕也の励ましにさらに苛立ちを募らせ、光留はそれらを吐き出すように重いため息をつく。
「あ、そうだ。今日の掃除当番代わってくんね?」
何で俺がそんなことをしなければならないと、裕也を睨む。
「いや~、野球部のレギュラーに選ばれて来週遠征なんだよね!」
だから今週は無理なんだと、裕也は拝むように手を合わせる。
「頼む!こんなのお前にしか頼めねえんだよ~」
強豪揃いの中学から選りすぐりの猛者たちが大勢いる、この時野学園の野球部で一年生にしてレギュラーを勝ち取るのは、並大抵のことではない。
そういえば、こいつはスポーツ推薦枠でこの学校に入学したんだったなと、いまさらながらに思い出す。
「仕方ねえな。ジュース五本で手を打ってやる」
「よっしゃあ! 乗った!!」
ガッツポーズで喜ぶ裕也に、光留はやれやれと苦笑する。
和気藹々と話す二人を、ちらりと横目に見る切なげな瞳には気づかないまま――。
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