貞操逆転世界で成り上がってしまった蒼一点の男騎士

モツゴロウ

第1話 純潔の男騎士


「あ、あの……もしかしてのクロノさんですか……!?」


 いつものようにギルドへ到着した俺を出迎えたのは、美人な金髪のお姉さんだった。


「はい、そうです。なにか御用ですか?」

「いえ、そのっ」


 なるべく爽やかに、ふわりと笑顔を浮かべながら応える。


 上手く笑えているだろうか。ぎこちなくないだろうか。


 不安になりながらお姉さんの返答を待つ。

 しかしお姉さんは、モジモジしするだけでなにも言わない。


「…………」


 しばらく待っていると、意を決したようにお姉さんが顔を上げた。


「わ、わわわたし、クロノさんのファンなんです! あ、握手してもらえますかっ?」

「は、はい。もちろんいいですよ」


 その勢いに気圧されながら、俺は手を差し出す。

 すると周りからは羨望や嫉妬の視線、さらには舌打ちが飛んでくる。

 

 だが俺は動じない。

 なぜなら、その嫉妬の眼差しは俺に向けられているのではなく、に向けられているからだ。

 

「うふふふ。これがあのクロノ様の手……!」


 そのことに気付いていないのか、お姉さんは一心不乱に俺の手をスリスリとまさぐるように触っている。

 ……手汗は大丈夫だろうか。


「……あの? 大丈夫ですか?」

「ひゃいっ!? ……あ、す、すみません! つい触りすぎてしまいました許してくださいなんでもいたしますっ」


 心配になった俺がそう尋ねると、お姉さんは我に返ったようにパッと手を離す。


 一体なにに謝っているんだろう。別に握手くらいいつでも大歓迎なのだが。

 よく分からないので、とりあえず曖昧な笑みを浮かべておく。


「いえ、お気になさらず。私でよければいつでもお声掛けください。……ですがそろそろ行かないと、約束の時間に遅れてしまいますので」

「は、はいっ。ありがとうございましたっ! この手はしばらく洗いません!」


 そう言い残し、お姉さんは満足げに立ち去ってしまった。いや、手は洗っていただきたい。汚いから。


「あいつ、絶対に許さない」「抜け駆けは大罪だ」「名前は?」「たしかクリスといったか。最近この街に来たらしい」「どおりで命知らずなワケね」


 あたりがなにやら騒がしい。いつの間にかできていたギャラリーから注目を集めていたようだ。


 ちなみに、全員女性である。


 どうして俺がこんなアイドルのような扱いを受け、さらには逆セクハラのようなことをされているのか。


 それは、この世界が貞操逆転世界で。

 

 ――そして、俺が世にも珍しいだからである。

 ……いや、この世界唯一の男騎士、と言った方が正しいだろうか。

 

 じっとしていると、いつもこうやって人混みができてしまう。これではギルドの業務に支障をきたす恐れがある。


 だからこういう時は、黙って立ち去ると決めている。この世界で長いこと暮らしているうちに身についた俺なりの処世術だ。


 ……とカッコつけてみたものの、本当のところはただ女性に不慣れなだけだ。


 それもそのはず、俺は前世でバキバキの童貞だったのだ。もちろん彼女もいたことがない。


 だから俺は期待した。

 貞操逆転世界なら、こんな俺でも女の子と仲良くなれるのではないかと。


 だが、それは甘い考えだった。

 俺は心の底から童貞だった。

 女性に話しかけられても、まともに会話なんてできなかった。

 

 そんな拗らせた気持ちを抱えたまま女性と距離をとっているうち、いつしか周りからこう呼ばれるようになっていた。


 ――、と。


 俺は確かに童貞だ。だから純潔というのは正しい。


 だがもっといい呼び名はなかったのかとも思う。これでは俺が童貞だと吹聴しているようなものである。

 

 そもそもどうして俺が童貞だと知られているんだ。俺は一言も童貞だなんて言ったことはないのに。

 

 見てわかるくらい、俺は童貞くさいのだろうか。

 確かにいまだに女性には慣れない。話しかけられるたびに緊張して手汗が出る。

 

 なるべく不快な気持ちにさせないよう、丁寧に対応しているつもりではあるが……上手くできている自信は全くない。


 しかし、そんな俺にも夢がある。

 前世でできなかった、夢のマイホーム。

 いつか出会えるはずの運命の人と、そこでゆっくりと暮らしたい。幸せな家庭を築きたい。


 ――そのためにはお金がいる。

 だから俺は今日も、男騎士として汗水垂らして働くのだ。

 

「お、おはようございます。クロノ様」


 買うならどんな家がいいかな、なんて考えながら、ギルドのカウンターに向かった俺を出迎えてくれたのは、顔馴染みのアイリスだった。

 

 彼女は燃えるように赤い髪を揺らしながら、深々と頭を下げている。


「おはようございます、アイリスさん」


 ちなみに俺は様付けされるような高貴な生まれではない。普通に庶民の出だ。

 だがなぜか周りからは様付けで呼ばれている。むず痒い気持ちになるし、距離も感じるからやめて欲しい。

 

「ギルドマスターがお待ちです」


 どうぞ、と奥に通される。

 この先にはギルドマスターの執務室がある。

 今日は直々にギルドマスターから声がかかったから、こうやってギルドに足を運んだ次第だ。


 ――さて、今日も男騎士としての責務を果たすとしようか。



──

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