ゆーっくり。ゆーっくり。

月のひかり

第1話 気長には待てません

 例えば、あなたは友達との待ち合わせで時間の約束をした場合、時間前に待ち合わせ場所に着いていたい人ですか?それとも、遅刻しても気にならない人ですか?

 因みに私は前者です。友達が遅刻したとしても、それが10分以上だとしても、自分が待たされる事は全く気にしません。ぼんやりと時間が過ぎていきます。

 こういった様子から、自分は気が長い人間だと迷いなく言い切って来ました………が、一度だけ、私のこの自信をぐらつかせる出来事がありました。


 ―季節はいつだったか。

 ―当時、就いていた職業は。

 ―20代それとも30代だったか。  

 今回あの出来事を話すために、記憶を辿っていくうちに、私は気が付きました。あの出来事の「背景」を、すっかり忘れている自分に。そして、それとは反比例するかのように、主軸となる「出来事」だけは、今も鮮明に思い出せる不思議さに。

  

 その夜、私は自室で眠っていました。いつもの事で、恐らく寝返りをうとうとして転がりすぎて壁にぶつかったのだと思います。鈍い痛みに目が覚めました。直ぐに、もそもそ、と布団に戻り、慣れている動作で部屋の入口の方に体を向けようとした、その時です。

 ピキーン。

 全身が突っ張った感覚が私を襲いました。

(また金縛りかぁ)

 小学生の頃から度々、金縛りに遭っています。その度その度怖いのですが、慣れっこではありました。

(まぁ、そんなに時間もかからないし。いいや)

 私がそれまで遭遇してきた金縛りは、全て短い時間で終わっていました。計った事はありませんが、大体時間にして数分だと思います。

(ほんのちょこっと、幽霊に付き合ってあげれば直ぐに体は動くようになるんだから)

 体が動かなくなり、幽霊が現れ、私が幽霊に反応して何らかの言葉を発し、幽霊が消えると共に金縛りが解ける。これが、慣れ親しんだ(?)パターンです。その夜も当然のように、いつもと同じだと思っていました。

 


 手足・頭は動かせませんが、目は自由です。今夜は、どこから幽霊があらわれるのかと、くるくると視線を動かしていましたが、怪しい何かは、特に視界に入ってきません。

(もしや突然、目の前に出てくるパターン?)

 以前に、この出現パターンの幽霊に、こっぴどく驚かされた経験があります。同じパターンは嫌だなぁと思いながら、ほんの数秒、目を閉じたのです。



 (何かいる。見えてきた)

 目を開けた私の視界に、何かが入り込んでいました。私の右足の爪先辺りから、何かが少しずつ、現れてきています。一体、何が現れるのか?取り敢えずは、突然に出現パターンでなくて良かったな、等と思いながら。私はを眺めていました。


 じーっと。眺めていました。

 ゆーっくり。それは出てきます。

 じーっと。眺めていました。

 ゆーっくり。それは出てきます。

 じーっと。ながめていました。

 ゆーっくり。それは出てきます。

 じーっと…………………………

(遅すぎだろ!)

 気が長い私です。急かすことなく、がある程度出てきてくれるまで、心穏やかに待っていました。が、一向にある程度まで出てこない!遅い、と言うか、のろい!のです。映像の極端なスロウ再生を見ているかの如く、です。その夜とても眠かった私は、少しずつ苛ついてきました。

(めんどくさい)

 心のなかで、ため息が出ました。

それでも、出てきてくれるのを待つしか解決策は思い当たらず………

仕方なく眺めています。

 そして、かなりの時間をかけてやっと、やっと現れた幽霊は……でした。あの、時代劇に出てくる「御用だ、御用だ」の人です。町奉行所のが個人的に抱えている人ですね。

 その岡っ引きが、私の顔を覗き込んでいました。真っ白すぎる顔で、だんまりと……………

 少しの間を置いて違和感に気付いた私は、改めて岡っ引きの顔をよくよく眺めてみました。すると、その顔はあまりにも真っ白すぎる、そう、その岡っ引きの顔は、異常に白かったのです。歌舞伎役者の白塗りの化粧と、よく似ています。寧ろ、それよりも白さが濃いかも……

(なんで岡っ引き…笑えるくらい白すぎだし…何もしてこないし……)

 それに、この岡っ引き、瞬き1つせずに黙って私を見てるだけ、なのです。気が遠くなる位の時間をかけて、やっと出てきたと云うのに。何か言うのでもなく、気持ち悪い動きをするのでもなく。脅かす事も訴える事も無いのです。私と岡っ引き、ただただ、見つめ合い続けました。

 



 やがて、いつまでも解けない金縛り、強さを増していく眠気、目的のはっきりしない岡っ引きに、私の気持ちが我慢の限界を迎えました。

「用がないんなら、さっさと帰れぇぇ!!!こっちはな眠いんだよ!あーもー腹立つわぁ!」

 得意の腹式発声で凄まじく響く怒鳴り声を発しながら、私は飛び起きました。めでたく金縛りも解けたようです。腹が立っていたので勢いそのまま、岡っ引きに飛びかかったのですが逃げられました。登場時の、ゆっくりすぎる動きからは想像出来ない早さでした。



 ――あれから岡っ引きには会っていません。もしかしたら再会する夜が訪れるかも、知れませんが。

 その夜のために、この場を借りて―――

「気長には待てないから、今度はさっさと出て来いよ。やれば出来るんだから」


              終

 






 



 

 

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