第二章 スウェットおじさん、探索者になったってよ
第8話 注目の的
漸くダンジョンから脱した俺は、軽い愚痴をこぼしながらも、ひとまず大通りへと出た。そしてすっかり夜が明けた空からは、日光がさんさんと注いでいた。
「チッ……やっと出られたかと思ったらもう朝かよ……。てか、今何時だ?」
俺はポケットからスマホを取り出し、時刻を確認。それに驚愕する。
「マジかよ、9時半!? 開店まであと30分もねーじゃんか!? 急がねーと……!」
そして俺は大通りを全速力で駆け出した。そしてすぐに気が付く。全速力で走る自分が、公道を走る車を優に
「は、はぁ……!? ちょっと待て、有り得ねーだろ……!」
俺は一人、そう叫ぶと足を止める。そして一度息を整えると考えを巡らせ始める。
――どういう事だ……?
成長期が遅れてやって来て、急に足が速くなったとかいうレベルじゃねーぞ、これは……?
何がどうなってやがんだ……?
俺は戸惑いを隠せないでいた。沢山の人々が行き交う大通りで一人立ち止まり思案を続ける。すると俺を追い越して行く人々が俺の顔を見ては何やら小声で話すという奇妙な現象が起き始めた。
「あ……? 何でアイツら、俺の事を見て話してやがんだ? 別に俺はいつものスウェットだし、髪型とかも昨日と何も変わっちゃいねーのに何だってんだ?」
俺が見られている事に気が付くと、その現象は更に加速する。何故か遠くから俺を指さして笑ったり、中には盗撮する者まで現れた。
「は……? 意味わかんねーよ? 何で俺がこんな……。いや、とにかく今はこの場から離れるか。何か知らねぇが、足が速くなったみてーだし……!」
俺はそう言うと、再度足に力を込め地面を蹴り付けた。そのままトップスピードまで持って行くと目的地であるパチンコ屋まで一瞬で駆け抜けた。
◇
いつものパチンコ屋に到着すると、そこには未だかつて見た事が無い程の行列が出来ていた。
「あ? 何だこの数……? 今日って何かのイベントだっけか?」
俺が異例の行列に呆然としていると、そこへ山本さんが血相を変えて駆けて来た。
「ちょっと、翔くんっ……!! あんた、昨日あの後何したの!?」
「はぁ……!? 俺は何もしてねーよ! ただダンジョンに行って、帰って来ただけだ……! まぁ盛大に迷いはしたけどよ……」
「はぁ……。翔くん、あんた何もわかっていないみたいね。今日はもうパチンコは辞めてうちの店に来な」
俺の答えにひどく呆れた様子で口を開いた山本さんは、そのまま俺の手を引く。俺はそれを一度振り払い反論した。
「はぁ? こんなに人が来てるって事は、今日この店、めっちゃアツいんじゃねーのか!? だったら打たねーと勿体ないべ!?」
「うるさいわよ……! そんな事言ってる場合じゃないの……!! とりあえず早く来な……!」
そして俺は、半ば強制的に山本さんに手を引かれ、彼女が営むスナックへと連行された。勿論、謎の行列が出来るパチンコ屋に後ろ髪を引かれながら。
◇
山本さんの店に到着すると、営業時間外という事もあり、中には誰もいなかった。
「ンだよ山本さん……! 俺は昨日の負けを取り返さなきゃなんねーんだよ! せっかくアツそうな感じだったのに何して――――」
「――――やかましいんだよ……!! ちょっと黙りな!?」
「はい……」
俺が感情を剥き出しにしていると、山本さんは今までに見た事もないような表情で怒鳴った。俺はそんな彼女に昨日倒したゴブリンの影を重ねた。いや、それよりも圧を感じた。
「あんた……自分が今どういう状況かわかってるかい?」
「いんや……? でもよ、渋谷の大通りに出てからえらく視線を感じてよ……。道行く人が全員、俺の事を見て笑ってる気がすんだよな」
「はぁ……。あんた、今朝スマホは見てないのかい? もし見てないんなら、これを見な?」
俺の言葉に呆れてしまったのか、山本さんは大きなため息をついて、鞄からスマホを取り出しとある画面を俺に見せた。それは所謂掲示板というネットのページで、そこには昨夜のダンジョン内での様子を撮られた動画や、それに対するコメントで溢れていた。
「ンだよ、これ……?」
「これが翔くんの今置かれてる状況さね。昨夜のこれのせいで翔くんは今や、日本中の人達に注目されてんのよ。しかもこの掲示板はほんの一部。SNSとか、他の動画サイトでも、翔くんの記事はかなりの閲覧数がついてるわ」
スマホの画面をスクロールしていくと、俺と愛華が昼間に口論していた動画もアップされていた。ダンジョン内のものは愛華の配信を切り抜いたものだから良いとしても、こちらに関しては完全な盗撮。れっきとした犯罪である。俺はスマホに流れているコメントに肩を落としていた。
「マジかよ……」
「どう? これで少しは理解出来た? まぁ落ち込んでいるみたいだし、私もこれ以上は言うつもりないけどさ。ネットっていうのは不特定多数の人間が、匿名で好き勝手――――」
「――――マジかよ俺、こんな
「気になる所そこじゃないわよ……!!」
俺の言葉を受け、山本さんからの鋭いツッコミが俺を襲う。だが、それでも俺はショックを隠せない。
動画に映る自分は、毛玉まみれのスウェットに、いかにも無職感を漂わせるボサボサで謎にウェットな髪。そしてそれらを凌駕する程に不潔な印象を受ける無精髭。
実際の俺は29歳であるにも関わらず、画面越しからでも鼻をつきそうな加齢臭に、俺はひどく落胆した。
「俺は……こんな汚ぇ姿で外を歩いてたのか……。そりゃあ道行く人に笑われるよな。これはひでぇわ……」
「いや、そうじゃないでしょ……。翔くん、他のコメントは見たの?」
「見たよ……。俺がパチプロだって事を皆で笑ってやがった。ひでぇよ。そんなにパチプロは駄目な仕事か……?」
「うーん……。まぁパチプロを仕事として認めてんのが、何を隠そう本人だけだからねぇ……」
当初の話からかなり脱線している事に気が付きつつも、山本さんは俺の話を聞き、またも正論という刃で俺の心を突き刺した。
「うっ……。わーったよ……。こんだけの奴らに笑われてんだ。つまりパチプロは仕事じゃねーんだろうよ」
「ふぅん……。まぁそうさね。漸く理解してくれて私は嬉しいよ。それで? これからどうすんだい?」
「決まってんだろ、山本さん……。俺は働くよ。働くのは死ぬ程嫌だが、ここまで馬鹿にされちゃあしょうがねぇ」
「逆にここまでされなきゃ働かない翔くんの根性が凄いわよ……」
俺の働く宣言に、呆れつつも少し嬉しそうな表情を見せた山本さんは、おもむろに鞄から財布を取り出し10万円を俺に手渡した。
「何だよこれ……? ……っ! もしかして軍資金か!?」
「違うわよ馬鹿……! はっ倒すわよ!?」
「すんません……」
「はぁ……。このお金で、少しは見た目を整えておいで。何なら私が、美容院もスーツの仕立て屋も紹介してあげるから」
俺の見当違いな返答に、山本さんは再度鬼の形相に変わるも、その後はため息混じりに優しい言葉を掛けてくれた。危うく俺は涙を流すところだった。
「ありがとう山本さん……恩に着るよ……。この金はいずれ勝った時に返すからよ……」
「あんた、本当にその金で打ちに行かないだろうね……?」
山本さんは怪訝な表情を浮かべて俺の顔をまじまじと見つめる。俺はそんな彼女に対し、無言と真顔で必死に気持ちを訴えた。
「はぁ……。信用出来ないわね。ちょっと待ってな、今ここに美容師と仕立て屋を呼ぶから」
「な、何で!? 信じてくれよ!?」
18を超えてから10年間。一度も働かずパチンコだけで生計を立てていた俺には一切の信用がないのか、山本さんは当の二人に『今すぐ来てちょうだい』とだけ伝え電話を切った。
そもそも今は平日の昼前。二人は当然の如く仕事をしているはずで、本当にあれだけで来るのだろうかと疑念を抱いたが、そんな俺に対し山本さんは『"夜の蝶"をなめんじゃないわよ』と言い放った。
因みに夜の蝶とは夜の店で働く女性の意で、このスナックの名である。
それからものの数分で二人は店へとやって来て、俺の外見を綺麗に整えて帰って行った。スーツは特注のはずだが、明日の朝には届けに来るそうだ。夜の蝶、恐るべし。
翌日俺は、スーツを受け取り面接へと向かった。
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