第15話

気味の悪い空の色、捨てられたデータで出来たゴミの山。ここはイリーガルエリアで間違いないだろう。

 ここから釘野が待っている所へどう行けばいいんだ。このイリーガルエリアの広さは検討が付かないし、どこに何があるかも分からない。

「お前が門田絽充だな」

 野太い男の声。釘野ではない。後頭部には何か突きつけている。。

「誰だ。お前は」

 俺は振り向いて確認しようとした。

「振り向くな。撃つぞ」

 俺は振り向くのを中断した。そして、その言葉で後頭部に突きつけられているものが何か分かった。……拳銃だ。間違いない。アクティメント内で武器の使用は禁止。けど、ここはイリーガルエリア。常識や法律なんて意味を成さない。

「……分かった」

「そのまままっすぐ進め」

 俺は男の指示通りに舗装されていないデータのゴミが散乱している道を歩く。

 いきなり大ピンチだ。どんな方法を考えても成功する気がしない。それにここから帰る手段を持っていない。

 男の指示通り歩いていると、視界の先に廃工場のような建物が見えてきた。あそこに釘野と

朱里がいるのか。

 廃工場のような建物の前に着いた。入り口はシャッターで閉まっている。入り口の両脇には銃を持った大柄な男が二人立っている。

「門田絽充を連れて来た。開けてくれ」

 俺の後頭部に拳銃を突きつけている男は言った。

「了解」

 左側の立っている男がシャッターの取っ手を掴む。右側の男は銃を俺に向ける。きっと、逃げないようにだろう。心配しなくても逃げないよ。て言うか逃げられない。

 入り口の右側に立っていた男はシャッターを開けた。

「朱里」

 建物の中には今にも死にそう表情をした朱里が十字架に掛けられていた。その前には革ジャンを羽織った金髪の釘野が拳銃を持って、立っていた。釘野の周りには男が数人群がっている。

「中に入れ」

 俺の後頭部に拳銃を突きつけている男は指示してきた。

 俺は指示通りに建物の中に入る。

「来たか。ボンクラ君」

「……釘野」

 朱里に何をしたんだ。いや、説明なんか要らない。お前の顔が変形するまで殴ってやる。データなのが気に食わないが。

「君には朱里が僕の物になるところを見てもらおう」

「……何をする気だ」

「これだよ」

 釘野はズボンの後ろポケットから拳銃を取り出して、見せてきた。

「……や、やめろ」

 JRP。こいつは朱里のJRPをする気だ。いかれてる。脳死してしまう。朱里の笑顔が……朱里との時間が……全て無くなる。

「止めろって言われて止める馬鹿が何処に居る」

「……頼む……止めてくれ」

 なんでもする。だから、それだけは止めてくれ。俺は……俺は……朱里が居ないと生きていけない。

「うるさいな。黙らせろ」

 釘野の周りに群がっていた男の1人が俺のもとへ来る。

「命令だから恨むなよ」

 男は俺のお腹を思いっきり殴った。

 ……なんだ、この痛み。現実の痛みと変わらない。どう言う事だ。

 痛みに耐える事が出来ずその場に膝を着いた。

 男はズボンのポケットからガムテープを取り出して、千切り、そのまま俺の口に貼った。その後、俺の上に跨った。

 何も言えない。動く事もできない。俺はこのまま痛めつけられて脳死する朱里を見続けないといけないのか。

「釘野様、黙らせました」

「ご苦労。じゃあ、その汚い目に焼き付けろ。僕と朱里の愛を」

 釘野は朱里の額に拳銃を突きつけた。そして、引き金を引いた。

「……あぁ」

 朱里の額には穴が出来た。けれど、数秒もしない内に修復していく。

「そうか。嬉しいかい。もう一度撃つね」

 釘野はもう一度拳銃で朱里の額を撃つ。

「……あぁ……やめて」

 朱里の額にはまた穴が出来た。そして、また修復する。

 やめろ。やめてくれ。頼む。朱里が何をしたって言うんだ。朱里じゃなくて俺にしろ。

 何も出来ない自分の歯がゆさで涙が出てくる。無力だ。なんて無力なんだ。好きな人一人も守れないなんて。くそ。くそ。くそったれ。

 釘野は朱里の苦しむ姿を楽しむかのように朱里の額を拳銃で何度も繰り返して撃った。そして、朱里の額の穴は修復されなくなった。それは脳死した事を意味する。いや、信じたくない。そんな事……朱里。朱里。朱里……なんで、なんでなんだ……修復してくれ。修復してくれ。頼む。頼むから。頼むよ。

「あれ?朱里どうしたの?ねぇ……ねぇってば」

 釘野は無抵抗な朱里の頬を思いっきりぶった。

 ……殺す。殺してやる。今すぐここに居る奴全員殺してやる。

 俺は全身に力を入れて、跨っている奴を退かせる為に暴れる。

「暴れるな。次はお前の番だ」

 男は俺の頭を押さえつけた。痛みを感じない。怒りが痛みを凌駕しているんだ。

「はぁ。悲しいな。誰のせいだ。そうだ。お前のせいだ。ボンクラ。お前が朱里をこんな風にしたんだ」

 釘野は俺の方を向いた。

 ……意味が分からねぇ。なんで、お前がそんな表情を出来るんだ。

 釘野は涙を流していた。

 ふざけるなよ。お前が泣くのはおかしいだろ。どれだけ朱里を侮辱すれば気が済むんだ。

 釘野はふらふらな足取りで、俺のもとへ近づいて来る。

 俺も朱里と同じようにJRPをされるのか。抵抗できないのか。頼む、零無愛。俺を覚醒させてくれ。覚醒すればこの状況をどうにか打破できる気がする。

「次はお前の番だ。ボンクラ」

 釘野は左手で俺の髪の毛を思いっきり引っ張る。

 なんでだ。なぜ覚醒しない。きっかけってなんだ。覚醒しろよ。覚醒してくれよ、俺の身体。今じゃないならいつするんだよ。

「お前には実験体になってもらう」

 実験体?それはどう意味だ。も、もしかして、俺をソクラクトするつもりか。

「馬鹿なお前に分かるように言ってやるよ。ソクラクトの実験をお前で試すんだよ」

 思った通りだった。それにこいつは俺が脳死するまでソクラクトを繰り返すつもりだ。

「まずは実験道具が必要だな」

 釘野の手が分解し始めた。そして、数秒も経たない内に金属の手に再構築された。

 ……ソクラクトの成功した奴はこんな事を簡単にできるのか。

「実験の始まりだ」

 釘野は俺の額を金属の手で貫き、何かを掴んだ。きっと、脳だ。俺の脳のデーターだ。

 気持ち悪い。我慢を出来ない。嘔吐が鼻から出て来た。口を塞がれてるせいだ。データのはずなのに現実のような感覚。でも、現実なら死んでる。

 俺の全身が分解し出した。な、なんだこれは。痛みを感じない。その代わりに自分の身体が自分の身体じゃない感覚がする。

「一回目の実験を終了する」

 釘野はそう言って、俺の頭の中から手を引っこ抜いた。

 身体が再構築されていく。なんだ、周りのデータの色が赤にも青にも緑にも見える。背後に居る男の顔が見える。

「変化しただろ。実験を再開する」

 釘野はまた俺の額を貫き、脳を掴んだ。

 し、死んだ方がましだ。こんな痛み何度も耐えられない。いっそう殺してくれ。

 身体が分解し出す。自分が自分では無くなる感覚。そう言えばいいのか。考える事することさえ辛い。

 分解していた身体が再構築されていく。きっと、身体の何かが変化したのだろう。けど、もうそんな事どうでもいい。

 ……殺してくれ。殺してくれ。殺せよ。俺が憎いなら殺せ。殺してください。

「三回目の実験を行う」

 な、何も出来ないのか。このまま終わるのか……俺は。

「ようやくだな。人間。私達と同じ存在になる時だ」

 零無愛の声だ。視界の映る色は白黒になっていく。釘野達の動きは止まった。でも、何処に居る。姿を現せ。

 零無愛は釘野の隣に現れた。そして、何も言わずに固まっている釘野を蹴り飛ばした。釘野は壁に衝突した。

「これは私の優しさだ」

 零無愛は俺の口を塞いでいるガムテープを思いっきり剥がした。

 痛みがしない。もう少し優しく剥がせよ。

「覚醒させろ」

「命令するのか……まぁいい。今回は大目に見てやろう」

「どうすれば覚醒できる?」

「創転化を実行すると言え。今のお前なら出来る」

「……わかった。創転化を実行する」

「これより創転化を行います。貴方はこれで人間から創管者になります。あと戻りは出来ませんよ」

 脳内から知らない女性の声が聞こえてくる。

「あぁ、いいよ。俺は創転化をする」

「了解致しました。創転化実行」

 身体を虹色の光が包んでいく。その光が俺の上に乗っている男をどこかへ飛ばした。

 時間が止まっているのに色がある。どう言う事だ。それにこの光はとても温かく優しい。

 目の前に0.1.0.1と大量の数字が現れる。その数字が実体化して、俺の皮膚を突き破り、身体の入って行く。

 時間が経つにつれて、自分の身体が自分のものじゃなくなっていく。しかし、それは悪い意味じゃない。進化している、そんな感じがする。

「創転化完了まであと5%です。そのままの状態でいてください」

 知らない女性の声に従い何もしない。ここで変な事をして、身体に異変が起こるのは困る。

「創転化終了。貴方は創管者になりました。役職は修正者です。これからよろしくお願いします」

 虹色の光が消えて行く。目の前に居た零無愛はニヤッと笑った。

「創転化が終わったみたいだな。これからよろしく頼むよ。修正者。ロミ」

 零無愛は言った。

「あぁ。よろしく」

「これからは私はお前の上司だ。敬語を使え。分かったな」

 零無愛は眉間に皺を寄せて、睨んできた。

「わ、分かりました」

 これは従った方がいい。何も分からない状態で、零無愛の機嫌が悪くなれば色々と困る。

「もとの世界に戻してやる。そして、そこに居る奴らで自分の力がどんな力か理解しろ。これは命令だ。拒否権はない」

「……了解致しました。でも、どうやって力を使えばいいんですか?」

「修正すればいい」

「……修正?」

「それじゃ、またな」

 零無愛は姿を消した。

「おい。いや、あのー。まだ聞きたい事があるんですけど」

 俺の声は届いていないみたいだ。でも、これであいつらを倒せる力を手に入れたんだ。

 白黒の世界から色の付いた元の世界に戻っていく。そして、時間が再び動き始める。

「なぜだ。なぜ、僕がここに居るんだ」

 零無愛に吹き飛ばされた釘野は壁の前で混乱している。仕方が無い。時間が止まっていた事を知らないのだから。それに零無愛に吹き飛ばされた事も。

「俺もなぜここに」

 後方から男の声が聞こえる。きっと、俺に跨っていた奴だろ。

 俺はゆっくり立ち上がってから、後ろを見た。

「う、撃つぞ」

 俺に拳銃を突きつけている男が怯えながら言って来る。

 なんでだろう。まったく恐怖を感じない。

「撃ってみろよ」

 俺は拳銃を持っている男を煽った。

「あぁ、あぁ」

 男は俺に弾丸を何発も撃った。身体に弾丸が何発も当たる。

 ――――修正中――――

 弾丸はスポンジになった。俺に身体にスポンジが何個も当たったが全く痛くない。

 なるほどこう言う事か。起こった事象を修正できるのか。これならここに居る奴ら全員倒せるな。いや、修正できるな。

「ど、どう言う事だ。弾丸がスポンジになった」

「修正したんだよ」

 俺は男の手を掴んだ。

「は、離せ。化け物」

 男の手は震えている。顔は俺に怯えているのか情けない顔になっている。

「離すかよ。お前ごと修正してやる」

 拳銃を花束に。そして、この男を鶏に修正。

 ――――修正中――――

 拳銃を薔薇の花束になった。男は鶏に変化した。いや、修正したと言った方が正しいか。

「なんだよ、あいつは」

「に、鶏になった」

「どんなマジックだよ」

 朱里の周りに居る男達は慌てふためている。

「つ、次はお前らの番だ」

 俺は朱里の周りに居る男達に言った。

「調子に乗るなよ」

「お前は1人だ。こっちの方に分がある」

「お前ら行くぞ」

 男達は殴りかかってきた。

 何人がかりでもこの力の前には無力だ。何修正してやろうか。……そうだ。ひよこにしてやる。

男達をひよこに修正。

 ――――修正中――――

 殴りかかってきた男達をひよこに変わった。ひよこ達は可愛く鳴いている。

「な、なんだ。くそ」

 俺に跨っていた男は怯えながら建物から出て行った。

 追いかける必要はない。いや、追いかける暇が勿体無い。

「き、貴様その力はなんなんだ」

 釘野の声は震えている。それに腰を抜かしたのか、その場から立てないでいる。

「お前に教える必要があるか」

 釘野に歩み寄っていく。

 すぐには修正しないさ。お前にはとことん苦しんでもらう。泣いて詫びても許しやしない。それだけの事をお前はしたのだから。

「く、来るな」

 釘野は俺から逃げようと必死に動こうとしているが身体が言う事を聞いていない。

「行くよ。お前の所に」

「嫌……嫌だ。あぁあぁ」

 釘野は涙を流している。それに股間は失禁したのか濡れている。アクティメントでも失禁をするのか。初めて知ったよ。

「喚くなよ。屑野郎」

「あぁ……あぁ」

 釘野は俺に恐怖しているのか上手く声を出せていない。哀れだな。今さっきまでは俺をあそこまで痛めつけていたのに。

 釘野の目の前に着いた。俺は屈んで、釘野の両足を掴んだ。

「は、離せ」

「……聞こえないな」

 釘野の両足を存在しない事に修正。これでこいつは逃げる事が出来ない。

 ――――修正中―――

 修正完了。釘野の足は存在しなかった事になった。

「あ、足がない。た、助けてくれ」

「嫌だね。なんでお前の言う事を聞かないといけない」

 釘野の両腕を掴んだ。釘野は必死に抵抗して振り解こうとする。しかし、力が全く入っていない。

 釘野の両腕の皮膚を無くし、脆い骨が剥き出しの状態に修正。

 ――――修正中――――

「ぎゃあ。う、腕が骨に」

「うるさいな」

 俺は釘野の両腕の剥き出しの骨を握りつぶした。

「た、頼む。い、命だけは」

 釘野は鼻水を垂らしながら命乞いをしてきた。そんな願い、俺が聞くと思っているのか?お前は朱里を脳死させたんだぞ。

「わかった。命だけは奪わない」

「ほ、本当か?」

 釘野は一瞬安堵した。

「……噓に決まってるだろ」

「……え?」

 釘野の表情は絶望に満ちている。それもそうだろう。天国から地獄のどん底まで突き落とされたら。こんな表情になるのも仕方がない。

 俺は釘野の頭を右手で掴んだ。

「た、頼む。何でもするから」

「何でもするのか。それじゃ、消えてくれよ」

「あ、悪魔。化け物」

「それはお前の事だよ。お前は朱里に何をした」

「……あぁ、止めてくれよ……止めて……止めてください」

「お前の言葉を借りるよ……止めろって言われて止める馬鹿が何処に居る」

 釘野の時間を終了し消え去る事に修正。

 ――――修正中――――

 釘野の時間は止まった。そして、釘野は煙のように消えて行った。

 ……こ、これで朱里の敵は討った。あとは朱里の死を修正するだけだ。

 俺は立ち上がり、朱里のもとへ行く。

「ご、ごめんな。俺に力がなかったせいでこんな風にさせてしまって。でも、大丈夫だ。この手に入れた力で元に戻すから」

 俺は右手で朱里の頬を触れた。

 朱里をJRPされる前の状態に修正。これで朱里は元に戻るはず。

 ――――修正中――――

「な、なんで」

 朱里の状態が修正されない。額の穴はそのまま。どう言う事だ。意味が分からない。

 ――――修正エラー修正エラー――――

 修正エラーだとふざけるな。もう一度だ。もう一度、そればいいんだ。

 朱里をJRPされる前の状態に修正。

 ――――修正エラー修正エラー――――

 噓だろ。噓だ。修正できない。一番修正したい事を修正できないなんて。いや、もう一回すればいい。

 朱里をJRPされる前に状態に修正。

 ――――修正エラー修正エラー――――

 そ、そんな。い、嫌だ。朱里をもとに修正してくれよ。た、頼む。

「あ、あれ」

 視界がどんどん暗くなっていく。身体のバランスが保てない。どうなるんだ。俺はどうなる。

それに朱里はこのままなのか。

 ――――修正中――――

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