第10話
授業が普通に終わり、放課後になった。
俺と朱里はクレープを買う為に学校近くの公園に向かっていた。
どこからか見られている視線は感じるがそんな事は気にしないでいいだろう。自分の勘違いかもしれないし。
隣に居る朱里は鼻歌を歌っている。クレープを食べれるから、それとも違う理由かは分からないがテンションが高い事だけは理解できる。
「どうしたの?」
「何が?」
「私の顔見て。あ、分かった。可愛い私に見惚れてたんでしょ」
「はぁ?自惚れるなよ。そんな事あるか」
そんな事も一応ある。可愛い。可愛いですとも。けど、それを言ったら面倒なテンションになるのが分かっている。
「うわー酷い。泣いちゃおうかな」
「泣くのは止めてくれ。頼むから」
「うーん。だったら、可愛いって言って」
「え?なんで」
「泣いてもいいのかな?」
これは軽い、いや、重度な脅しだ。断れば本当に泣くだろうし、世間にも俺が圧倒的加害者になる。どっちの選択肢を取っても、俺にメリットはない。
「……分かった。可愛いです」
出来るだけ小さい声で言った。
「え?聞こえない」
「か、可愛い」
「誰が可愛いのかな?」
この煽り方は確実に聞こえてるだろ。俺の事を弄って楽しんでるな。でも、この状況だったら言うしかない。
「……朱里が可愛い」
「うん。よろしい」
朱里はニッコリ笑った。とても嬉しそうに見える。普段、同姓の友達に言われなれているだろ。そんなに嬉しい言葉か?それとも「可愛い」や「綺麗」と言う言葉には魔力があるのか。ダメだ。中二病的な思考が現れた。
「お、おう」
「あのさ、一ついい?」
「なんだよ?」
「デートみたいだね」
「き、急になんだよ。普段と変わらないだろ」
「冗談だよ。顔赤いよ。もしかして、照れてる?」
「うるさい。早く行くぞ」
顔が沸騰しそうなほどに熱い。あれ、なんでだ。朱里の顔を直視出来ない。心臓の脈打つ音も自分で分かるぐらいに大きいし速い。も、もしかして俺は朱里に緊張しているのか。
「ごめん。怒らないでよ」
「怒ってない」
俺は早歩きで、公園に向かう。とにかくこの変な感覚をどうにかしたい。普段の自分に戻さなければ。
公園に着いた。先程までの変な感覚はもとに戻った。
クレープを販売しているキッチンカーに向かう。いわゆる、移動販売のクレープ屋だ。と行っても、街中で販売しているのは見た事がない。この公園でしか売っていないような気がする。
この公園は学校に近いから稼げるのだろう。賢い選択だ。
「いらっしゃい」
キッチンカーの中で立っている中年の男性店員が言う。いつ見てもいかつい。細マッチョではなくガチのマッチョ。ボディビルダーだと言われても疑わないほどに筋肉がしっかり身体に付いている。それに小麦色の肌が筋肉をより一層際立たせている。
その肉体と売っているもののギャップが違い過ぎる。マッチョがクレープって。もう少し、
ワイルドの物を売った方がいいんじゃないかと思ってしまう。
「どうも」
「おじさん。クレープ買いに来たよ」
「絽充君に朱里ちゃんじゃないか。今日は何する?」
何度も通っているせいか名前を覚えられた。でも、俺達はこのおじさんの名前を知らない。
「スーパーハイパーアルティメットデラックスで」
朱里は注文した。
とても頭の悪いネーミングの商品。バナナやイチゴやメロンなどの様々なフルーツと生クリームと刻まれたホワイトチョコにチョコソースをかけて、クレープの生地で包んでいる。
「絽充君は?」
「チョコバナナで」
「了解。ちょっと待ってな」
男性店員は鉄板で調理を始めた。
朱里はクレープが出来るのを今か今かと待っている。その姿は小動物のように可愛い。本人は絶対言わないけど。
――二人の分のクレープが出来た。俺と朱里はクレープを受け取る。
「1500円になります」
「じゃあ、これで」
俺はクレープを右手で持ち、アニマを付けている左腕を前に出す。すると、空気中にバーコードが表示された画面が現れる。
男性店員はそのバーコードをバーコードリーダーで読み取る。
決済が済んだ音が鳴る。
「どうも。ありがとうね」
「おじさん。ありがとう」
「ありがとうございます」
俺と朱里はクレープ屋からちょっと離れたベンチに座る。
「ゴチになります」
「どう致しまして」
「いただきます」
朱里はクレープにかぶりついた。
……本当に美味しそうに食べるな。商品名はあれだけで絶品と言われてるだけあるな。それにこれだけ美味しそうに食べていたら作ったおじさんも奢った俺も嬉しい気持ちになる。
俺もチョコバナナのクレープを口に運ぶ。
上手い。このチョコバナナのクレープは色々な種類のチョコレートが入っている。それも味が喧嘩せず、最高のハーモニーを奏でている。あのおじさん天才だな。
――二人ともクレープを食べ終えた。
「美味しかった。余は満足じゃ」
「そりゃどうも」
「ありがと」
「おう。約束だしな」
「うん。ちょっと手洗ってくるね。手がベタベタで」
朱里はベンチから立ち上がった。
「わかった」
「先に帰っちゃダメだからね」
「帰らないよ。だから、早く行って来いよ」
「うん。じゃあ、行って来る」
朱里は公衆トイレに向かって歩き出した。
もうすぐこんな日々も終わるのか。ふと、涙が出そうになった。いや、マイナスになるな。明るくいかないと。朱里に変な気を遣わせない為にも。
朱里は立ち止まり、振り向いた。
「帰ったらダメだからね」
「分かってるから行って来い」
「はーい」
朱里はテクテク走り出した。おい、いつもの男顔負けの走り方はどうした。何でそんな可愛いらしい走り方をするんだ。可愛いから別に何も言わないけど。
朱里は公衆トイレに入った。
「……俺の朱里に何してるんだ」
後方から男の声が聞こえた。その次の瞬間、後頭部を思いっきり殴られたような痛みが走る。そして、受身出来ずにうつ伏せの状態で地面に倒れた。
……痛い。気を失いそうだ。
「誰だ」
俺は痛みを堪えながら体を動かして、仰向けになって、ベンチの方を見る。
「……釘野」
学生服姿の釘野錬夜が立っていた。
「朱里は俺のものだ。朱里は俺のものだ」
釘野は俺に跨って、顔を思いっきり殴ってくる。少しでも気を抜いたら、意識が飛ぶんじゃないかと言う程に力強い。拳に殺意がこもっているみたいだ。
両手が足で押さえられて、反撃できない。
「……た、た」
声が上手く出ない。最悪の事にこのベンチはクレープ屋の死角。それに周りには誰も居ない。
このまま殴られ続けるのか。
「殺す。殺してやる」
釘野の表情は狂気的で常軌から逸脱している。こ、殺される。どうすればいい。
「……お前とその男は浅からぬ因縁があるようだな」
零無愛の声が聞こえた。その瞬間、視界に映る全ての物が白黒になった。さらに釘野の動きも止まった。
……助かったのか。でも、これはミュトスって言う世界じゃないのか。
「助けてあげないんですか?」
七志の声だ。俺は声がする方へ視線を向ける。視線の先には零無愛と七志が立っていた。
「なぜ、助けないといけない?」
「成り行きですかね」
「……そうか。では助けないでいいな」
「助けんのかい」
七志は関西人のようなツッコミをした。
「何だそのもの言い方は。消されたいのか」
「す、すいません」
七志は何度も頭を下げて謝罪している。
「おい、助けてくれ」
俺は二人に言った。
「だから、なぜ助けないといけない。私にメリットがあるのか?」
零無愛は訊ねて来た。
いや、人が殺されそうな時に助けないって選択肢があるか普通。
「……俺がどうにかなったら困るんだろ」
「別に大丈夫だ。お前は助かる。そう言う筋書きになっている」
「ど、どう言う事だ」
「覚醒が近いから特別に教えてやろう。お前はこの後、木場朱里によって助けられる。100%。それがお前のストーリーだからな」
「俺のストーリー?」
「お前達人間はこの世界で書かれた物語に現れる登場人物でしかない」
「登場人物?」
何を言ってるんだ。そんな事あり得ない。俺達には自分で考える能力がある。だから、映画やドラマのように脚本があるはずがない。
「あぁ、登場人物だ。……その登場人物の中から私達と同じ存在になるのがお前だ。まだ覚醒していないがな」
「……意味が分からねぇよ」
「意味を理解しなくていい。いずれ理解する時が来る」
「理解する時?」
「あぁ。お前には特別にその男との関係を教えてやろう」
零無愛は俺にもとへ来た。そして、俺の額に頭を置いた。
「何をする気だ」
「お前達の歴史を見せてやるんだ」
「歴史だと」
勝手に目が閉じた。開けようとしても、まったく開いてくれない。自分の身体なのに言う事を聞いてくれない。これは零無愛の力なのか。
「さぁ、見てみろ」
ナイフで何度も身体を刺され殺されるシーン。車で轢き殺されるシーン。拷問を受けて死ぬシーン。様々なシーンが見える。そのどのシーンにも釘野と同じ目つきをした男が見える。
「……これって」
目が開いた。俺は零無愛を見る。
「お前を殴っている男だ。そして、殺されているのはお前だ」
「……どう意味だ?」
「お前もそいつも何度も転生しているんだ」
「転生?」
「生まれ変わると言えばいいか。心と記憶は生まれ変わる度にリセットしているがな」
「……ラノベか?」
信じられない。でも、この世界に居ること自体あり得ない事だ。信じるしかない。
「なんだ、それは。理解出来たならいい」
「あぁ。でも、あいつはなんで俺を殺す」
「……お前を後で助ける女が関係ある」
「……朱里が?」
「その通りだ。あの女もお前達と同じで転生している」
「そうなのか」
「これ以上の話はお前が次の段階に行った時に話そう」
「お、おい」
「ではまたな。逸脱者」
零無愛と七志は姿を消した。ちょっと待ってよ。まだ聞きたい事がたくさんあるんだよ。何でそんなにもったいぶる。それにこの状態で自分の世界に戻さないでくれ。殴られている最中の状態だぞ。
白黒の世界から色つきの世界に一瞬で戻った。それと同時に殴られるのが始まる。
痛い。痛い。ひたすらに痛い。
「何してるの貴方?」
朱里の声が聞こえる。零無愛の言ったとおり俺は助かるのか。それとも、助からないのか。どっちなんだ。
「……朱里。僕だよ」
釘野は俺を殴るのを中断して、朱里に視線を向けた。
「誰よ、貴方?」
「僕だよ、釘野だよ」
「釘野?隣のクラスの?」
「そ、そうだよ」
釘野は立ち上がり、朱里に近づいていく。どうやら、俺の事は眼中にないらしい。
身体が痛い。でも、早く立って、朱里を助けないと。
俺は痛みを堪えながら立ち上がった。足はふらついている。
「朱里逃げるぞ」
「絽充、どうしたの?」
朱里はボロボロの俺に気づき、駆け寄って来た。
「そいつにやられた」
「酷い。なんでこんな事をするの?」
「君の為だよ。その男は君をダメにする。僕は愛する君がダメになるのが嫌なんだ」
「何言ってるの。気持ち悪い。貴方の事なんて知らない」
「……え?」
釘野の動きは止まった。
……朱里がここまでの事を言っている所を見たのは初めてだ。
「消えて。私の前から消えて」
「なんで、そんな事言うだい。僕は君を守るんだ」
釘野は近づいて来る。
「近寄らないで。警察呼ぶわよ」
朱里は釘野を睨みながら叫んだ。
「どうした?」
ショッピングカーから男性店員が出て来て、こちらに駆け寄って来た。
「おじさん、助けて」
「何があった?」
「あいつが絽充を殴ったの」
男性店員は俺を見た。そして、この状況を理解したのか、釘野に視線を向けた。
「……自分のやった事が分かるかい」
「お前には関係ないだろ」
「関係あるさ。俺のお客さんだ」
男性店員が釘野の詰め寄っていく。後ろ姿ですら威圧感がある。真正面から見ている釘野からしたら恐怖でしかないだろう。
「来るな。近づいて来るな。お、覚えとけよ」
釘野は捨て台詞を吐いて、去って行った。
「これで大丈夫だ。大丈夫かい」
男性店員は優しい声で訊ねてきた。
「は、はい。顔とかは痛いですけど」
「そうか。彼は何なんだ?」
「隣のクラスのヤバイ奴です」
「そうか。出来るだけ関わらないほうがいい。後で学校に電話しておくよ」
「ありがとうございます」
「送ろうか?」
「大丈夫です。帰れます」
気持ちは嬉しいが店の売り上げが下がったら申し訳ない。それに幸い身体は動くし。これ以上迷惑はかけられない。
「本当かい?」
「私がいるんで大丈夫です」
朱里はふらついている俺を支えながら言った。
「そうかい。それならいいんだけど」
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