第90話 千里VSキーア・ハールス

 キーア・ハールスは空間跳躍テレポートを多用することで、追いすがる咲梨から距離を取り、遠距離からの魔法攻撃を繰り返していた。

 次々に撃ち出される魔法の雨を、かろうじてかいくぐる咲梨だが、かすめた一撃によって大きくバランスを崩してしまう。


「とどめです!」


 勝利を確信したキーア・ハールスが機械杖をかざす。

 だが、次の瞬間彼女は背後から飛来したなにかに撥ね飛ばされて、きりもみを起こしながら大地に激突した。

 それでも魔法の護りによって大したダメージは受けなかったらしく、慌てて飛び起きると自分を撥ねた相手の姿を捜す。


「へ……?」


 思わず目を点にして彼女は口をポカンと開けた。

 問題の相手はすぐに見つかったのだが、そいつはなぜかセラフの背中に仁王立ちになって、彼女を見下ろしていたのだ。


「なんで!?」


 思わず目をこすってから、そいつの姿を凝視する。

 金色の大鎌を手にした比較的小柄な少女。セラフの発する光に照らされながら、あざやかな空色の髪を風に踊らせて金色の瞳で、こちらを真っ直ぐに見据えていた。


「セ、セラフを手懐けられるわけが……」


 他ならぬキーア・ハールスですら、自らを敵と認識させないことで攻撃対象から外すのが精一杯で、操るなど思いも寄らないことだ。

 だがそいつは鎌をこちらにかざして当然のようにセラフに告げた。


「行け」


 その途端、まるでシモベであるかのようにセラフが加速して、こちらに突っ込んでくる。

 一瞬、魔法で迎撃しかけるが、そんなことをすれば、この場にいるすべてのセラフから敵として認識されるのは確実だった。

 キーア・ハールスが躊躇っている間に、敵はセラフの背中を蹴って跳び上がると金色の大鎌を振り下ろしてくる。

 かろうじて機械杖で受けるが、身体機能を魔法で強化しているにもかかわらず、両腕が悲鳴をあげた。


「なんですか、お前は!?」


 憤りながら問い質すと、そいつは意外極まる答えを返してきた。


「秋塚千里。戦闘用霊子型人造人間だ」

「人造人間!? まさか向こうの世界の――」


 キーア・ハールスは驚愕していた。

 当然ながら、こちらの世界に霊子型の人造人間を造るほどの技術があるとは思えない。だが、たとえディストピアの人造人間だとしても、セレナイトで目にした記録によれば、せいぜいがセラフ一体分の戦闘力のはずだ。

 ならば、世界最強の魔法使いである自分が怖れる必要などない。

 確信を胸に空間跳躍テレポートで敵の背後に回り込む。

 だが、跳躍を終えた瞬間、千里と目が合った。気配に気づけたとしても早すぎる反応だ。

 慌てて今度は敵の頭上、空中に空間跳躍テレポートする。キーア・ハールスの空間跳躍テレポートの早さは尋常ではなく消えた瞬間には別の場所に出現している。連続で使えば、あたかも分身しているかのように見えるほどだ。

 しかし、眼下の敵に魔法を放とうとした時、そこに千里の姿はなかった。


「なんで!?」


 混乱するキーア・ハールスの背後で風を切る音が聞こえてくる。

 落下しつつ振り向くと、眼下に居るはずだった敵が、そこで金色の大鎌を振り下ろそうとしていた。

 胸中で悲鳴をあげつつ、杖を使ってガードするが、衝撃とともにけたたましい金属音が響き、機械杖が両断される。


「バケモノですか!」


 折れた杖を放り出して、今度は空間跳躍テレポートすることなく空を飛んで逃走に移る。

 それを見て千里が指をパチンと鳴らすのが見えた。

 おそらく先ほどのセラフを呼び寄せようとしているのだろう。


「冗談じゃありません。あんなバケモノ!」


 毒づきながら空中に開いたゲートの一つに飛び込んでいく。

 そのまま逃げるつもりはなかったが、せめて予備の機械杖を持ってこなければ、あんなものの相手はできそうになかった。

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