第81話 決戦Ⅰ

 決戦の火ぶたが切って落とされたのは八月二五日。奇しくもそれは一年前に少女坂邸が人造人間の襲撃を受けたその日だった。

 新月のその日、風はやや強く、浜辺からは、いつものように打ち寄せる波の音が聞こえるが、これまで止むことのなかった虫や動物たちの声が消えている。

 本来、ゲートが開く予兆はキーア・ハールスにマーキングされた者でなければ感じることはできない。

 だが、この日に限っては、ここに集まった全員が、その異様な気配をヒシヒシと感じていた。

 もともと、この感覚に敏感な華実に至っては、いつになく濃厚なその気配に目眩にも似た不快感を味わい、真夏に肩を借りることでかろうじて立っているといった状態だ。


「やはり、一気にしかけてきたようね」


 虚空を睨みつける咲梨。

 この濃厚で異質な気配は、一度に百を超えるゲートが同時に開こうとしているためだ。

 地球防衛部の面々はもちろんのこと、アーサー率いる円卓の部隊も臨戦態勢を取っている。

 月の隠れた空には無数の星が輝いていたが、やがてその光がゆっくりと滲み始める。どこからともなく異質な風が流れ込み、虚空になにかが鳴動するかのような不気味な音が響き始めた。


「来るわ」


 華実の声が響き、夜空に虹色の光彩が生まれる。それは、ひとつ、ふたつと、徐々に数を増し、やがて無数の光が夜空を埋め尽くした。

 空間が歪み異界への扉が開くのを見つめながら、北斗が苦々しげに言う。


「やはり、部長の考えが正しかったようですね」

「嬉しくないけどね」


 答える咲梨の顔も似たようなものだった。


「こうなると出てくるのは機械人形マシンドールじゃなくてセラフの方か」


 覚悟を決めて身構える火惟だったが、最初に現れたのはそのどちらでもなく、無数の瓦礫だった。


「退避!」


 アーサーが叫び、一同が慌ててゲートの真下から非難する。

 降り注ぐ瓦礫を見て、それがなんなのか華実には一目で判った。月面都市セレナイトの構造物、都市を覆うドームの柱だ。もちろん、この程度の瓦礫だけで都市が滅んだとは到底思えないが、少なくともなんらかのダメージを受けたのは確実だ。


「来たぞ!」


 誰かの声が上がり、同時にゲートを通り抜けて金色の光を纏ったヒト型の鎧騎士――セラフが姿を現す。神々しく美しい姿を持つ破壊と殺戮の死者。それが夜空を金色の光で満たしていく。


「なんという数だ」


 茫然とマーティンが声をあげ、騎士達がざわめく中、アーサーは動じることなく総員に指示を下した。


「攻撃開始!」


 猛々しい声が戦場に響き渡り、魔術師達が次々に破壊の力を解き放つ。さすがは円卓が集めた選りすぐりの術士達だけあって、そのすべてが並々ならぬ威力を秘めているようだったが、セラフには効果が薄い。

 だが、攻撃を受けたことでセラフは、ここに集まった全員を敵と認識したようだった。

 こちらから手出しをしない限り、連中はこの世界の人間を敵とは考えないが、その場合は神隠しの被害者を詰め込んだシェルターが真っ先に攻撃対象となる。そうさせないための攻撃だった。


「来るぞ、総員迎え撃て!」


 再び号令がかかり、今度は騎士達が前に出る。

 セラフは飛行能力こそあるが、基本的な攻撃手段は槍を使った近接戦だ。投擲は警戒する必要はあるが、それ以外に遠距離攻撃の手段はない。空を飛べない騎士としては敵が近づいてきた時こそが攻撃のチャンスだった。

 一方、先制攻撃を行った魔術師達は、すでに術を攻撃から味方を支援する者に切り替えている。

 ある者は接近戦を挑む騎士を守るべく魔術による防壁を展開し、ある者は魔術によって騎士達の身体能力を高めていた。

 強力な魔術の加護を得た騎士達とセラフの群れが交差し、幾人かの騎士が一瞬にして消し飛ぶ。

 一方のセラフの群れは、ほとんど無傷のまま通過して、再び宙に舞い上がると次の攻撃の機会を窺っていた。

 だが、次の瞬間、地上から放たれた幾条もの光が立て続けにセラフを貫く。

 光を解き放ったのは円卓十二騎士の人、リスティア・リリット。

 今回集められた十二騎士の中では唯一の女性騎士で、魔力の光を帯びた白い弓を手にしている。

 リスティアは矢筒から次の矢を三本まとめて取り出すと、それをつがえて再びセラフを狙う。放たれた矢は光と化して一瞬にしてセラフに着弾すると強靱なその身体を苦もなく貫いた。

 バランスを崩したセラフが地に落ちるのを見て、騎士達が数人がかりで斬り込む。

 光り輝く鎧のごとき身体は頑強だったが、ここに集った騎士は選りすぐりの超人揃いだ。動きを止めた敵が相手なら、渾身の一撃によって、その装甲を撃ち砕くことは十分に可能だった。

 倒されたセラフが光の粒子になってかき消える間にも、別のセラフが地上の騎士や魔術師を狙って攻撃をしかけてくる。

 先陣に立ってそれを迎え撃つのはマーティン、カーライル、そして最後に合流したブラウンの十二騎士達だった。

 世界最強を謳われる彼らの力は他の騎士とは桁が違っている。

 飛来したセラフに痛烈な一撃を与え、次々に地上に叩き落としてみせた。

 それを見て空中のセラフ達が赤い光を纏う。それを纏っている間、セラフは慣性を無視した異常な機動力を発揮するのだ。その情報はもちろん全員に共有されていた。

 だが、それでも光を纏って襲い来るセラフの動きに騎士達はまったく対応できない。

 次々に絶叫があがり騎士が倒されていく。魔術師の守りがなければ、さらに多くの犠牲が出ていただろう。

 こうなれば実際に体験しているマーティンでさえ、自分の身を守るのが精一杯だ。

 カーライルとブラウンも、敵の動きに翻弄されてはいたが、今はまだギリギリで攻撃をかわしていた。

 赤い光を纏うセラフに向けてリスティアが神速の矢を放つ。一瞬にして獲物を貫く矢はセラフの反応速度を凌駕して、その身体を容赦なく撃ち抜いた。


「おおっ、さすがは弓聖きゅうせい!」


 カーライルは声をあげると、口元に不敵な笑みを浮かべて剣を構え直した。


「俺も負けてられねえぜ!」


 白銀の魔力が剣に満ちあふれ、眩い輝きを発する。


「吠えろ、シルバーブレイズ!」


 叫ぶとともにカーライルが剣の魔力を解き放つ。

 光は爆発的に膨れあがると、まるで生き物のようにセラフに襲いかかり、次々にその身体を呑み込んでいく。堅牢な鎧にも似た装甲が、瞬時に焼け落ち、次の瞬間には爆散した。


「銀色の炎――あれが魔剣シルバーブレイズの力か」


 騎士の誰かが感嘆の声を上げる。

 それを聞いてブラウンが顔をしかめた。


セラフあんなのが相手じゃ、俺の力なんて役に立たねえからな」


 彼の幻想能力ファンタジアは自分の身体を硬質化させるという防御型の力だが、セラフの攻撃を防げるとは到底思えない。


「ブラウン、我らは連携で!」


 マーティンに言われて、ブラウンは即座にうなずいた。


「了解だ」


 全力で戦う十二騎士と連携が取れるのは同レベルの者だけだ。

 赤い光を纏いながら襲い来る次のセラフに向かって、ふたりは果敢に襲いかかった。

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