第80話 シェルター

 翌日になってから地球防衛部の面々は島の中を歩き回った。

 これから戦場となる場所の地形を頭に入れておくためだ。

 道らしい道のない島内を、聞き慣れたものとは微妙に異なるセミの声をバックに無言で歩き回る。

 ここで暮らす生物について、危険なものなどはあらかじめ説明を受けていたが、結局出遭うことはなかった。

 昨夜の大騒ぎで警戒されたのか、動物そのものが声はすれども姿は見せず、たまに影を見つけても、あっという間に茂みの中へと引っ込んでしまう。

 野鳥だけは遠慮なく木々の上を飛んでいたが、当然ながら、それも近づいてくることはない。

 樹木に覆われた森の中を流れる小川や、ひっそりとした水面を湛えた泉。不意に姿を見せる群生する花々。美しい景色はそこかしこにあったが、ここが戦場となることの意味は、おそらくは誰もが理解していただろう。

 口数も少ないままに通り過ぎ、島の中心部へと向かった。

 そこだけは、すでに円卓によって整地が行われ、円柱型をした建造物が地面に深々と埋め込まれている。


「これがシェルターなの?」


 華実の問いに北斗がうなずく。


「はい、移動できるタイプとしては望みうる最高のものです」


 突貫工事には、おそらく魔法使いが手を貸したのだろう。重機や人の手では、こんな大穴を短期間で作ることはできない。


「ここに神隠しの被害者がまとめて詰め込まれているのね」


 集められたその人数は、実に百名を超えていたらしい。華実はずっと思い違いをしていたが、一度ゲートが開けば、そこから送り込まれてくる機械人形マシンドールは一体や二体ではなかったのだ。

 かつて華実が必死になって一体の機械人形マシンドールを追いかけ回していた間にも、同じゲートから現れた別の機械人形マシンドールが神隠しを実行していたのである。

 それを知ったときには、さすがに落ち込んだが、事実は事実として受け止めて気持ちを切り替えるしかない。


「こんなものでセラフの攻撃を防げるとは思えませんが」


 希枝が思ったままを言うと、北斗はそれを認めた。


「ええ、せいぜいが気休めですよ。ただ、今回は円卓も魔法使いを動員しています。戦いになれば島の外に張られたものと同島の結界が、ここを覆いますから、多少は持ちこたえると思うのですが……」


 多分に願望の含まれたコメントだった。セラフの力は正直なところ、まだまだ未知数で、ディストピアでさえ、ろくに対抗する手段がなかったという事実を忘れるわけにはいかない。


「守るためには攻めるしかない」


 めずらしく千里が真面目な顔で意見を述べた。


「向こうの世界でもセラフの侵入を阻むために様々な技術が開発されたけど、効果があったのは最初だけで、セラフはすぐにそれに対応してしまった」

「文字どおり、攻撃が最大の防御ということね」


 やや硬い表情で咲梨が口にすると、千里もそれに似た顔でうなずく。

 セラフを倒すことでさえ、簡単なことではない。

 前回、千里と真夏は、それを単体で倒してみせたが、もしあんなものが大量に雪崩れ込んでくれば、戦いはどう転ぶか知れたものではなかった。


「思い悩んだところで始まらないでしょ。それに、わたしとしては魔女の方が気になるのだけど?」


 真夏の指摘を受けて、北斗が答える。


「そうですね。こちらに出てくるとは思えませんが、元凶を断つためにはセレナイトに乗り込むしかありませんので、そこで相対する可能性は高そうです」

「うちの部長と、どっちが上なんだ?」


 問いかける火惟。


「単純な力の強弱ならば部長に敵う魔法使いなど現代には存在しません。しかし、一口に魔法使いと言っても、それぞれに得意分野がありますからね」

「それに部長には敵わなくても、わたし達にとっては、じゅうぶんすぎる脅威になると思います」


 希枝の言葉はもっともだった。火惟は小さく呻いたあと、ぼやくように言った。


「とりあえず、そっちの相手は円卓の人にしてもらいたいぜ」

「円卓としても、そのつもりだとは思いますが、すべては状況次第ですからね」

「とにかく、ここが最重要の防衛目標で、ここを守り切った上でゲートを奪って突撃ってことでいいのよね?」


 華実がシェルターを指さすと北斗がうなずく。


「ええ。少なくとも、こちらの戦いが落ち着くまでは、無理に乗り込むべきではないでしょう」


 今はまだなにもない虚空を見上げるようにして咲梨が続ける。


「ゲートが開いたら、最低でもひとつは、わたしの力で固定して閉じないようにするわ。一番いいのは、キーア・ハールスがのんびり屋さんで次に開くゲートも一つだけってパターンなんだけど、さすがにそれはなさそうな気がするのよね」

「こちらから打って出られれば、手っ取り早いんだけどね」


 真夏が空を見上げてつぶやく。

 すでにゲートを開く魔法は咲梨が手に入れていたが、目的の世界へと道を開くためには、マーキングした誰かがそちらの世界にいる必要があった。


「あとは待つだけか……」


 つぶやく火惟だったが、横から真夏に指摘される。


「待つだけじゃないでしょ。今だって何のために島の中を歩き回ってると思ってるのよ」

「い、いや、それはまあそうだけどさ」

「天命を待つのは人事を尽くしてからよ。だらけたこと言わない」

「へいへい」


 ぼやく火惟。

 咲梨は溜息をひとつ吐くと、皆を先導して歩き始めた。


「それじゃあ、下調べを再開するわよ」


 辺境の無人島とはいえ、意外に広い島だ。まだまだ歩いていないところはいくらでもあった。

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