第72話 真の敵

 円卓十二騎士レジナルド戦死の報を受けた時、アーサーは深い溜息を吐いた。

 アーサーにとって彼は好ましい人物とは言えず、理由があれば隠居させたいと考えていたが、それでも仲間の死に心が痛まないわけではない。

 ただ、彼の最後の戦いは、いつにも増してひどいもので何人もの部下を無駄死にさせていた。

 本来であれば騎士資格すら剥奪すべきところだが、すでにこの年には別の十二騎士が不名誉な死を遂げている。これ以上十二騎士の名を汚さないためにも、彼の過去の功績を考慮して、英雄として扱うべきだというのが元老院の意見だ。

 これを受け入れるならば、円卓の拠点があるアヴァロンに戻って盛大(もちろん裏社会としてはだが)に葬儀を執り行わねばならないが、どちらにするにせよ、まずはディストピアの脅威を取り除くのが鮮血だ。

 今後の方針を打ち立てるためにもアーサはまず地球防衛部の部長にして稀代の魔女でもある咲梨の意見を聞くことに決めた。

 数日後、派手すぎず地味すぎない品の良い私服姿で執務室に現れた咲梨は、前置きを抜きにしてセラフのことを話題に上らせた。


「今回は首尾良く撃破できたけど、千里ちゃんの話によると、あれには他にもいくつかの能力があるみたいよ」

「脅威としては機械人形マシンドールどころではないということだな」


 レジナルド配下の騎士隊は機械人形マシンドールとの戦いで壊滅的な打撃を受けている。それを遥かに凌駕する力というのは末恐ろしい話だ。


「ひとつ気になるのは、セラフの出現が神隠しと、どう関わっているのかだ」

「神隠しの目的を考えれば世界を危険にさらすのは本意ではないはずだけど……」


 咲梨は頬に指を添えて考え込む。


「そうだな。セレナイトとやらはそれを歓迎すまい」


 アーサーが口にすると、咲梨はふいになにかを閃いたような顔つきになった。


「つまり、セレナイト以外の者なら、歓迎するということかしら?」

「どういうことだ?」


 思い当たることなどなく問いかけると、咲梨は意外な名前を口にした。


「たとえば――魔法使いキーア・ハールス」


 アーサーはさすがに息を呑んだ。

 それは現在のアーサーがその名を継ぐ前に、危険な魔法使いとしてレジナルドに抹殺されたはずの魔女の名前だったからだ。

 顎に手を当てながら情報を整理する。

 確かにゲートは魔法によって作られているとの報告は受けていた。

 それを開いているのが死んだはずのキーア・ハールスだとすれば、彼女はセレナイトに協力しているということになる。

 しかし、セラフの出現がセレナイトに不都合なものだとするならば……


「キーア・ハールスがセレナイトを利用していたのか……?」

「そう考えると、いろいろと説明がつくわ」


 首肯して咲梨が続ける。


「おそらくキーア・ハールスはゲートを開く時に、華実ちゃんを目印にしていたのよ。目印がなければいくらキーア・ハールスでも同じ世界には渡れないはず。そう考えれば華実ちゃんがゲートを察知できる理由にも説明がつくわ。ゲートが開く度に、あの娘はキーア・ハールスの魔力にさらされていたことになるから」

「彼女になんらかの魔法をかけてマーキングしているというわけか。だが、一度目はどうなる? 千木良華実を拉致して月に連れ帰ってしまえば、この世界から目印は失われる。いや、それ以前にキーア・ハールスは目印もなしに、どうやってこの世界に戻ってきたのだ?」


 アーサーのこの疑問に咲梨はあっさり答える。


「目印は他にもあったのよ」

「それは?」

「レジナルド・アディンセル」

「彼をか?」


 驚いてアーサーは目を丸くしたが、すぐに得心する。


「かつてレジナルドに命を狙われた時に、すでにマーキングを終えていたというわけか。いつか戻ってきて復讐を果たすために」


 アーサーが理解するのを見て、咲梨がさらに続ける。


「先日の戦いで、どうしてレジナルドがわたし達に先んじることができたのか不思議だったのよ。でも、それはたぶんキーア・ハールスが魔法によって華実ちゃんを探した時に、同じくマーキングされていた彼も、その余波を感じ取ったのではないかしら? 海外にいたときはともかく、今は同じ街に滞在しているからね」

「その気配を察知して飛び出し、それが仇になったか……」


 いったい彼は、それを感知できたことを、どう考えたのだろうか。

 自らの鋭い感性が、いち早く敵を感じ取ったと思い、喜々として乗り出したのかもしれない。だとすればなおさら皮肉な結果だった。

 やや、思考が逸れかけていたが、その間にも咲梨の話は続いている。


「キーア・ハールスは最初、自らこの世界に戻ってセレナイトがなによりも重視していた生みの親――千明ちぎら夏実かさね博士の肉体とするべき人物を探したはずよ。そして人種的に近く、魔術的に考えても相性の良い同姓同名の人物――千木良ちぎら華実かさねを選んで連れ帰った。もちろんディストピアへの帰りはセレナイト505という巨大な魂を目印にしてね」

「なるほど、他の被害者に名前の一致が見られないのは選んだ者の違いか」


 それに関しては最初から不思議だったが、これでまたひとつ疑問が氷解した。


「そして彼女を目印にして本格的な神隠しが始まったか。なるほど、神隠しがこの地方でしか起きないのは、ゲートが彼女を目標にして開かれていたからだな」


 得心して頷く。市内の様々な場所にゲートが開くこともあって目標が一つとは考えていなかったが、そのバラツキはゲートを生成する際の誤差に過ぎなかったのだ。

 レジナルド自身を目印にして神隠しを行わなかったのは、当然ながら円卓の介入を遅らせるためだろう。


「もちろん華実ちゃんが記憶を取り戻して敵対したのは予想外だったと思うわ。でも当初あの娘の力は弱かったから大した問題にはならず、計画は順調に進んでいった。ただ、セレナイトの目的は都市市民の脱出だったけど、キーア・ハールスの狙いはべつにあったわ」

「それはなんだ?」

「もちろん、神隠しの被害者を片っ端からマーキングすることよ」

「つまり、被害者はすでに全員がマーキング済みというわけか」

「おそらくね。それでいて彼らがゲートを感知できないのは魔力を操る才能を持たないから」

「そのマーキングは解除はできないのか?」

「時間をかけてひとりずつなら、なんとかなると思うけど、それをやってる時間はもうないと思う。前回のセラフ乱入でセレナイトも、その危険に気づいたでしょうから」

「セラフが神隠しの被害者を狙うという話か。確かにゲートが開く度に、あのようなことが起きれば、せっかく脱出させた市民が……」


 話している最中にアーサーもようやく気がついた。


「まさか! キーア・ハールスの目的はそれなのか!?」


 その怖ろしい考えに気づいて思わず声を上げる。


「神隠しの被害者を目印にして一斉にゲートを開き、大量のセラフをこの世界に流入させることで、この世界そのものに復讐を果たそうというのか!」

「すべては推測の域を出ないけどね」


 咲梨はそう締めくくったが、ここまで筋が通っていれば間違っていると考える方が不自然だ。

 しかし、もしそれが現実のものとなれば、どれほどの被害がもたらされるか見当もつかない。いかに真夏や千里に、セラフを凌駕する力があったとしても、ふたりだけでは世界のすべてをカバーできるはずがない。


「キーア・ハールスが次の行動を起こすまで、あとどれくらいの猶予があるかは判らない。けど、おそらく大量のゲートを開くためにはそれなりの準備が必要なはずよ。それまでに、こちらも決戦の準備をしなければならない。円卓の力が必要だわ」


 凜とした咲梨の眼差しに気づいて、アーサーが問う。


「策があるのだな?」

「ええ、一つだけね」

「分かった、それを聞かせてもらおう」


 元より円卓の使命は世界を守ることだ。たとえそれがどれほど危険な策であっても、他に手がないのであれば死を賭して臨むしかない。

 そしてその時は自らが陣頭に立って指揮を執る。それが円卓の盟主の本来の在り方だった。

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