第19話
10月30日。午前10時
サイバー・スクワッド、ゲーム犯罪課司令室。
俺達三人と亜砂花さんと古道さんは部屋中央のテーブル前の椅子に腰掛けて、話していた。
「遊ちゃんと桃愛ちゃん。昨日の出来事とノワール・ネージュ・イリュジオンについて分かった事があれば教えてちょうだい」
昨日は夜遅くて、サイバー・スクワッドに行く事ができなかった。俺達が高校生じゃなかったら昨日でもよかったんだけど。
「はい。じゃあ、俺が昨日の出来事を説明します。昨夜、プラモデル・モンスターの大会
が行われたコスモススタジアムに魔王ボルボが現れました」
「私も見ました。あまり好きなタイプではありませんでした」
桃愛、その報告は今は必要ない。きっと、お前じゃないと怒られるやつだぞ。でも、それで怒らないのってある意味で羨ましいな。
「そうなのね。現れた理由や被害は分かる?」
亜砂花さんは桃愛の発言を軽く対応してから、話の本筋に戻した。さすが、大人の対応だな。
「現れた理由は分かりません。被害についてはでていません」
「そう。現れた理由は考えてみる余地がありそうね」
「はい。それで《ノワール・ネージュ・イリュジオン》の世界に入る方法が分かるかもしれませんし」
「そうね。それじゃ、《ノワール・ネージュ・イリュジオン》について分かった事を教えて」
「はい。それじゃ、私が言います」
桃愛は手を上げて、言った。
「じゃあ、お願い。桃愛ちゃん」
「昨日調べた成果報告します。仮定の話になってしまうのですが、《ノワール・ネージュ・イリュジオン》が《シンデレラ・ハーレム》と連動している可能性があると思われます」
「……そう。他には」
「それしかありません。すみません」
「謝らなくていいわ。でも、《ノワール・ネージュ・イリュジオン》と《シンデレラ・ハーレム》に繋がりがあるかもしれないって事だけでも気づけたのは大きいと思うわ」
「あ、ありがとうございます」
事件発生を知らせるサイレンが鳴り、ランプが点灯して、ゲーム犯罪課司令室を赤く染める。
「皆出動よ」
俺達全員は椅子から立ち上がった。
今回は何の事件なんだ。魔王ボルボが関与していなければいいのだけど。
東地区の住宅街。
古道さんが運転する車で事件現場に向かっている。
無線からの情報で分かった事だが、事件内容は意識誘拐のようだ。きっと、魔王ボルボの仕業だ。
魔王ボルボ。それだけノワール・ネージュ・イリュジオンを攻略させたいなら、ゲームの難易度を下げて、プレーヤー達にプレイさせたらいいのに。でも、なぜそれをしないのだろう。
事件現場の家の前に着いた。ごく普通の家だ。この前と同じで家の前に立ち入り禁止のテープなどでバリケードは作られていない。
「着いたよ」
「あのすいません。一ついいですか?」
「なんだい。遊喜君?」
「この前も思ったんですけど。なんで、立ち入り禁止のテープでバリケードを作らないんですか」
「それはね。野次馬達が来ないようにするためだよ。ここは住宅街だからね」
「そうなんですか。ありがとうございます」
やっぱり、思った通りだった。被害者と被害者家族のプライベートとこれからを守る為にも必要だよな。こう言う配慮は。
「どう致しまして」
「それじゃ、行くわよ」
俺達三人は頷いた。
車のドアが自動で開く。
俺達全員は車から降りて、事件が起こった家に入る。
家の床にはビニールシートが敷かれている。
亜砂花さんと古道さんは階段を上り、二階に行く。
俺達三人も亜砂花さんと古道さんの後を追って、階段を上って、二階へ行く。
亜砂花さんと古道さんは突き当たりの部屋へ向かう。俺達はあとをついて行く。
部屋の中に入ると、鑑識さんが二人居る。ミクスコクーンの中には男性が寝ている。
学習机の上にはパソコンが一台置かれている。どうやら、電源が付いているようだ。後で調べさせてもらわないと。
「すみません。被害者の名前は?」
「鷹野空斗(たかのくうと)20歳です」
鑑識の1人が答えた。
「ありがとうございます」
「鷹野空斗?」
「真珠ちゃん。彼を知ってるの?」
「はい。たしか、この前。《ドラゴン・ライダー》と言うゲームで、優勝した方だったと想います」
「……そう」
この人もゲームの優勝者か。もしかして、優勝者だけを狙っているのか。でも、俺だってアンダー・シティーの大会の優勝者だぞ。何が違うんだ。それに大会はヘヴン・シティーでも行われている。いや、ヘヴン・シティーは無理か。ノーマルのロクスとアンダー・シティーに比べるとセキュリティーレベルが違う。どんな天才ハッカーでも一秒以内で居場所が突き止められる。魔王ボルボはそんな危険な橋を通らないはず。
「優勝者ばかりですね」
真珠は腕を組んで、考えながら言った。
「そうね。けど、それなら遊ちゃんも狙われるはずじゃない」
「それはそうですね」
「でしょ。でも、優勝者が狙われているのも事実。どう言った条件で選んでいるか考えないとね」
「ですね」
「ちょい、みんな。パソコン」
桃愛は学習机を指差した。
俺達は学習机の方に視線を向ける。パソコンの画面には魔王ボルボが映っている。
「魔王ボルボ」
「数時間ぶりか。勇者よ」
「これもお前の仕業か」
「我と言うより手下の仕業かな」
魔王ボルボは不敵な笑みを浮かべる。明らかに俺達を馬鹿にしているようだ。
「そんな事はどうでもいい」
俺は怒りながら言った。なぜ、こんな事が出来る。人間に恨みでもあるのか。だったら、なぜゲームをクリアしてほしい。訳が分からない。
「気を荒立てるな、勇者よ。お前に、いや、お前達にプレゼントをやろう」
「プレゼントだと」
「あぁ。私達の世界を知ってもらうためにな」
パソコンの画面に一通のメールが表示された。これがプレゼントなのか。
「そのプレゼントの中身はなんだ。ウィルスとかじゃないだろうな」
「ハハハ、そんな事はしないさ。それは設定資料だ」
「設定資料?」
「あぁ。残りの半分はお前が私の世界に来る資格を得た時に渡してやろう。さらばだ。勇者と愚かな人間共よ」
「おい。まだ話が」
魔王ボルボはパソコンの画面から消えた。そして、画面は通常の状態に戻った。
「くそ。消えやがった」
「今のが魔王ボルボなの」
亜砂花さんが訊ねてきた。
「はい。そうです。あいつが魔王ボルボです」
「……そうなのね」
「逃げられてしまったのは仕方が無いです。設定資料を確認しましょう」
「そ、そうね」
俺はパソコンのマウスを操作して、メールを開く。メールにはファイルが添付されていた。
ファイルをクリックして、中身を見る。中には《ノワール・ネージュ・イリュジオン》の街やダンジョンなどの設定が書かれていた。
「……凄い量だな」
スクロールを何度しても一番下まで行く気配がしない。膨大な量のデーターだ。まだこの量のデータが半分もあると言うのか。
「サイバー・スクワッドに持って帰って調べましょう」
「は、はい」
亜砂花さんの言うとおりだ。ここで見るより、サイバー・スクワッドで見た方がいい。
「桃愛ちゃん。サイバー・スクワッドに戻ったら、私と一緒に目を通してもらえるかしら」
「ラジャーです。亜砂花さん」
「古道君と遊ちゃんと真珠ちゃんはどう言う条件で意識誘拐されるかを考えて」
俺と真珠と古道さんは頷いた。
どうすれば、《ノワール・ネージュ・イリュジオン》の世界に行く事ができるんだ。それさえ、分かれば俺が攻略するのに。
サイバー・スクワッド、ゲーム犯罪課司令室。
亜砂花さんと桃愛は、コンピューターが6台置かれている長テーブル前の椅子にそれぞれ腰掛けて、アルケーウォッチの画面を空気中に出現させ、その画面で《ノワール・ネージュ・イリュジオン》の設定資料を見ている。あれだけの量だ。ここに戻ってから、ゆうに二時間は経っている。その二時間ぶっ続けで見続ける集中力と根気は尊敬に値する。
俺と古道さんと真珠もその努力に報いる為に《ノワール・ネージュ・イリュジオン》の世界に招待される方法を考えているが、これだと言うものが思いつかない。
「あー思いつかねぇ」
「ゲームで優勝する事は絶対だと思うだけど」
「そうだよな。でも、それは最低条件だよな。でも、他の条件は分からないんだよな」
真珠の言うとおりゲームの大会で優勝する事は絶対に必要な項目だと思う。でも、どの大会で優勝すればいいかがわからない。だって、俺も優勝者だぞ。けど、その招待状が送られてきていない。場所なのか。それとも時間なのか。はたまた、出場人数とか観客人数とかか。
「古道さんはどう思われますか?」
真珠は質問した。
「……うーん。二人と同じかな。何か袋小路にはまったみたいだよ」
「ですよね」
これだけ悩んでも、いい案が出ないのはきついな。
「終わったー。亜砂花さんは?」
「私も見終わったわ」
桃愛と亜砂花さんは空気中に出現させているアルケーウォッチの画面をオフにして、俺達が居る部屋中央のテーブルのもとへやってきた。
「お疲れ様です」
俺と古道さんと真珠は二人の努力を労う。
「いや、疲れたけど色々わかったよー。ねぇ、亜砂花さん」
「そうね」
「じゃあ、私が説明していきますね」
「お願い」
「りょです。まず、魔王ボルボはノワール・ネージュ・イリュジオンのラスボス」
桃愛は《ノワール・ネージュ・イリュジオン》の設定資料で得た情報を俺達に教え始めた。
「やっぱりか」
「物語は魔王ボルボがシュヴァルツ王国の姫、ノワール姫をさらう所から始まる。勇者である主人公は王に姫を救うように命令れ、さらわれた姫を救う為に旅に出る」
「王道中の王道の話だな」
RPGのよくある設定だな。旅をするにつれて、仲間が増えて、その仲間と一緒に魔王を倒す。
「うん。魔王ボルボとそのさらわれるノワール姫の設定画があったから、見て」
桃愛はアルケーウォッチをタッチして、壁に設置されているモニターに向ける。
モニターには魔王ボルボとノワール姫の設定画が映し出された。
「……これがノワール姫」
艶のある黒髪ロングヘアー、雪の様に白い肌、顔立ちはよく、目つきも優しい。黒色のドレスは下品さはなく気品がある。誰が見てもヒロインだと納得するデザインだ。
「……可愛い」
真珠は言った。
珍しいな。普段なら、ここが駄目とか言うはずなのに。女子から見ても納得するデザインなのだろう。恐るべし、響野祥雲。
「参考になるかは分かりませんが、この作品は全年齢対象で販売するようにしていたみたいです」
「……全年齢対象か」
まぁ、RPGゲームだったらそうするよな。誰にでも手に取って貰う為に。
「あとのダンジョンのギミックとかモンスターの強さとか大事な情報を私が分かりやすくまとめて、みんなに送ります。亜砂花さん、それでいいですよね」
桃愛が大事だと思った情報だけ抜粋してくれるのはありがたい。それに何か分からなかったら、桃愛に聞けばいい。桃愛は一度見たもの記憶するから。
「構わないわ」
「じゃあ、それで」
「三人もそれでいいわね」
俺と真珠と古道さんは頷いた。
「あ、桃愛。シンデレラ・ハーレムについては何か書いてあったか?」
「いや、何も書いてなかった」
「そっか」
「うん。もしかしたら、魔王ボルボが持つもう半分のデータに載ってるかもしれない」
「それはありえるな」
もう半分のデーターが欲しいな。全容が把握できない。
「じゃあ、まとめる作業に入っていいっすか」
「おう。頼んだ」
あともう少しだ。あともう少しでこの事件も解決するはず。いや、解決させないといけない。意識を誘拐された人の為にも。
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