第10話

10月19日。魔王ボルボと会ってから一週が経った。

 あの出来事以降、ブラック・ダイモンドの事件は起こっていない。

 サイバー・スクワッドは魔王ボルボについて調べているみたいだが、情報は何一つ見つかっていない。

 このまま何も起こらないなら起こらない方がいい。でも、また何か起こるはずだ。俺に対して「また会おう」と言ったんだから。

 事件だけに集中できる程、俺達は暇じゃない。《デビル・イーター》を完成させないと。

 現段階で5割完成している。残りの半分を仕上げないと。

 ワークスペースのドアを開けた。

「いいね。いいね。最高。もうグッチョブエロ」

 桃愛はジャージを脱ぎ捨て、上半身はピンク色のブラジャーだけの状態で漫画を描いている。あー悪い癖だ。

 桃愛は執筆中に興奮し出すと、こうやって脱ぎ出す癖がある。まだ、ズボンを脱いでないだけましだ。

 桃愛が視線を送っている方向を見る。そこには上下黒の水着の上からミニスカポリスの制服を羽織っただけの真珠がおもちゃの拳銃を持って、恥ずかしいそうに立っていた。

 おい、おい。何してるんだよ。見てるこっちが恥ずかしいじゃねぇか。

「な、何見てるのよ。早く出ていて」

 真珠は俺に気づき、近くにあるものを投げてきた。

「痛い。いや、ここ、俺も入る権利ある部屋なんだけど」

 真珠が投げてきたものがことごとく俺の身体にヒットする。コントロール良すぎるだろ。針の穴も通す制球力か。野球のピッチャーになれよ。

「その表情グッチョブでありんすよ」

 桃愛は真珠を見て、言っている。

 お前はお前で羞恥心を少し持て。それに言葉遣いがおかしいぞ。あーなんで、俺が被害

をこうむらないといけないんだよ。

「うるさい。早く出て」

「わ、わかったから物を投げるな。あと、二人とも着替えろ」

 俺はドアを閉めた。廊下には真珠が投げてきたものが落ちている。

 なんで、俺がこんな目に合うんだ。それにあんな事をしているなら、鍵ぐらい閉めろよ。

 俺は廊下に落ちている物を拾う。どうせ、真珠と桃愛が着替え終わるまで、何も作業できないし。それにこの落ちているものも「アンタが悪いんだからアンタが拾いなさいよ」とか言われて、拾うはめになるはずだし。

 落ちていた物を全て拾い終わり、一箇所に集める。

 右腕に付けているアルケーウォッチが鳴る。

 アルケーウォッチは携帯電話兼腕時計。他にも様々な機能が備わっている。

 俺はアルケーウォッチの画面をタッチする。そして、アルケーウォッチの画面を空気中に表示させた。画面には亜砂花さんの文字。その文字の下には電話に出るか出ないかの選択肢が現れた。

 俺は電話に出るをタッチした。

「もしもし、遊ちゃん」

 画面には亜砂花さんが映っている。

「はい。何かあったんですか?」

「えぇ、事件よ」

「事件?」

「ワークスペースに居るのよね」

「はい。全員居ます」

「よかった。古道君をそっちに向かわせているから事件現場に行く準備をしてちょうだい」

「わかりました。二人にも伝えます」

「お願いね。それじゃ、また」

 電話が切れ、空気中に表示されていた画面は消えた。

 事件か。魔王ボルボに関わりがあるのか。それとも、全く違う事件なのか。どっちなんだろう。まぁ、それは事件現場に行けば分かる事か。まず、俺がする事は二人に今の話を伝える事だ。

 俺はワークスペースのドアを開けた。

「事件だ。早く行く準備をしろ」

「あーちぃかれた」

 桃愛はジャージを羽織っただけの状態で休憩している。真珠は水色の下着姿で今から服を着ようとしているところだった。

 真珠は顔を真っ赤にして、俺を睨んでくる。

 ノ、ノックするの忘れた。こ、これは俺が完全に悪いな。

「変態。スケベ。犯罪者」

 俺はドアを閉めた。

「悪い。悪かった。けど、聞いてくれ。事件が起こった。だから、二人とも至急外に出る準備をしてほしい」

 面倒くせぇな。真珠に色々と言われるんだろうな。てか、俺も悪いけど、着替える時ぐらい部屋の鍵閉めろよな。俺以外が部屋入ってきたらどうするんだよ。


 事件現場に向かっている車中。古道さんは安全運転をしてくれている。

 俺はバックミラーで後部座席に座っている真珠と桃愛を見る。

 桃愛は外を見ている。真珠は俺を睨み付けている。

 うわーまだ怒ってる。めんどうだな。俺が悪いのもあるけど、そっちもちょっとは悪いだろ。

「ごめんって言っただろ」

 俺は後部座席に座っている真珠を見て言った。

「ごめんで済まされる問題じゃない」

「だったら、ちゃんと鍵閉めろよ」

「うるさい。ノックしない。アンタが悪い」

 一方的だな。自分の非を認めないのは昔からだ。もうちょっと可愛げはないのか。申し訳なかった気持ちがなくなってきたじゃねぇか。

「なんだと」

「なによ」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

 古道さんが仲裁に入って来る。

「古道さん。大丈夫ですよ。痴話喧嘩ですから。すぐにいちゃついて仲直りしますよ」

 桃愛は俺達がヒートアップさせようと必要ない事を言う。

「夫婦じゃねぇ」

「こんな奴が夫なんて最悪よ」

「俺こそ、こんな妻は嫌だよ」

「今何て言った?」

「あぁ、こんな妻は……」

「二人とも静かに。今から事件現場に向かうんだよ。二人とも亜砂花さんに怒られたいのかな」

 古道さんは声を荒げずに俺達を叱った。

「す、すいません」

「ごめんなさい」

 俺も真珠も古道さんに謝った。

「よろしい。仲良くするんだよ。お互い、相手をリスペクトしないと。自分の気持ちだけ

押し通そうとするのは駄目だよ。そうじゃないと争うだけになっちゃうから。まだ君達は高校生だからいいけど。大人になれば一言の間違いで取り返しのつかない事になっちゃうんだから」

「気をつけます」

「俺も気をつけます」

 古道さんの言うとおりだ。俺が悪くないだけを押し通そうとした。もっと、真珠に対してリスペクトしていたら、こんなふうに口喧嘩をせずに済んだかもしれない。

「よろしい」

「二人ともその通りだよ」

 桃愛は偉そうに言った。

「桃愛ちゃん。君が一番悪いよ。油に火を注いだんだから。反省しなさい」

「あ、すいません」

 桃愛は自分が叱られると思っていなかったのだろう。驚きながら謝罪した。


 午後5時45分。

 電界島東エリア。一軒家、マンションばかりが建っていて、会社のビルや商業施設などは殆どない。いわゆる、居住区だ。

 古道さんが運転する車はベージュ色で塗装されたどこにでもあるような普通の一軒家の前で停まった。

 車のドアは自動で開いた。

「ここなんですか?」

 事件現場なら立ち入り禁止テープとか貼ったりしないのか。いや、もしかたら、近隣の住人が野次馬にならないようにした配慮か。

「あぁ、ここだよ。さぁ、三人とも降りて」

 俺達は返事をして、車から降りた。

 近隣の家からは晩御飯の香りが漂ってくる。あー美味そうな匂い。腹が減ったな。いや、

そんな事考えている場合じゃない。今は事件だ。

 古道さんが家の中へ入って行く。俺達は古道さんの後に着いて行き、家の中に入る。

 家の床にはビニールシートが引かれている。

 古道さんが階段を上って、2階に上がる。

 俺達も階段を上って、2階に上がった。

 古道さんは突き当たりのドアが開いている部屋に向かう。俺たちもついていく。

 部屋の方からはカメラのシャッター音などが聞こえてくる。

 俺達は古道さんと一緒に部屋の中に入った。

 部屋の中には亜砂花さんと鑑識が二人と、ミクスコクーンで寝ている青年の姿が見える。部屋の床もビニールシートが引かれている。

「冴木先輩。三人を連れて着ました」

「ありがとう。古道君。三人もいきなり呼び出してごめんね」

「いえいえ、事件ですから。それで事件内容は」

「意識データ誘拐事件と言えばいいのかしら」

「意識データ誘拐事件?」

「えぇ。ミクス内で何者かによって意識を誘拐されて、現実の世界の肉体に意識が戻ってないの。二日の間ずっと」

「そ、そんな事が可能なんですか?」

 意識データーに関しては世界中のハッカーでもハッキングできないぐらい厳重なシステムが採用されている。それにロクスでは何かあった時の為に「強制帰還システム」だってある。普通に考えれば有り得ない事件だ。

「えぇ、私もここに来るまでは信じていなかった。でも、こうやって現実として、目の前で起こっているから信じるしかないのよ」

「……そうですね」

 亜砂花さんの言うとおりだ。ありえない事でも目の前で起こってしまったら受け入れるしかない。

「あれ、この人どこかで見たことがある気がする」

 真珠はミクスコクーンで眠る男性を見て、言った。

「見たことがある気がするじゃなくて、見た事があるはずよ。だって、彼は藤間秋也(ふじましゅんや)なんだから」

「ふ、藤間秋也」

 藤間秋也と言えば、真珠と同じように数々のゲーム大会で成績を残しているゲーマー。この前も何かのゲームの大会で優勝した。

「だから見覚えがあったんだ」

「でも、なんでそんな有名人がこうなるわけ?」

 桃愛は亜砂花さんに訊ねた。

「分からないわ。でも、一つだけ犯人に繋がる情報があったわ。本人の訳はないはずだけど」

「どう言う事ですか」

「これを見て欲しいの」

 亜砂花さんは学習机の上に置かれたコンピューターのマウスをダブルクリックした。

 コンピューターの画面にグレーの雲のようなたてがみの黒獅子のマークが表示された。

「……これって。もしかして」

「いや、そんなはずないっしょ」

 真珠と桃愛はマークを見て、驚きを隠せないでいる。

「……響野祥雲のマーク」

「そうよ。これは正真正銘、響野祥雲のマーク」

「でも、そんなのありえないよ。模倣犯か、何かだろ」

 響野祥雲は100年前に亡くなった人だぞ。どれだけ化学や医療が発達したとは言え、死者を復活できるはずがない。

「私もそう思いたいわ。でも、このマークを使用できるのは響野祥雲だけなのよ。それ以外の者が使えば、使った瞬間にサイバー・スクワッドに連絡が来る。使用者がどんな場所からでも、どんな方法を使ったとしてもね」

「……響野祥雲が生きているって事になるよ」

 それしか答えが見つからない。でも、そんな事はありえない。矛盾が目の前で起こっている。

「それもありえない。だから、私達も驚きを隠せないでいるの」

 亜砂花さんは矛盾に対して、どう落とし所を見出せばいいか分からずに悩んでいるかのような表情をしている。

「……そうだよね」

「でも、安心して。藤間君はサイバー・スクワッドの医療班が処置を続けるから死ぬ事はないから」

「それはよかった」

「だから、貴方達は普通の生活をしつつも、魔王ボルボの事件とこの意識誘拐事件の事を頭の片隅に置いてほしい。そして、何か思いついたら言ってほしいの」

 俺達は頷いた。

 この電界島で何か異変が起こっているのは事実。それに対して、抗う事が出来ないのも事実。事実だけが俺達に降りかかってきている。

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