第8話
地獄のような禍々しいデザインのスタジアムが見えてきた。入り口には黒のスーツを着て、サングラスをかけた男が二人立っている。
あれがヘル・スタジアムで間違いなさそうだ。アンダー・シティーでしか許されないデザインだな。あれを通常のロクスで建てようとすると批判や苦情が出るはずだ。
俺と古道さんはヘル・スタジアムの入り口に向かう。
ヘル・スタジアムの前にある屋台ではエフェクト・カードが安値で売られている。どれもレアリティが高いものばかり。たぶんだが、並んでいるカードはコピーカードだ。じゃないと、こんな値段で売れるはずがない。
「古道さん。摘発はしないんですか?」
「しないよ。と言うより、できないな。僕らの課には権限がないから」
「そうですか」
「連絡はしとくけどね」
「それなら安心です」
サイバー・スクワッドも普通の警察と同じで様々な課が存在する。だから、このコピーカードは違う課が担当する事なんだな。
ヘル・スタジアムの入り口に着いた。
「ご用件は?」
入り口に立っている男の1人が訊ねて来た。
「大会に出場しに来ました」
俺はびびらずに答えた。ここでびびったら何をされるか分からない。怖いのは怖いけど。
「そちらの方は」
「彼の付き添いです」
「分かりました。君は右側へ。貴方は左側へ。参加費と観戦料はここでいただきます」
「私が両方払います。秋葉君は進んで」
「はい」
俺はスタジアムの中へ入り、右側の道を進む。
1人になると怖くなってきたな。やっぱり、古道さんが居るのと居ないのとでは安心感が全く違うな。
天井に吊るされているモニターに矢印が表示される。その矢印通りに進んでいくと、ステージが見えてきた。ステージにはざっと数えて30人ぐらい男達が居る。
アクションゲームと格闘技は別物だぞ。なんで、みんなそんなに屈強な身体をしているんだ。もし、これがリアルファイトなら一瞬で負けるな。
男達は俺の事を見下しているような視線を送って来る。きっと、こいつらなら勝てると
思っているのだろう。
気を張って睨みとか利かせるべきか。いや、それはしない方がいい。ゲームで勝てばいいだけだ。
観客席の方を見る。観客席には強面の男や化粧が濃く露出度が高い服を着た女性が大勢居る。その人達のせいでスーツ姿の古道さんが浮いてしまい、すぐに見つかった。
「はい。どうもー皆さん。審判兼解説のコメノです。よろしくお願いします」
声がする方に視線を送る。
観客席の一箇所に解説ブースがあった。そこに中年の男性がマイクを持って、座っている。あれがきっと、コメノって人なんだろう。
「待ってました」
「早くしろよ」
「今日は賭けに勝たせてもらうぞ」
観客達のボルテージが上がっていく。
「皆さんの言うとおり早速ですがゲームを行いたいと思います。ルールはバトルロイヤル。最後までステージに立っていたものが優勝者です。優勝者には賞金100万円と素晴らしい商品をお渡しします。それでは皆さん、モンスターと武器とエフェクトカードをお選びください」
コメノは言った。観客の煽り方が上手いな。
俺の目の前にモニターが表示される。
この大人数を1人ずつ倒すのは面倒だな。一気に全員を倒す方法の方が確実にいいな。
モニターに映るモンスターの中からあめふらしを選択。
モニターに右下の「武器」の項目を押す。すると、モニターに様々な武器が出てくる。
武器の中から「ビニール傘」を選ぶ。そして、モニターの右下の「エフェクトカード」を押す。
モニターに写るエフェクトカードの中から「雨量調節」、「失われし鎧」、「シルバーコーティング」、「オーバーキル」、「再現」を選ぶ。
選んだモンスターあめふらしで着ている服が雨模様が入った着物に変わった。
武器のビニール傘が目の前に出現した。俺はそのビニール傘を手に取る。
「おい、あいつ戦う気あんのかよ」
「まずあいつからだな」
「良かった。雑魚が居て」
対戦相手の数人が俺の事を馬鹿にして笑っている。
その笑顔、一瞬で泣き顔にしてやるよ。脳筋野郎共。
「それでは皆さん。準備が終わりましたね……バトルスタート」
コメノの試合開始を告げた。
男達は戦いを始める。俺の方に向かって来ている奴らが何人か居る。
……何分で試合を終わらせようか。試合終了時間が早ければ早いほど、現実世界に帰るのが早くなる。
「モンスターエフェクト発動。ステージ全体に雨が降る」
ステージ上に小雨が降り出した。俺はビニール傘を差した。ビニール傘の効果はいかなる雨の効果も受け付けない。
「なんだ。この雨は」
「この雨なら造作もない」
男達の動きが少しだけ止まった。
「エフェクトカード発動。雨量調節。小雨をゲリラ豪雨に調節」
ステージ上に降っていた小雨はゲリラ豪雨に変化。
「な、なんだ。この雨は」
「前が見えねぇよ」
男達はゲリラ豪雨のせいで視界が悪くなり、身動き出来なくなっている。
「エフェクトカード発動。失われし鎧。効果により、自分以外のプレーヤーの防御力は0になる」
男達の防御力はゼロになった。どんな攻撃でもダメージを食らう事になった。
「防御の数値が0になっちまった」
「どこから攻撃するつもりだ」
男達は混乱を始めた。
「エフェクトカード発動。シルバー・コーティング。降っている雨を対象にする。それにより雨は鉄のゲリラ豪雨になる。そして、雨の攻撃力は50」
鉄の雨に触れるたびに50ダメージ受ける。だから、20回当たれば1000ダメージ。
それで勝負が決まる。
「なんだと」
「噓だ。何もできないまま負けるだと」
「ま、待ってくれ」
男達の悲鳴がスタジアム中にこだまする。
数秒後、雨が止んだ。ステージ上には男達が倒れている。
「すいません。コメノさん。これって俺の勝ちでいいですか?」
俺以外のプレーヤーは立っていない。
観客席の人達は何が起こったか、状況を把握出来ずに口を開けたまま無言になっている。
これは俺が優勝ってことだよな。まだ、エフェクトカード2枚も残ってるんだけど。HPも満タンだし。手ごたえなかったな。脳筋しか居なかったんだな。
「ゆ、優勝は秋葉遊喜で決定。わずか30秒で全員を倒しました。観客の皆さん秋葉遊喜に惜しみない拍手を」
静まり返っていた観客達が目の前の出来事を理解し始めながら拍手をしている。
「……ありがとうございます。ありがとうございます」
俺は振りたくはないが後で何か起こったら面倒だから観客に手を振る。
……なんだろう。この勝ったのに絶妙に居心地悪い感覚は。やっぱり、アウェーでぼろ勝ちするのはよくないな。
「それじゃ、優勝賞金です。商品は後でお渡しします」
コメノさんが「優勝賞金」と書かれた封筒を俺に手渡してくる。
俺はその封筒を受けとった。そして、古道さんに視線を送る。
古道さんは頷いた。ここからが本番だ。
コメノさんに連れられて、主催者が居る部屋へ向かっている。
結構奥に進んだぞ。単純に怖いな。何が起こるか分からない。まぁ、その時は古道さんに頼るしかない。
俺とコメノさんはVIPルームの前で立ち止まった。
うわー。これって、中に悪い人居るやつじゃん。両サイドに美人な女性が居るパターンだ。ハリウッド映画とかでよく見るやつ。転プレの一つ。
「この中へ入ってください」
コメノさんはVIPルームのドアを開けた。
「は、はい」
俺は恐る恐るVIPルームの中に入った。目の前にはいかにも高そうなソファに座る眼鏡をかけた中肉中背のスーツ姿の中年男性が居た。横には黒い箱を置いている。
……中年男性?いかつい男じゃなくて。ただのサラリーマンみたいだぞ。両サイドに美人もいないし。ひょ、拍子抜けだ。ある意味で寿命が縮まった気がする。
後方からドアが閉まる音が聞こえる。きっと、コメノさんが閉めたのだろう。
「お前が優勝者か」
中年男性が話しかけてきた。
「はい。そうです」
「若いな。でも、お前なら力に自惚れる事無く使えこなせそうだな」
フォルムと発言が噛み合っていなくて笑ってしまいそうだ。……でも、力に自惚れる事無く使えこなせそうってどう意味だ。
「……何をいただけるんですか?」
「ブラック・ダイヤモンドだ」
中年男性は横に置いている黒い箱を開けて、黒い箱の中からブラック・ダイヤモンドを取り出した、
「……ブラック・ダイヤモンド」
「お前はこれで最強の力を手に入れる事ができる」
中年男性は俺にブラック・ダイヤモンド手渡して来た。
「要らないね。俺にはそんな力必要ない。それにそんな力があってどうなる?」
どう言う反応を見せるか。もし、何かされそうになったら古道さんが来るのを願う。
「……力が要らないと言うのか人間。私を一度も倒した事がない人間風情が。いや、我が
城に一度も踏み入れた事がないものが」
「お前何者だ。本性を現せ」
明らかに中年男性じゃない者が中年男性の身体を使って話している。こいつは何者なんだ。
「我が名は魔王ボルボ。最強の勇者を待つ者」
「……魔王ボルボ」
何かのゲームのボスか。でも、そんな名前の魔王聞いた事ないぞ。
「だが、いくら待っても勇者は我のもとへ来ない。だから、こうやって我がお前達勇者のもとへ行き、我と対等に戦える力を授けているのだ」
「……なぜ、そんな事をする必要がある」
わざわざ自分と戦う為に相手に力を与える必要がある。そんなの意味がないだろう。
「……ある人の為だ」
「ある人の為?」
魔王ボルボの背後にはまだ何者かがいるのか。
「あぁ。これ以上は話をしない。いや、話せない」
「なぜだ」
「この男の身体が疲弊しているからだ。この男の身体がどうなってもいいと言うなら話してやるが」
「くそ。それはできない」
この中年男性を犠牲にしてまでは聞けない。この人の身の安全が第一だ。
「いい判断だ。それじゃ、また会おう。可能性を持った勇者よ」
中年男性は気を失った。魔王ボルボがこの男性の肉体から出て行ったのだろう。
「大丈夫ですか。大丈夫ですか」
俺は中年男性の背中を揺する。もし、異変があれば早く処置をしないと。現実世界の身体にも影響が出る。
「うーん」
中年男性の意識が戻った。よかった。これなら大丈夫なはず。
「……よかった。無事で」
「き、君は誰だ。こ、ここはどこだ。なんで、私はここに居るんだ」
中年男性は錯乱している。どれくらいの間、魔王ボルボに身体を使われていたのだろう。
色々と聞かないと。でも、まずはこの人に俺が誰でここがどこか説明しないといけない。
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