ランドセルの女王様
京野 薫
黒い傘の君(1)
私はブラジャーが大嫌い。
夜眠る前、いつも朝目が覚めたらこんなの着けなくてもいいように、胸が小さくなってくれないかな……と思う。
大きさはEカップ……って言うんだっけ?
どうでもいいけど。
他にもお願いしてることはある。
背が小さくならないかな。
175センチなんて高すぎる。
こんな彫りの深い顔じゃ無くなってくれたら……とか。
大きなお尻も小さくなって欲しい。
でも神様は残酷。
願いが叶うどころか胸もお尻も成長してるし、顔も大人っぽく、彫りが深くなっててまるでモデルさんみたいになっている。
こんな顔嫌なのに……
カーテンを開けると、外はしとしと春雨が降っている。
おあいにく様の天気だけど私は嬉しい。
自分を傘の下に隠せるような気がするから。
今日は4月の新学期。
みんなきっとワクワクしたり不安でドキドキしてるんだろうな。
何で私ばっかり……
私、根尾あかりは目をこすって深くため息をつくと、ベッドから出て1階のリビングに降りる。
ママはすでに朝食の準備をしてて、パパがエッグトーストを食べ始めていた。
「おはよう、あかり。あなたも早く着替えなさい。今日は新学期なんでしょ」
「うん……」
「そんな顔するな。すぐにみんな慣れるよ」
パパは気楽そうに言うけど、そんな風にならないのは私が一番よく知っている。
でもママも私に向かって同じように気楽に言う。
「とにかく早く着替えてらっしゃい。今日から5年生でしょ。小学校の新しい1年なんだから、気合い入れてかないと」
※
私がこんな身体になったのは特に何かの病気では無くて、ただただ体質らしい。
早熟な身体を持つ人は一定数いるけど、私はそれが極端だった、と。
そうなんだろうな。
産まれてから病気なんて年に1回風邪を引くかどうかだし、勉強も自分で言うのもなんだけど、かなり出来る方。
ただ、人より身体だけがとにかく成長が早かった。
お陰で5年生を迎えるこの日の時点で、完全な大人の女性みたいになっちゃってる……
こういうと、他の人……先生とかおじさん叔母さんたちは「大人っぽくていいじゃないか。モデルみたいな美人さんだし、それは才能だよ」と。
それを聞く度に泣きたくなるほど悔しい。
どこの世界に175センチでランドセル背負ってる女子がいるんだろ。
クラスのみんなに混じっても、頭一つどころか下手したら9つくらい抜けてるし、何だったら4年生の時なんか担任の花坂先生より高かった。
クラスでも私だけ机は特注で、泣きたくなるくらい恥ずかしい。
授業参観なんかはまるで動物園の珍獣みたいな目で見られてたし……
そんな感じだから、私はこの身体をありがたいと思ったことなんか一度もない。
私だってクラスの女の子達とも遊びに行ったり、一緒に勉強したりもしたい。
でも、私と居るとやっぱり劣等感を刺激されるのか、それとも単に私の異物感ぶりが酷いのか分からないけど、その望みが叶ったためしがない。
唯一の友達の
彼女は、私とは真逆に低学年と思われるくらいの童顔と背の低さで、私と一緒にコンビニでお菓子を買ったとき、レジのおばさんに「お似合いの親子ですね」と言われたこともある……
私はため息をつくと、2階に上がって着替えを済ませランドセルを背負う。
うう……苦しい。
特別に調整してもらったはずなのに……
この事を去年、先生に相談したことがあって、一時期私だけ大人用のショルダーバッグの使用を認めようか、と言う話になりかけたんだけど、教頭先生が「根尾さんも小学生なんです。彼女だってみんなと同じようにランドセルを背負いたいはず。それを潰すのは可哀想です!」と言う意味不明な言葉で無しになっちゃった。
誰もそんな所にモチベーションなんて無いのに……
この身体をみんなみたいにしてくれるなら、泣いて土下座して靴舐めてもいい……やっぱヤダな。
この春から中学3年生になる兄の
朝ご飯を食べ終わると、玄関を出て身体を隠すように傘を差す。
そして近くの公園に行くと、すでに分団の子達はチラホラ集まっていた。
春子、まだ来てないんだ……
春子以外に話せる相手が居ない私は、屋根付きのベンチに座るとぼんやりとみんなを見回した。
雨だと言うのに、男子は鉄棒近くを走っている。
女子は集まって何やら話してる。
なに、話してるんだろ……
みんな小さくて可愛らしいな……
ランドセルもよく似合ってる。
ああ……そっか、新学期のクラス分けの事、話してるんだ。
私は……どうでもいいや。
あ、春子とは同じクラスになれると良いな。
そんな事を考えてシュンとなってしまい俯いていると、鉄棒を走っていた男の子の1人が私の近くに来ていきなり言った。
「おばさん! 俺のクラスに来るなよ。あんなでかい机無いからな!」
そう言うと、一緒にいた2人の男子と一緒に笑い出した。
私はいきなりの言葉に返す言葉が思い浮かばす、カッと顔が熱くなった。
なんで……なんでアンタなんかに。
悔しくて涙が出そうになった時。
公園の入り口から男の子の声が聞こえた。
「何やってんの? 女の子相手にダセえんだよ」
驚いて声の方を向くと、そこに居たのは去年転校してきた
転校以来、運動も勉強も出来て空手をやっている事もあり、あっという間にクラスの中心になっちゃった彼。
去年までは違う分団だったけど、編成の関係でこの4月から私たちの方の分団になったんだっけ……忘れてた。
言われた男の子は恥ずかしさもあったのか、顔を赤くして低い声で言った。
「お前には……関係なくない?」
「うん、関係ない。でもダサい事やってる奴見るとイライラすんだよ」
その言葉に男の子達は顔を強ばらせたけど、神崎君が睨み付けるとブツブツ言いながら離れていった。
「あ……ありが……と」
俯いてボソボソとお礼を言った私に軽く首を横に振ると、神崎君は自然に隣に座った。
「根尾あかり……だっけ? 違ってたらゴメン。でも格好いい名前だね。俺もそんな名字が良かったよ」
はにかみながら話す神崎君が何故かキラキラしてて眩しくて、思わず顔を背けながら言った。
「あの……いいよ、無理しなくて。私なんかの隣居ると、神崎君も変な風に言われるから……オバサン好き、とかさ……」
「そんなのどうでも良くない? 根尾は根尾でしょ。何も悪いことしてないし、そもそもそんなに可愛いんだからさ。なにコソコソしてんの? って感じだよ」
え……
ビックリして神崎君の顔をまじまじと見てしまった。
私が……可愛い。
「そんな事初めて言われた」
「え、そうなの? 全然いい感じじゃんお前。もっと堂々としろよ。そしたらクラスの女子とか目じゃないから」
私は目が熱くなり、鼻がツンとしてくるのを感じた。
ああ……やだな、泣いちゃいそう。
それに神崎君……もっとお話ししたい。
必死に話題を探していると「お二人さん! もう行く時間だよ」と、からかうような声が聞こえたので驚いて見ると、春子がニヤニヤしながら見ていた。
「え!? やべ! 行こうぜ、根尾」
「あ……うん」
先に走っていった神崎君について行ってると、春子がクスクス笑いながら言った。
「あかりもやっと春が来た! かな? 神崎君、良い感じだよね」
「……そんなんじゃ……ない。神崎君に迷惑だよ」
「そんな事ないでしょ。あれ絶対神崎君もまんざらじゃ無いって」
え……
そ、そうなのかな……
私は分団の先頭付近を歩く神崎君の黒い傘をじっと見ていた。
黒い傘はおじさんっぽいし、乱暴な男子のイメージがあって好きじゃ無かったけど、なぜだか今は強くて暖かい色に見えた。
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