いすぱるの日常
いすぱる
第1話 近所のお魚屋さん
私の家の近所に、創業40年を超えるお魚屋さんがある。老夫婦二人で営み、その店の佇まいは古く、小さくて、昭和を感じさせる建物だ。
車でその店の前を通る時、立札のような物を置いてあるので気になって読んでみると、その日の天候によって仕入れが変わりますので、お電話でご確認をと書いてあった。大型店舗の進出にもかかわらず、このような細やかな気遣いによって、この店が生き残ってきたのだろうということがうかがえた。
引っ越してきて以来、ずっと気になっていた店なので、ある日Googleで検索して電話をしてみる事にした。
「はい~、○○屋です」
電話に出たのは、店の前を通る時によく見かけるお婆さんと思われる人であった。
「あの~、すみません。マグロのお刺身はありますか?」
「え~~?」
戻って来たダミ声の返事は、志村けんさんのコント、ひとみばあさんとほぼ同じ響きで聞こえた。
相手がお年寄りということもあり、普段より大きめの声で話したつもりだったが、どうやら聞き取れなかったようだ。
私はさらに大きな声で同じ質問をした。
「今日、マグロのお刺身はありますか!?」
「あ~、あるよ~」
今度は聞き取れた様なので、私は同じトーンで会話を続けた。
「おいくらですか?」
「え~~?」
私はさらに声のボリュームを上げた。
「おいくらでしょうか!?」
「あー、一つ400円だよ~」
マグロの刺身が1パック400円とは安い! そこらのスーパーよりもかなり安い値段。
これなら細々通っても良い値段だと思った私は、聞きたい事があった。
決して馬鹿にしている訳ではないが、見るからに昭和の佇まい、そして80前後の老夫婦のみで経営してる店で、電子マネーが使えるとは思えない。クレジットカードですら恐らく無理だろう。
だが、現金を持ち歩かない私は、一応聞いてみる事にした。
「お支払いは現金のみですか?」
「え~~?」
「あのー! お支払いはー、現金のみですか!?」
この質問に対しての、お婆さんからの返事を私は一生忘れることは無いでしょう。
「いんや~、ビットコインも使えるよ~」
私は0コンマ何秒かで、嘘つけーい! と、いう言葉が脳裏に浮かんで、危うく口に出すところであった。
「そ、そうなんですね」
そう答えてお茶を濁した私は、現金を用意して、歩いてそのお魚屋さんに向かった。
そこには、新鮮なマグロのお刺身が置いてあり、直ぐに購入して、電話の主であろうお婆さんに、現金で支払った。
「はい~、これお釣りね~」
どうしても気になった私は、その電話と同じ声のお婆さんに聞いてみた。
「あの~、ビットコインでお支払い出来るんですか?」
「え~~、何それ~?」
私は瞬時に下を向き、肩を震わせながらその場を後にした。
因みに、マグロのお刺身は大変美味しかったです。
ビットコインは使えないようだけど、また、必ず行きます。昭和風情の残るあのお魚屋さんに。
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