第12話

 ―――――アリスとの再会から2年。


 時が経つのは早いもので、気づけば学園の入学試験まであと数日となっていた。

 もちろん、何事もなくこの2年間を過ごせた訳ではない。

 大きいところで言うと、リースヘッグ領に魔物が襲来したことが挙げられる。リースヘッグ領が魔物が多く潜む「魔の森」と近いから仕方ないという面もあるのだが、それでも人里に魔物が出てくるのはそうあることではない。そのため、魔物襲来の報を聞いた時は大丈夫かと内心ヒヤヒヤしていた。が、そこは我がリースヘッグが誇る防衛団のお陰で被害が生じることなく乗り切った。今回襲来した魔物は大物どころか中堅どころもいなかったらしいので、良かったと言えよう。

 そのほかにも小規模のトラブルがいくつかありはしたが、ここで語るほどでもないので割愛したいと思う。


 さて、そんなわけで試験がもうすぐということで、俺はまた王都に向けて発つこととなった。


 「頑張ってくるんだよ、アル」


 「あなたはこれまでずっと頑張ってきたのだから、大丈夫よ」


 「はい。合格通知をいただけるように頑張ります」


 父上も母上も穏やかな表情で見送ってくれる。なにより、これまでの俺の努力を見守ってくれたこと、それを肯定してくれたことに感謝し、俺は馬車に乗り込んだ。

 馬車には既にドロシーに待機してもらっていた。侍女なので当たり前ではあるが、彼女にも付いてきてもらうためだ。学園には侍女の為のクラスもあるため、ドロシーはそちらの入学試験を受けることになっている。


 「それでは父上、母上。行って参ります」


 「うん、気を付けてね」


 「落ち着いて試験に臨むのですよ」


 そんな暖かい見送りをしてもらい、馬車は動き出した。

 前回は宿に着く前にひと悶着あったものの、王都に辿り着くまでは特に問題なかったので今回もそうであってほしいところだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 特にトラブルに巻き込まれることなく、俺たちは王都に入ることが出来た。

 今回は宿舎に辿り着く間もトラブルに巻き込まれなかったため、俺とドロシーはそのまま取っておいた部屋に入る。


 「前回来たのは2年前だったけど、おじさんも元気そうで良かったね」


 「そうですね。前回はチェックインのときもその後も色々とご迷惑をおかけしてしまいましたが、今回も受け入れてくださってありがたいです」


 「うっ………その節はご迷惑をおかけしました」


 「いえ、あそこでアル様が出ていかれなければアリス様がどうなっていたかわからないので、あれはあれで良かったのです。アリス様がこちらにお越しになられたときはどうしたものかと思いましたが」


 「懐かしいな、それも。もう2年も前になるのか………うん?」


 荷解きをしながら思い出話に花を咲かせていると、突如扉をノックする音が聞こえた。この宿はご飯の際に呼び出しがかかるタイプではないため、ノックされる=来客があったということになるのだが、如何せん思い当たる人物がいない。

 流石にアリスが今日ここにやってくるとは思えないし、会うことが叶っていないクレアとシャルロットが顔を出してくるとは思えないし………もしかして?


 「どうしますか?アル様」


 「…多分、大丈夫。一人だけ思い当たる人物がいる」


 そういって扉を開けると、そこには唯一思い当たった人物がそこに立っていた。


 「久しぶりね、アル!」


 「うぉっ………久しぶり、エミリア」


 挨拶も程ほどに俺の胸元に飛び込んできた彼女―――エミリアを抱きしめ、部屋へ招き入れる。

 ドロシーを見た時目を若干見開いていたエミリアだったが、あれからもずっと手紙のやり取りをしていた彼女にはドロシーのことを伝えていたため、そこまで驚くほどでもなかった。

 しかしドロシーの方は俺の胸元に飛び込んできたエミリアを見て大層驚いた様子だった。


 「貴女がドロシーさんね。エミリア・リースフレアです。エミリアって呼んでね」


 「は、はい。ドロシーと申します。よろしくお願いします、エミリア様」


 「まったく、来るなら来ると事前に教えておいてくれ。ドロシーの警戒心が凄かったぞ」


 「いやーごめんごめん、せっかくならサプライズみたいにしたほうが面白いかなって」


 「月一でやり取りしてる時点でサプライズも何も無いだろ………」


 「それはそうだけど、でもこうして会うのは何年ぶりよって話!わかってないなーアルは」


 「ごめん、ごめん。確かに俺が悪かったから肩を小突くのはやめてくれ」


 エミリアの来訪で一気に賑やかになった俺らは、そのまま休憩に入ることにした。

 毎年お互いの誕生日に顔を合わせているので彼女と会うこと自体はそこまで久しぶりではないのだが、公的な場ではない今みたいに会うのは彼女の言う通り何年ぶりだろうか…というレベルなので、彼女の言い分に異を唱えることはしなかった。

 恐らく、彼女もある程度鬱憤が溜まっていたのだろう。もっと高頻度に会おうにも、平時に会うにはお互い身分が高いしおいそれと外出は出来ない。そう考えると、前回俺と彼女が親しくなれたのはある意味奇跡だったのだろうか。


 「それで、エミリアはどうして今日ここに来たんだ?ただ顔を見たかったわけじゃないだろう?」


 「あ、そうそう。ちゃんと話題はあるのよ。1つ聞きたいことがあってね?」


 「聞きたいこと?改まって聞きたい事なんて、あるのか?」


 ドロシーが入れてくれた紅茶を飲みながら、俺とエミリアは会話をする。

 ドロシーは立ったまま待機しようとしていたため、彼女も椅子に座らせる。私的な場なのだし別に構わないだろう。


 「アル。あなた、入学試験はやるの?」


 「どのくらい…っていうと、順位ってこと?」


 「そう。あなたが全力でやっちゃうと、余裕で1位を取るでしょう?」


 そうして話題に挙げられたのは、試験のことだった。

 試験は座学と剣術/魔法の選択で2科目受けることになっている。しかし剣術の方は、仮にも貴族の子供相手ということでそこまでの能力を要求されることはない。試験だって殺傷力の無い鈍らを用いた簡単な動作確認しかされないため、ある意味楽な試験と言えよう。


 「…3つとも1位を取れるかは怪しいけどね。主にきみとアリスとシャルロットの存在のせいで」


 「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない」


 「事実だろうに…そういうきみこそ、全力でやることはないだろう?」


 「当たり前でしょう。座学ならともかく、魔法で全力を出すなんて天地がひっくり返ってもありえないわ」


 ほかの受験者に対して失礼な会話になっているなぁと内心思うも、仕方ない側面も勿論ある。俺は俺で同年代の子らと比べて常人離れした特訓をしてきたし、彼女は彼女で魔法の才がずば抜けている人物だ。そんな俺たちが全力を出したら色々と面倒なことに巻き込まれやすくなる。


 「そうなると、やっぱ1位はアリスに譲る感じか」


 「ええ。そのほうが他の人らも納得するでしょう。伯爵家出身のあなたと私が上にいくと、要らぬやっかみを貰うことになるでしょうし」


 「仕方ないとはいえ、面倒な連中だなぁ貴族の子らは」


 「その面倒な連中の一員なのに何言ってるのよ、あなた」


 学園は校則で「学園に所属している間は身分差はないものとする」なんて言っているが、これを守る生徒なんて一握りもいたらいいレベルとなっている。大抵の生徒は形骸化した校則なんて気にすることなくバンバンとをしてくるし、前回はこれに苦しめられたことも少なくない。

 それを避けるには、目立ちすぎないというのが一番の対策になる。

 だが、この対策は恐らく意味をなさないのだろうと今の時点で予感している。


 「ま、今日特別話したかったトピックはこれだけなのよ。悪かったわね、そこまで重要な話じゃなくて」


 「いんや、エミリアと直接話せただけで楽しかったから問題ないよ。来てくれてありがとうね」


 「…それを素面で言えるのはズルいと思うわ、ホント」


 その後俺たちは一緒に夕食を食べ、エミリアと別れた。

 彼女は俺とドロシーとは違う宿に泊まっているとのことだったので送り届け、自分らの宿に向けての帰路に着いた。


 試験を受けるためとはいえ王都での生活はあんまり乗り気ではなかったため、今日彼女と会えたのは精神的にも非常に助かった。これなら、明日の試験も無事に乗り切れるだろう。






 試験から2週間後、無事に自宅に合格通知が届き、学園生活が確約されたのだった。


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≪あとがき≫

 次回から学園編に入りたいのですが、早くもスランプ気味なので充電期間をいただきます。

 申し訳ないのですが、暫くの間お待ちいただければと思います。

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