ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

カティア

第1話 料理人の俺、ネームドモンスターに遭遇


 森の中、俺達6人の前に突如湧き出てきたのは、ネームドモンスーの「猛き猪」だった。

 その外見はほぼ猪だが、サイズは常識を超えている。高さは5メートル、体長10メートルほどもあり、威圧感がすさまじい。

 そして何よりも、その冷酷な瞳は完全に俺達をターゲットとしてロックオンしていた。


 もしこれが現実世界なら、俺は迷わず全てを捨ててでも逃げ出していただろう。どれほどクソみたいな人生でも、命は一つきり。捨てる覚悟なんて持ち合わせてはいない。

 だが、ここは「アナザーワールド・オンライン」。いわゆるVRMMORPGの世界だ。この「アナザーワールド・オンライン」は、最新型ヘッドディスプレイを使い、脳波を読み取って操作するタイプのゲーム。コントローラーなど不要で、頭の中のイメージですべてが動かせる。

 そして目の前に広がるこの光景は、現実とほぼ変わらないリアリティを持っていて、むしろ俺にとってはくすんで見える現実世界よりも、ゲームの世界こっちのせかいの方がより鮮明に感じられることさえある。


 とはいえ、ゲーム的には今の状況は絶望的に近い。「猛き猪」の討伐情報はネットでも出回っているが、推奨パーティは3パーティ18人と書いてあった気がする。それに対して今の俺達は6人。しかも、その内の一人である俺は非戦闘職の「料理人」。フレンドのレベル上げに、主に料理係として同行したにすぎない。一応、サブ職業を白魔導士にしてあるから、多少の回復はできるが、戦力としては期待しないでほしい。


「クマサン、どうする!?」


 俺は今回のレベル上げに誘ってくれたフレンドのクマサンに視線を送った。

 クマサンは名前の通り、熊っぽい獣人の男キャラで、茶色の毛むくじゃらの体に重そうな鎧をまとっている。

 このゲームでは、人間以外の種族も選べる。猫型獣人や兎型獣人などはわりと人気だが、クマサンはそれほど人気のない熊型獣人を選んでいた。

 それにしても、熊の見た目の獣人にそのままクマサンと名付ける彼のセンスには脱帽だ。


「こんなところに連れてきてすまない。俺達が引き付けている間にショウは逃げてくれ」


 クマサンはそう言うと、猛き猪に向けてスキル「挑発」を発動させた。

 このスキルは、敵のヘイトを上げ、攻撃を自分に向けさせるというものだ。クマサンの職業は重戦士。タンクと呼ばれる盾役が、パーティ内でのクマサンの役割だ。


 こんな状況でも、クマサンは実に男らしい。口数は少ないが、冷静に自分の役割を全うしようとする彼の姿勢を、同じ男として俺は深く尊敬している。

 だが、俺だって逃げろと言われてそのまま逃げるような薄情な人間にはなりたくない。

 現実世界には、そんな奴らが溢れていた。

 前に勤めていた会社の人間だって、営業の連中は無茶な納期の仕事を取ってきて、納品が遅れたら自分の責任を棚に上げ、すべてプログラマーの俺のせいにした。同じプログラマーの同僚たちも厄介な仕事はいつも俺に押し付けてきた。

 そうやって色々と仕事と責任を背負わされ続けた結果、俺は体を壊し、仕事を辞める羽目になった。

 それなのに、あいつらと同じようなことを、この大好きなゲームの中でやるなんて、俺は絶対にいやだ。


「サブ職業を白魔導士にしているから、回復補助くらいはできる。援護するよ!」

「……すまんな」


 俺はクマサンにうなずいて見せ、仲間達の体力ゲージに注意を向けた。

 メインのヒーラーとしては、職業「巫女」のミコトさんがいる。基本回復は彼女に任せ、俺はタンクのクマサンが大ダメージを受けた時や、範囲攻撃で他メンバーが傷を負った時にフォローに回るつもりだ。


「ミコトさん、SPスキルポイントが少なくなったら休息を取ってSPを回復してくれ。その間は俺が回復を代わるよ」

「さすがショウさんです。ゲームをよくわかってくれて助かります」


 ミコトさんは白い巫女服をはためかせながら体力回復のヒールのスキルを使い、俺に笑みを向けてくれた。

 ハズレ職業の料理人を選んでしまっているが、俺のゲーム歴は長い。ヒーラーがしてほしいことくらいは理解しているつもりだ。


 さて、これでタンクとヒーラーの方はなんとかなりそうだ。

 猛き猪のダメージはかなり大きいが、クマサンなら一撃死するほどではない。

 これならネームドモンスター相手にもある程度は耐えられる。あとは、タンクやヒーラーが崩れ前に、アタッカー陣が猛き猪を倒せるかどうかにかかっている。


「よし、今のうちに攻撃だ!」

「一度ネームドモンスターとは戦ってみたかったんだ」

「俺の力を見せてやるぜ!」


 アタッカーは、戦士のアキラ、武闘家のジャッキー、暗黒騎士のクロの3人だ。

 3人とも俺のフレンドではないが、ミコトさんと同じギルドのメンバーだと聞いている。

 ちなみにこのゲームにおけるギルドとは、冒険者ギルドや商人ギルドのような同じ職業の者同士が協力し合う組織のことではなく、仲のいいプレイヤー達が作る仲間同士のグループを指す。同じギルドに所属すると、ギルドチャットが使えたり、お互いの居場所がすぐわかったりと、いくつかのメリットがあるものの、ギルドに所属しているかどうかがゲームの進行に大きな影響を及ぼすわけではない。


 俺達6人のレベルは全員50前後で、それほど差はない。問題は、このアタッカー達がネームドモンスター相手にどれほどのダメージを与えられるかだ。

 俺は攻撃する彼らのダメージ表示に注目する。


  アキラの攻撃 猛き猪にダメージ1

  ジャッキーの攻撃 猛き猪にダメージ1

  クロの攻撃 猛き猪にダメージ1


 …………。


 俺は信じられない思いでシステムメッセージを見直すが、何度見てもダメージは「1」のままだ。

 ちょっと待ってくれ! なんだそのダメージは!?

 通常攻撃のダメージは総じて1。

 しばらくダメージ値を見続けていたが、クリティカルヒットを出しやすい武闘家のジャッキーが時折クリティカルを出しているが、それでもダメージは10程度。暗黒騎士のクロは防御力を捨てて攻撃力を強化するスキルを使っているのに、それでも10にも届かない。

 さっきまでのこのあたりのモンスターに与えていたダメージが100前後だったことを考えると、このダメージの通らなさは異常だった。


「防御が固すぎる!」

「全然ダメージが通らねえよ!」

「こんなの無理ゲーすぎる!」


 3人のアタッカー連中は猛き猪を攻撃しながら、次々と泣き言を漏らし始めた。

 とはいえ、俺も彼らの弱音を責める気にはなれなかった。

 さっきから表示される微小なダメージ値に、俺だって同じ無力感を抱いている。


 全員で逃げようにも、それすら困難だろう。

 通常のモンスターならば、一定距離離れれば敵のターゲットを外せる。魔法やアイテムで足止めをして、その間に逃げれば、敵からの離脱は可能だ。

 ただし、それはあくまで通常モンスターを相手にした時の話だ。ネームドモンスターに対しては、その限りではない。あるネームドモンスターは、どれだけ距離を取っても追いかけ続け、ターゲットが街に入るまで追い回し、街周辺にいた低レベルパーティを全滅させたという話だってある。

 それに、そもそもネームドモンスター相手に足止めが効く保証もない。タンクとヒーラーが残って敵を引き付け、その間にほかのプレイヤーが逃げるという手もあるが、そんな薄情な方法を取る気にはなれない。

 死亡すればデスペナルティで経験値を失い、ランダムで所持金や所持品まで失う恐れがある。それでも、ここで仲間を見捨てる人間にはなりたくなかった。たとえ、死ぬ未来しかないとしても。


「クマサン、ミコトさん、俺も最後まで支えるぞ!」


 タンクとヒーラーを務める二人は、この戦いに勝機がほとんどないことを誰よりも理解しているはずだ。二人の顔には悲壮感が漂っているのに、それでも笑顔を浮かべ、俺に力強く頷いてくれた。

 俺はわずかな可能性を信じて気合を入れ直す。

 しかし、非戦闘職の俺でさえ必死に戦おうとしているのに、なぜかアタッカーの3人が急に攻撃行動をやめてしまった。


「どうしたんですか!?」


 ミコトさんが問いかけると、彼らは焦った様子で答えた。


「ミコト、悪い! レベルが上がったばかりで、ここでデスペナルティは勘弁してもらいたいんだ!」

「俺も! こんな理不尽な戦いやってられねーよ」

「お前らもとっととゲームから離脱しちまえよ」


 ゲームから離脱と簡単に言うが、このゲームは戦闘中には強制終了できないシステムになっている。

 ヘッドディスプレイはバッテリー駆動だから、コンセントを抜くような強引な方法も使えない。それでも無理にログアウトしようとするなら、ヘッドディスプレイからバッテリーを強引に外すくらいしか方法はないが、強制ログアウトをしたらペナルティで24時間は再ログインできなくなるという話もきく。

 いくらなんでも、仲間を残したままそんな卑怯な手を使うはずがない。そう思っていたが、3人のアタッカーは多少の時間差はあるものの同じようなタイミングで俺達の目の前から消え失せた。


「……嘘だろ!?」


 俺は愕然とした。3人の行動を受け入れられず、呆然と立ち尽くす。


「えっ、一体なにが起こったんですか!? 急に3人揃っていなくなるなんて!? ゲームの不具合!?」


 事態を把握できていないミコトさんは明らかに狼狽している。

 バッテリー外して強制ログアウトする方法を知らないのだろう。俺もネットでたまたま見て知った情報だから、普通のプレイヤーなら知らなくて当然だ。

 でも、混乱されたままではクマサンへの回復にも支障がでてしまう。


「ミコトさん、恐らく彼らはヘッドディスプレイのバッテリーを外したんだと思う。そういう裏技的なログアウト方法があるってネットで見たことがある!」


 裏技的な情報を教えることにためらいはあったが、パニックで適切な行動が取れなくなるよりは良いと判断した。しかし、この情報を知ったミコトさんやクマサンがどう動くかが問題だった。

 6人パーティが今や半分の3人、絶望的な状況がさらに悪化してしまっている。

 ミコトさんやクマサンが、あの3人と同じ方法でログアウトをしても責められないかもしれない。


 ……でも、俺はそんな方法で逃げたくはない。

 現実世界で逃げて、このゲームでも逃げたら、俺はもう二度と前を向けない、そんな気がしていた。

 勝てないとしても、俺はゲームだけは裏切りたくない。


「ショウ、今からでも遅くない、逃げろ。俺は最後までこいつを足止めする」


 クマサンは裏技ログアウトを知ってもなお、逃げるつもりはなさそうだった。まさにタンクの鑑だ。

 ミコトさんも同意して頷いた。


「私も付き合います! ヒーラーがいないと、時間稼ぎにならないでしょ!」


 ミコトさんもこの場から引くつもりはなさそうだった。

 彼女もやっぱり格好いい。


 二人にそんな姿を見せられて、俺が不様に逃げられるはずがなかった。

 ……だが、今の俺に何ができる?

 タンクとヒーラーがいるのに、俺は彼らを支えるだけで終わるのか?


 ……違うよな。

 格好いいタンクとヒーラーがいるのなら、俺がアタッカーをするしかないじゃないか。

 戦士、武闘家、暗黒騎士の3人がまともにダメージを出せない相手に、非戦闘職で、負け職業とまで言われる料理人の俺が攻撃をしても意味なんてないのかもしれない。

 けど、最後までゲーマーの矜持ってやつを見せてやるよ!


 俺は持ってきた片手剣ではなく、料理人の魂とも言える包丁を手にした。

 どうせ猛き猪相手にはダメージなんて通らないんだ。だったら、料理人の意地としてこの愛用の包丁で戦ってやるよ!


「二人だけに戦わせられるかよ! 俺だって最後まで戦うぜ!」


 包丁を握りしめ、猛き猪へと斬りかかった。

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