婚約破棄寸前の悪役令嬢、そんな私にも理解のある彼くんがいます(仮)
草薙 刃
第1話 お嬢様の短慮に理解のある彼くん
なんか昼頃に降りて来たんですが、「こんなもん投稿しても1話でバックされるのでやめとけ」と言われたのでここに供養します。
現状2話のみですが、評判良かったらそのうち考えますのでブクマは評価お待ちしております(24/08/04)
「なんなんですの、あの男爵令嬢は!」
リリーナは激怒した。
必ずあの無知蒙昧な男爵令嬢を除かなければならぬと決意した。
リリーナに政治はわからない。リリーナは王国の公爵令嬢である。学園に通い、他の子女たちと交流してきた。
けれども、名誉には人一倍敏感であった。
「いかがされました、お嬢様」
怒り心頭のリリーナに、背後から声がかけられた。
淡々とした、それでいて聞き馴染みのある声がリリーナの聴覚に触れる。
「……クラウス、いたのですか」
振り返ると執事服に身を包んだ青年の姿があった。
整えられた銀色の髪に紺碧の瞳。すらりとした背の高さもあってどこか気品が漂っている。
「先程私を呼んでお茶を出すよう命じたばかりでしょう」
少し困ったような声が青年――クラウスから返ってきた。
曖昧になってしまった老人に向けるような言葉になってしまったからだろう。
「そういえばそうでしたわね。でも、気配もなくサラッとやるからですわ」
「主に気付かれ、その邪魔になるようでは従者失格ですゆえ」
まるで凄腕の暗殺者みたいなことを言う。
クラウスは数いる執事たちの中でもとりわけ優秀で、公爵直々に目をかけられ若くして公爵令嬢たるリリーナの専属となったほどだ。
姓もなき平民上がりにもかかわらず、今や家中では誰も彼の優秀さを疑わない。
むしろ、「平民ではなくせめて貴族の庶子であったならもっと活躍の場も……」と惜しまれるほどである。
実際、リリーナもそう思っている。
それはさておき、クラウスは分を弁えながら人当たりもよく、それでいて人一倍働く。
リリーナの専属に抜擢されたことを鼻にもかけず真面目に働く態度は、不思議なほど敵がいなかった。
生来人の好き嫌いが激しいリリーナも、彼ならばと家族以外では誰よりも信頼して――いや、今はそれどころではない。
「それよりもですわ! わかっているでしょう、殿下との件です!」
「言われてないのでわかりかねますが」
それはそう。
「……恋愛というものは本来自由であるべきとわたくしも思いますが、貴族社会の序列を無視した男爵令嬢の振る舞いは……!」
婚約者の殿下とはかれこれひと月も会っていない。
第一王子ともなれば現状王太子にもっとも近く、政務を与えられていないものの暇人からは程遠い存在だ。
それにしても婚約者に会いに来ないのは異常と言えた。
原因はわかっている。
すべては突如として割り込んできた、あの庶子上がりの男爵令嬢のせいである。
「お嬢様と王子殿下は婚約を交わした間柄。このままでは公爵家と王家との間に影響が出かねませんね」
「もうっ、悠長に説明している場合ではありませんわ!」
とはいえ、いちいち冷静な従者の態度を見てリリーナの怒りも幾分か落ち着いていた。
苛々したままであったら短慮に出ていたかもしれない。
誰もが感情に支配される中でも、客観的に物事を見渡せるから、この青年は皆から信頼されるのだろうか。
「ともなく、あの娘を殿下から遠ざけねばなりません。王国の秩序を乱しかねません! クラウス、何か策はありませんかしら?」
「ないこともないですが……」
「あなたにしては歯切れが良くありませんわね」
クラウスにしては珍しい。リリーナは小首を傾げた。
「そうですね……。もっとも効果的な方法は暗殺です」
「ちょ、あん――!?」
驚きすぎてリリーナは舌を噛んでしまった。
あまりにも物騒すぎる。しかも冗談で言っている気配がない。
何の気はなしに言ったつもりが、頭から冷水を浴びせかけられたような感覚に陥る。怒りに代わって急に不安が湧き上がってきた。
そんな、わたくしはなにもそんなつもりで――
「お嬢様のことですから、嫌がらせでもして諦めさせようとしていたのではありませんか?」
「うっ」
リリーナの魂胆は先刻お見通しだったらしい。
「少しは勉強なさったので賢くなられたと思っていましたがまだニワトリ並みでしたね……」
これみよがしに溜め息を吐かれた。時々クラウスはこうして毒を吐く。
「成績については文句を言われる筋合いはありませんわよ?」
「ええ、短い間でご立派になられました。ですが、それだけでは……」
クラウスはこう言うが、リリーナは学園での成績も優秀でほとんど首席クラスだ。
しかし、これは彼女が元から聡明なのではなく、クラウスが彼女の勉学まで見ているからだ。
不思議なことに、彼はこれまでのどんな家庭教師よりも優秀だった。
なぜ平民の彼に貴族の学ぶ内容を教えられるほどの能力があるかわからない。
以前、課題に頭を悩ませていた時、戯れに「あなた、優秀よね。これが理解できて?」と聞かねば、彼の秘めたる新たな才能には気が付かなかったかもしれない。
ちなみに、どこで学んだのか訊いても「昔どこかで読んだことがあるのかも、コロンビア大学とか……」とワケのわからないはぐらかし方をされてしまったが。
いや、だから今はそんな場合ではなく――
「ですが、こういう場合の対処法は教えてくれなかったではありませんか!」
「当然です。公爵令嬢が独断で動くなど浅慮にも程があります。それはあなた様の役目ではありません。余計なことはせず大人しく勉強していてください」
「うぐっ」
リリーナの胸に言葉の刃が突き刺さった。
「嫌がらせなどしたところで、すぐにお嬢様が犯人だとバレてしまいます。仮に取り巻きのご令嬢たちをけしかけても、殿下が怪しんで動かれたらどうなります?」
「……狭い学園の中ですもの、すぐに見当はつけられてしまうでしょうね」
よく考えれば、いや、よく考えなくてもわかる。
貴族の子弟と、その半分以下の平民しかいない学園は狭い社会だ。
しかも王家には絶対服従。求められれば否とは言えない。社会的に死ぬ。
「さて、そうなったら彼女たちは王族と公爵家のどちらを優先されるでしょうか?」
「それは……王家ですわ……」
愚問である。それがわからない人間はこの国にいられない。
「はい、逆恨み公爵令嬢のできあがりですね」
「うぐぐぐぐ……」
公爵令嬢にあるまじき声が出てしまうが、そんなことはどうでもいい。
あと少しでとんでもなくバカなことをしでかすところだった。
その事実がリリーナの頭の芯を凍えさせていく。
「おわかりですか。すぐに動けて効果を発揮する策など物騒な手段しかないのです。そもそも、お嬢様は件の男爵令嬢を秘密裏に葬り去りたいほど憎んでらっしゃいますか?」
そんなことはない。
貴族の秩序を乱す行為が許せないのと、人の婚約者にちょっかいを出す根性が気に入らないだけだ。
この程度で殺してしまいたいと考えるようでは、ギスギスすることも多い貴族社会で生きる彼女の周りには死体の山が築かれる。
そんな血生臭い人間を貴族社会は許さない。
「殿下とはあくまでも政略結婚。長年のお付き合いで情はありますが、激しく恋焦がれているわけではありません。男爵令嬢も無作法が気に入らないだけです」
すっかり意気消沈したリリーナは、自分の置かれた状況を冷静に列挙していく。
先程までの怒り心頭状態では到底できなかったことだ。
「では、しばし様子を見ましょう。気になるのであれば、それこそ男爵令嬢と距離を詰めてみてもよろしいでしょう」
「そういうものかしら……」
「普通であれば、吹けば飛ぶ男爵家がそのような行動に出ること自体おかしい。とはいえ、お嬢様が下手に動いてもお立場が悪くなるだけです。私も情報を集めますのでなにとぞ穏便に」
「……わかりましたわ。おかげで冷静になれました」
すべてに納得したわけではない。心のしこりはまだ残っている。
ただ――
「話せば楽になることもあります。ひとりで抱え込むよりはずっといいはずです」
自分の短所を理解した上で、懇々とわかるように諭してくれる。
理解のある従者を持ったおかげで、リリーナは身の破滅を避けられた。
「ありがとう、クラウス」
「いえいえ、これもお家の、ひいてはお嬢様のためです」
滅多に見られないクラウスの柔らかな笑み。
密かに、もっと言えば本人も気付かぬうちに、リリーナは心臓の鼓動を高鳴らせるのだった。
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