第19話 煙に巻かれて
転移5日目。
慣れって恐ろしい。今日も朝からケモナマコの触手にからめとられて目が覚める。
もうあまり驚かない。
お腹がすいたのでテントの外に這い出す。
「あ、朔良。目が覚めた?」
「おはよう光紗ちゃん」
さきに起きだしていたらしい友人に挨拶をする。
焚火の火がぱちぱちと音をたてている。
その周りには串に刺さったマシュマロが焼けて甘いいい匂いが漂う。
「お腹すいたねぇ。おいしいもの食べたい」
「そうだね。食料も少ないし贅沢は言えないけど……」
歩き疲れで食事も貧しいとなるとメンタルも弱ってくる。
あとどれくらい歩けば光の場所にたどり着けるのだろう?
「さてと、片づけたらまた光ったところを目指して進むよ」
「それにしてもあとどのくらいなんだろう?」
二人で出発の準備をする。ケモナマコも服の中に入れて準備万端だ。
「なんか初日のことを思うとそこまで寒くなくなった気がする」
「そんなにすぐ変わると思えないけど昼の側に近づいてるのかな?」
歩いた距離的には気候が変わるほどの距離じゃない。
クレーターを避けて歩いたから標高の影響もあるのかもしれない。
それでも体感気温がかなり違うのは確かだ。
「幸いこの先は平坦みたいだね」
岩は転がっているけど大きな影の出来ているところは少ない。
そろそろ光の正体が見えてきてもいい気がする。
「うん? なんかあそこだけ雲がかかってる?」
光紗ちゃんの指さす先に視線を向ける。
確かにある一定の場所にだけ雲がかかっている。
いや、地面から煙が上がっているようだった。
「何か燃えてるのかな?」
「それにしては光が見えないのはおかしいよ」
夜星を隠してその先が見えないほどの雲。
もし本当に何か燃えているのだとすると炎が見えてもおかしくないのにそれが見えない。
「まあ、目標物ができてよかったよ。あそこを目指して進もう」
「そうだね、光った場所もあのあたりだし行ってみよう」
二人の意見が一致してそのまま謎の煙に向かう。
歩くこと三時間……。
やっとの思いでその近くまでたどり着いた。
「地面から蒸気が噴出してたのね」
「火山ってこと?」
「そうだね。もしかしたら温泉とかあるかな?」
お風呂に入れるかもの言葉には私は大いに期待してしまった。
なるほど。少し寒さが和らいでいたのはこの火山が原因だったのかもしれない。
「でも下手に近づくとガスがたまってて危険かもしれない。この辺で休憩する程度にしよう」
煙まではまだ少しある。
でも危ないかもしれないと光紗ちゃんはここまでにしようと提案してきた。
するとケモナマコの一部がキャリーを出て煙の方に駆けていく。
ケモナマコたちは全然煙を怖がるそぶりは見せない。
「毒は大丈夫そうだね……」
「でも安心はできないよ。ケモナマコは毒に強いだけかも知れないし」
ガスの危険はないのかもしれない。
「昔のカナリアみたいに毒を教えてくれるかも」
「それ死んじゃう奴だよね。かわいそうだよ」
幸いケモナマコたちの様子に変化はない。
巨獣のときは逃げ出したくらいだから危険には敏感なはずだ。
多分安全なのだと思う。
「温泉沸いてないかな?」
「入れるような泉質かはわかんないよ?」
「え、入れない温泉なんてあるの?」
「熱すぎるのもそうだし強酸やアルカリが混じってると危険だよ」
「そっか温泉って管理がしっかり出来てるから入れるんだね」
それでもちょっと入ってみたい。煙の方に慎重に進む。
ケモナマコたちは私たちの進路の目印になってくれている。
硫黄とかの匂いはしない。蒸気の音だけが周囲に響く
噴泉ってやつなのかもしれない。
「これ水蒸気なら水を作れないかな?」
穴を掘りそこにビニールを張って蒸気が水に戻るのを待つ。
なんだろう、蒸留っていうのかな?
少しだけど液体がたまってくる。
「飲めるのかなどうしよう?」
「舐めてみようか」
舐めてみた感じ普通の水のような気がする。
すっぱかったり舌がしびれるといったことはない。
「やった、水を手に入れられるよ」
「でも、少ない……」
なんと、水を手に入れることに成功した。
ごくわずかの水だけど命の水だ。大切に使いたい。
水が取れるように何か所かに穴を掘る。地熱が温かい。
少しずつではあるけど水がたまる。
「ねえ、あれバス停じゃない?」
なんと蒸気の噴出孔近くにバス停のようなものがあった。
丸と四角を組み合わせた形でよく見るバス停の形だ。
月明かりを受け青っぽく輝く不思議なバス停だった。
「バス停に見えるけどバス停じゃないね。何、このレバーみたいなの」
「ねえやめておこうよ。何がおきるかわからないよ?」
いかにも怪しい。時刻表部分に刺さっている一本の棒。
動くようで先端に丸い突起がある。
なぜか絶対に動かしてはいけない気がした。
「やめよう何かすごく嫌な予感がする」
私がそういうより早く光紗ちゃんはレバーを引いていた。
不気味な音とともに頭頂部の丸い部分がくるくると回りだす。
回る速度が速くなるにつれキーンと甲高い音を出し始める。
「やば、何か危ない気がする」
「だから言ったのに。逃げよう」
私たちは慌てて謎のバス停から距離を取る。
突如頭部分が高速で回りながら空高く飛んでいく。
そのまま天を衝くかのようにどこかに飛んで行ってしまった。
残された四角い板部分。レバーはもう動きそうにない。
「何だったんだろう?」
「わからないのに動かしたの?」
「いかにも引けって感じだったからどうしても気になって」
いたずらっ子の笑顔で光紗ちゃんはそう答える。
私の非難はどこ吹く風。まったく気にしてくれない。
「そんなことより水がたまったか確認に行こう」
そんなことを言って煙に巻く。水の確保で旅路は一見順調に感じる。
でもさっきからすごくやな予感がしてならない。
煙立ち込める謎の地で私は一人不安を感じた。
ガールズアブダクション 氷垣イヌハ @yomisen061
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