ガールズアブダクション
氷垣イヌハ
第1話 星に願って
もうすぐ十二月になろうという冬の乾いた風を頬に受けて身震いすると、私はもう一度空を見上げた。今日は新月だから、いつも以上に星がきれいに見えるなあと思う。
段々と日の短くなった十一月の夕闇は、まだ七時を過ぎたばかりだというのに数歩先さえも見えない。
「しし座流星群の観測をしようよ」
親友に誘われてやってきた高台のキャンプ場には、人はまばらで焚火の明かりだけが張られたテントの周りをやさしく照らしている。
夜空には雲一つなく、星々は明るく輝いていた。
「(今日もキラキラしていて奇麗だなあ)」
艶やかな漆黒のショートヘア。長い睫毛に大きな瞳。真っすぐな鼻梁。ぷっくりと張りのある小さな唇。焚火に照らされた、まだ幼さのあるその横顔。
満天の星空に目をキラキラさせて流れ星を待つ、私の大好きな親友。昔からの幼馴染。
「あの赤い星がオリオン座のベテルギウスね。そこから下と左上にある明るい星がわかる? 下にあるのがおおいぬ座のシリウス、左上のがこいぬ座のプロキオンね。その三つの星を結ぶと有名な冬の大三角形だよ」
説明する声もまともに聞こえずに、私が隣に座る親友の姿に見とれていると急にこちらを向いた。
一瞬怪訝そうな顔をして首をかしげると、少しむっとした顔になる。そのころころ変わる表情もかわいい。私はポーっとその表情を眺める。
「ちょっと、私の話聞いていた?」
そういうと、彼女はグニグニと私の頬っぺたを左右に引き延ばした。
「もう、おねむなのかな? 今夜は寝かせないぞ~?」
ぱっと手を離すと、すぐに笑顔になったその顔に、思わずどぎまぎしてしまう。
やっぱり、私は彼女。望月光紗ちゃんのことが大好きなんだなと思う。
「それとも、やっぱりつまらなかった? 無理やり誘っちゃったかな?」
しゅんとした顔で少し寂しそうな表情を浮かべる。
私は慌ててその言葉を否定する。
「そんなことないよ。ちゃんと起きているよ~。流れ星、まだ流れないね」
見とれていたのをごまかすために、もう一度空を見上げる。
それを見て光紗ちゃんも私の顔から視線を夜空に向けた。
「まだちょっと時間には早いからね」
「日付の変わるくらいなんだっけ? 一番多く流れるのは」
私の問いかけに光紗ちゃんが頷く。街中と違って本当に多くの星がきれいに見える。
「そういえば、光紗ちゃんは願い事って何かあるの?」
流れ星が消えないうちに三回願い事をすると願いが叶うとかいうし、何か願ってみてもいいかと思う。
「そんなの朔良ならわかっているでしょ? 宇宙人にあうことに決まっているよ」
小学校のころに見た演劇。宇宙人の少年と田舎町の少女のラブロマンス。
女の子ならだれもが憧れる遠く離れた場所に住む男女のひと時の恋愛。
その甘い恋愛劇を観た後からクラスの女子の間で宇宙ブームが到来した。
それから、彼女はすっかり星のとりこだ。
ただし彼女の場合、ラブロマンスに憧れたというよりは宇宙人を証明した時にもらえるという懸賞金が目当てらしい。意外と現金だ。
「もう、色気がないなあ。花も恥じらう乙女なんだから、恋人がほしいとかもっと他に何かないの?」
宇宙人に会いたい理由を知っている私の口からは呆れの声が漏れる。
「恋人がほしいって。うち、女子校なのにどうしろと?」
私たちの通う私立の学校は女子校で、男子に縁がない。
そのおかげで、恋に恋する少女は割と多い。私のこの感情も、きっとそれなんだと思う。
「でも、女の子同士で付き合ってる子もいるよね? 恋愛はできると思うよ?」
「ああ、そういう子もいるよね……」
やっぱり女子たるもの恋愛には興味がある。
女子校だからその代替行為なのか女の子同士の恋愛をする子もいる。
だから、光紗ちゃんも女の子同士の恋愛には割と理解がある。
でも、眉をハの字にしながらこっちを向いて目を細めている。
「うちの従姉妹達もそうだし…… 私たちの周り、そういう人多すぎない?」
「ほんと、うちのお姉ちゃんに恋人出来たって紹介されたのが、まさか女の人で、しかも光紗ちゃんの従姉のお姉さんとかびっくりだよ」
光紗ちゃんはため息をつくと、どこか遠い目をしてまた夜空を見上げだした。
実はうちの従姉と光紗ちゃんの従姉は同じ大学に通う親友同士だ。
今は、「だった」といった方がいいかもしれない。いつの間にか付き合いだしたらしく、つい先日恋人同士だとカミングアウトされた。
これには私と光紗ちゃんも大いに驚かされた。
「そうじゃなくても、校外の人と恋愛関係とかだって起きるかもしれないよ?」
「それこそナンセンスだよ。私たちの年齢の女の子がいいなんてロリコンじゃない?」
確かに私たちが校外で会う人はほとんどが年上だ。それでいて本気で告白してこられたらさすがに恋に恋してる私でも引いてしまう。
「違うよ~。他の学校の子とかだよ。校外学習とかで会うこともあるでしょ?」
「他校って、隣の公立校の子? なんか嫌だな、下校中の態度とかをみてると子供っぽいし。恋愛対象にはならないよ」
彼女は一人親世帯であまり裕福じゃない。それで、猛勉強をして学園の特待生になった。
特待生は授業料の免除と返済の必要のない奨学金が出ている。
その分、成績は常に上位でないといけない。塾にも通えないからと勉強を頑張っている。
色々と苦労もしているから普通の子よりも大人びているというか、落ち着いている。
彼女達に比べれば他の子なんて子供だと思っても仕方ないのかもしれない。
「うち女子校だからか男子に声かけられることも多いけど、何を考えてるのかな? よくも知らない癖に好きになるとか理解できない。」
こういった恋バナは女子校だけあって学校でもほかの子とも割とする。でも光紗ちゃんは興味がなさそうだ。むしろ、私たちがそういった話をするとあからさまに嫌そうな顔をする。正直、私も光紗ちゃんが他の子と仲良くしてるところなんか想像もしたくない。
万が一、光紗ちゃんに変なことをする悪い虫が出たら、自分でも何をするかわからない。
「それは仕方ないよ。光紗ちゃん可愛いし。お近づきになりたいって子は多いと思うよ?」
光紗ちゃんって、いつもクールで大人っぽいから昔から女子の人気がすごい。
この前も後輩の女の子から手紙をもらっているのを見た。
「勝手に好きになって、自分の気持ちばっかり押し付けて。こっちの気持ちも考えてよ……」
膝を抱え顔を伏せるとため息をついている。これ以上この話題を振ると嫌われそうだ。
「朔良だって私よりいろいろと成長がいいから、もてているそうじゃない?」
私の胸元をじーっと見つめた後、自分の胸を見てうなだれた。
「そんなことはないよ……」
実は先週、塾の帰りに他の学校の子から手紙というかメモ書きを渡された。
内容は連絡先の交換をして色々話したいという内容だったけど、いわゆるラブレターだとは思う。何処からその話を聞いたんだろう?
「私も付き合うのはちょっと考えられないかなぁ」
それに、私にはもう好きな人がいる。しかもその相手は、いま目の前にいる。
一緒にいて楽しい。見つめるとドキドキする。抱きしめあったり、触れ合うとうれしい。
でも、この感情が本当に恋なのかはまだわからない。
だからまだ、この感情は彼女には伝えられない。
それに、彼女は人に好かれるのを怖がっている。
「私、光紗ちゃんが好き。恋人になってくれない?」
そんなことをもし私が言ったらどうなるだろう。
「私のこと、そんな目で見てたんだ。最低、大っ嫌い」
きっと光紗ちゃんはそんなことを言いながら、ものすごく冷めた目で私を見ると思う。
光紗ちゃんにそんなこと言われたら、私はもう立ち直れない。
昔何かあったらしいことはちらりと話してくれたことがある。それなのに私がこんな感情を抱いていると知ったら、彼女はもう親友ではいてくれないだろう。
「もう、この話はおしまい。いい加減、星の観測会しよう?」
そういって二人でため息をついた後、黙って夜空を見つめた。
しばらくすると夜空が明るく光り、きれいな線が駆け抜けた。
「あ、流れ星」
慌てて指さす。その様子を見た光紗ちゃんが慌ててつぶやく。
「あ、願い事しなきゃ」
そうこうするうちに流れ星は光を失って消えてしまった。
「あらら……」
そうつぶやくと、光紗ちゃんは両手のひらを上に向けて首を振りこちらに向き直った。
「そういえば、朔良は何か願い事があるの?」
顎に指を添えて首をかしげてくる。そういえば、さっきは私の願いは言ってない。
そうこうしているとまた空が光った。
「「あ!」」
今度こそ願い事をしないと、と光紗ちゃんは両手の指を組んでお祈りを始めた。
その横顔をちらりと見ながら私も同じように手を合わせると願い事を始めた。
「(光紗ちゃんの願い事が、かないますように)」
消えちゃう前にと口には出さず、心の中で三回唱える。
流れ星はまだ消えずにオレンジ色に輝いている。
「(消えないならもう一つぐらい願ってもいいよね?)」
もう一度目を閉じると別の願いを思い浮かべる。
「(これから先も光紗ちゃんとずっと一緒にいられますように)」
目を開くとまだ流れ星は明るく緑色の光を放っていた。
「(それならもう一個)」
再度目をつぶるとまた同じように強く念じた。
「(できるなら、光紗ちゃんと相思相愛の関係になれますように)」
恥ずかしい願い事をしちゃったせいで頬が少し熱い。
「(なんか本当に頬っぺたが熱いし、なんかひりひりするような?)」
三回目の願いをして顔をあげるとまだそこには流れ星の光があった。
その光は夜のはずのキャンプ場を昼間よりも明るく照らし出している。
「(あれ? まだ光っている。ちょっと長すぎないかな?)」
気づくと周りから悲鳴が聞こえてくる。数メートル先でバーべキューをしていた大学生グループや子供連れの家族たちは蜘蛛の子を散らしたように四方に走り出していた。
「朔良‼」
焦った声がすぐ真横から聞こえる。同時に強い力で真横に引っ張られる。数メートルほど引きずられながら走るとその速度についていけなくなり、足をもつれさせてしまった。ゴロゴロと地面を転がりながら顔をあげると、驚愕とか恐怖とかよくわからない感情が混ぜ込ぜになっている光紗ちゃんの顔があった。その後ろ、すぐ近くまで純白の閃光が迫っていた。
あ、これもうダメかも?
次の瞬間、視界は真白に染まり、キャーキャーという悲鳴はぷっつりと消え、何の音も聞こえなくなっていた……
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