第2話 月がきれいですね

 視界が白一色に染まり静寂に包まれていたのは数秒だったと思う。

 もしかしたら恐怖や混乱で少しの間気を失っていたのかもしれないけど。

 恐る恐る目を開けるとそこは再び夜の世界だった。


「朔良、だいじょうぶ?」


 そういいながら私の上から光紗ちゃんが体を起こした。あの瞬間、私のことをとっさにかばって覆いかぶさってくれたのだ。さすがはクラスメイトに王子様みたいといわれるだけあって、こういうところもかっこいいと思う。

 おかげで私は特に怪我をしたという感じもない。


「庇ってくれてありがとう。私は平気だけど光紗ちゃんは大丈夫?」

「さすがに死んだかと思ったけど、大丈夫。……だと思う」


 パンパンと服についた埃を落としながら立ち上がった光紗ちゃんはにこりと笑って見せてくれた。でも自分を犠牲にするようなのはあまりしないでほしい。

 怪我がないみたいだからいいけど、光紗ちゃんに怪我をさせていたら、申し訳なくて私はもう生きていけないかもしれない。


「何だったのかな?」


 私が不安そうに尋ねるとすぐに答えが返ってきた。


「多分、火球ってやつだと思う。ふつうは空のずっと上のほうで燃え尽きる隕石が地上近くまで燃え残って降ってくるの。でも、それなら……」


 なぜか最後のほうは声が小さくなって少し考え込んでいるみたいだった。

 私がきょろきょろと周囲を見渡してみると、いつの間に逃げ去ったのか周囲には誰の気配もなくなっている。地面には特に変わりはないみたいだ。クレーターができていたりはしない。

 まあ、その場合真下にいた私たちが無事のはずがないのだけれどね。


「とりあえず、今日はお姉ちゃんの車に戻って寝よっか。テントは朝かたづければいいよね?」


『女の子二人だけで星の観測会なんて、絶対にダメ』

 そうお母さんに叱られたので引率者として例の従姉のお姉ちゃんたちがついてきてくれた。テントが一つしかないからと車で観測するらしく別行動だ。

 正直なところ、恋人同士の邪魔をするのも悪いと思い、遠慮したのもある。

 あれだけの騒ぎだったから、まずは合流して無事を確かめ合った方がいいと思う。

 そう思って、私が光紗ちゃんのほうを向くと突然彼女は慌てだした。


「うそ、どうなってるの?」


 そういいながら頭を押さえてその場でくるくると回りだした。

 小学生からの仲だけどここまで慌てて取り乱しているのを見るのは初めてかもしれない。


「光紗ちゃん、どうかしたの?」

「ここどこなの? なにこれ、わけがわからない」

「何処も何も、キャンプ場でしょ?」


 そう答えた後、恐ろしい可能性を想像して私は真っ青になった。

 もしかして、私をかばったせいでどこかに頭でもぶつけて記憶が混乱しているのかもしれない。


「あ、光紗ちゃん。今日は私たちキャンプ場に流れ星を見に来てたのはわかるよね?」


 恐る恐る尋ねる。どうしても声が震えてしまう。


「そんなのわかってるよ。そのはずなのに、どうしてこんな…… ここが何処なのかわからない、なにがどうなってるの?」


 その言葉に私は思わず首を傾げる。目の前ではまだ慌てている光紗ちゃん。


「言ってる意味が、よく分からないんだけど?」


 どうやら記憶喪失になったとかではないみたいだ。そのことはわかったのはよかったのだけどいつもの知的な彼女からは想像のつかない今の取り乱しようにこちらはどうしても戸惑ってしまう。


「今日は新月で暗いから流星群がよく見える、って来たのに、あれは何?」


 そう言って空を指さした光紗ちゃんの頭上には半分ぐらいにかけた月が浮かんでいた。今にも落っこちてきそうなぐらいその月は大きく、月明りってこんなに明るいんだなあと、どうでもいいことを思う。

 その明かりに照らされた光紗ちゃんの顔色はどうしても冴えない。


「それなのに、どうして月が出てるの?」


 言っていることの意味を理解したら血の気が引いていくのを感じた。私にもとたんに不安と恐怖が込み上げてきた。


「もしかして、私たち何日も気を失っていた?」

「朔良、そんなんじゃない。ここは絶対にキャンプ場なんかじゃないことはあれを見たらわかるでしょ?」


 そう指さす満天の星空には半分にかけた月が昇っていた。いつもと違って少し赤見がかったそれは半分のはずなのに大きく、明るく輝いている。その斜め左には同じような大きさの緑の大きな星、そこからさらに左上には青みがかった半円形のものが浮かんでいる。


「なんで、月が三つもあるのよ」


 さながら冬の大三角形のように並んだ三つの月が私たちを明るく照らしていた。

 昔の人達は星の配置をみて世界を旅したという。古い時代から星たちは教えてくれる。

 そして、今この時も。


「ここは、地球じゃない‼」


 その三つの月たちは私たちにその事実をしめしていた……

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