第3話 旅の始まり
馬鹿に付ける薬 《気まぐれアルテミスとのんびりベロナの異世界修業》
003:旅の始まり
「では、正門まで見送ろう」
ベロナの兄であるマルスは、武人らしく妹に告げた。
「ありがとうございます、お兄さま」
ベロナも良家の子女らしく、きちんと頭を下げる。
「留年の使命が冒険の旅だとは聞いたことも無い。だが、逆に言えば、それだけ期待されてのことであるだろうし、それに耐える力が二人にあると理事長も校長も判断されてのことなんだろう。厳しい旅になるだろうが、我々も陰ながら応援しているぞ」
「はい、お兄さま」
「ありきたりだが、頑張れベロナ」
マルスは妹の細い肩に手を置き、愛おしそうに揺すった。
「そんなに揺すられては、旅に出る前に壊れてしまいます(^_^;)」
「せめて太陽系を出るところまではガードとして付いて行ってやりやいところだが、公転軌道の警備も揺るがせにはできん。アルテミス、どちらがどうと言うほどに力には差のない二人だろうが、どうかベロナをよろしく頼む」
「お、おう」
「ベロナも、なにごともアルテミスと相談し、力を合わせて進んでいきなさい。そして、この試練を乗り越えれば二人は、惑星と衛星という枠を超え、この太陽系に二つとない親友の星になれるだろう」
「はい、お兄さま」
「ありがとうマルス……ねえちゃんも、なんかねえの?」
「え、わたし?」
「姉妹なんだからさ、こういう時はなんかあるっしょ」
「あ……馬鹿に付ける薬って……なんだろうね」
「古来『馬鹿に付ける薬は無い』と言われてきたが、アマテラス殿が言われるんだ、必ずあるさ」
「そうだよ、まあ、がんばりなさい」
「おう……じゃ行くか」
そっちじゃありませーん!
四人が正門に進もうとすると、式の終わった講堂から飛び出してくる者がいる。
「あ、教頭先生」
気づいたベロナがきちんと振り返って頭を下げる。一応の礼服に身を包み髪も黒々としたジョバンニ教頭、どこか少年の匂いを残しているが、近づいてくると目元や口元に隠せない年齢を感じさせる。
「北門から出てもらいます」
「北門?」
マルスが眉を顰める。
「あ、不浄門とは言われていますが、始まりの町にはいちばん近いんです」
「「「「始まりの町?」」」」
四人の声が揃う。
始まりの町というのは異世界冒険もののゲームやラノベに出てくるお決まりの設定。ここで装備を整えギルドに登録し、チュートリアルを兼ねた初期ダンジョンの攻略があったりする。
「ということは、二人の旅は銀河宇宙を飛び回るスペースファンタジーではなく、異世界冒険RPGだと?」
「まあ、そういうことですね。初期装備と七日分の水と食料は二人の道具袋に入っているから後で確認しておきなさい」
「はい」
「おう」
「……えと、質問とか疑問とかは無いのかなぁ?」
「はい」
「質問して普通の留年になるんならするけど」
「あ、それは絶対無いから……」
保護者二人をチラ見する教頭だが、保護者も生徒もここに至っては言葉も無い様子で目を合わそうとはしない。
「ええと……始まりの町で、学校の方から依頼したガードが待っているからね。予定では五日目には町につくから、ギルドに行って登録のついでに確認しなさい。名前や特徴は道具袋のメモ帳にあるから、間違わないで声をかけるように」
「それならば、登録番号で確認した方がいいだろう、ギルドに来るガードなんて似たり寄ったりだろうからな」
「あ、それもそうですね、将軍。なにぶん学校の仕事ばかりで冒険などしたことが無いもんですから(^_^;)」
北門に着いて門扉が開かれると、それに連動していたんだろう、二人の制服は瞬間でアーチャーと魔法使いのものに切り替わった。
「アーチャーなのは、いいけど、ちょっとダサくない?」
「わたくしのも、ちょっと胸がきついような」
「初期装備だからね、まあ、二三個クエストやって気に入ったのを買えばいいよ」
北門から出してしまえば任務終了なのだろう、教頭の言葉には熱が無い。
「初期装備には裁縫セットが入っているはずだ。あとで直すといい……ほら、ここだ」
マルスは妹のインタフェイスを開いて示してやる。
「まあ、なんとかなるわよ、わたしの時もそうだったから」
――あんたは何もしないで月に帰ってきただけだけどね――
辛辣な言葉が出そうになるが、さすがにアルテミスは飲み込んだ。
門を数歩出ると、ロケーションは『始まりの荒れ野』の風情で、一陣の風が吹いて来て見送っていた教頭の髪の毛を吹き飛ばした。
あ、ウイッグ!?
教頭を慌てさせ、少しだけ笑ってアルテミスとベロナの冒険の旅が始まった。
☆彡 主な登場人物とあれこれ
アルテミス 月の女神
ベロナ 火星の女神 生徒会長
カグヤ アルテミスの姉
マルス ベロナの兄 軍神 農耕神
アマテラス 理事長
宮沢賢治 昴学院校長
ジョバンニ 教頭
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