【#30】崩壊した星

 姿に変化はなく、糸状に張り巡らされていた妖術は全て消え、鳥居から拝殿へ続く石畳の中心に立つ人物は不気味なほど静かだ。


「ルシファー、分かるか?」


《ああ、こいつは本当にLv.1500なのかよ》


 俺には感じることができないが、機械混じりの爽やかな声で話す天使には、どうやらその強さがひしひしと伝わっているらしい。


「紛れもないLv.1500だが……」


《オーラだけなら、レベル四桁中盤はあるな》


『"妖の総大将"ぬらりひょん Lv.1500』


 静かだったぬらりひょんはプレイヤーを煽るように話し始めた。


「ああ、ノブナガとして過ごすの気に入っておったんだがのう。 せっかく誰にも気付かれないまま入れ替わったのによ」


「ノブナガは生きているのか?」


「あ? そんなもん、殺したにきまっておろう。 不味かったが、実に素晴らしい力が手に入った」


 ぬらりひょんがイレギュラーな強さを持つ理由はこれか、恐らくノブナガは相当強いNPCだった。


「お前ごときにやられる器ではなかっただろう」


「あ"あ"⁇ 儂がここにおる時点で儂の方が強かろう‼︎」


 推測に過ぎないが、格下だったぬらりひょんはノブナガに闇討ちを仕掛けた後に力を喰らったのだろう。


《はあ、同じENPCエネミーノンプレイアブルキャラクターとして反吐が出るな》


「ギアを上げていくぞ、ルシファー」


《もちろんだ、相棒》


「あ"あ"あ"……そうだ! 次はお主の力を喰らってやるとするか!」


 不気味なほど静かだった空間はぬらりひょんが一気に放った妖術の気、妖気によって一変する。


 今ならルシファーが言っていたことが分かる、周りの空間全てを覆い尽くすようなオーラは一歩踏み出すことでさえ容易ではない。


 だが、それは"一般的に"と付け加えておこう。


 今の俺は伝説のプレイヤーだ。


 例え、ぬらりひょんがどれだけ強かろうと関係ない。


《右足からわずかに縦の動きを感じる……来るぞ!》


「了解」


 ルシファーがそう言った直後、カランと鳴る絶望の音、まあ、既に絶望の音それは分かりやすい合図でしかないんだがな。


《右前方七メートルに力の渦を確認》


 直進してこないか、先程の一撃で"引力"を警戒しているな。


 ルシファーが予測した地点に瞬間移動し、そこでもう一度下駄を叩く。


《後方五十センチ》


 体を右へ振り向かせると同時に横方向に片手で刀を振り払う。


 それは、背後から振り下ろされた刀と交差し、火花を散らす。


 天翔刀この刀に力負けしないとは良い刀だな。


「その刀もお前の物ではないのだろう?」


「あ"あ"⁉︎ 五月蝿いわ! 力も刀も全て儂の物じゃ!」


「お主、儂の左手が空いていることに気付いておるか?」


「それがどうしたんだ?」


「こういうことじゃ!」


 ぬらりひょんは左手で拳銃を取り出し、額目掛けて二発の弾丸を放ってきた。


《バリアを展開する》


「はっはっは! 小僧が大口を叩きおって、これで終わりじゃ!」


 眼前に展開された青白い膜は弾丸を弾き返し、威張る妖の両頬に一発ずつ掠めていく。


「……え?」


「実は俺も片手が空いていてな」


 強すぎる防具は時に武器となりうる。


《ブースト》


 強く握った左拳はプシューと煙を後ろ側へ放出しながら、唖然としている者の腹に減り込んでいく。


「がっ⁉︎」


 衝撃によって、交わっていたものは外れ、振り切られた刀は拳銃を持つ左腕を斬る。


「うがあっ⁉︎」


 左手だったものは宙を舞い、やがて、光の粒となって消滅した。


 刀同様、拳を振り切ると、拝殿側へ吹っ飛んでいく。

 最初は下駄を引きずりながら耐えていたが、耐え切れなくなった下駄は足から抜け、態勢を崩したぬらりひょんは地面を転がり、拝殿へ続く階段に激突した。


《残り体力ゲージ四割以下だ》


「了解」


《最終フェーズへ移行するか?》


「ああ」



「まだじゃ、儂はまだ負けておらん」


 刀を落とし、よろよろと立ち上がる者は右手を前に突き出し、立ち込めていた妖気を今まで戦ってきた妖へと変化させた。


 お互い、次に放つ技が最後になるだろう。


『形状変化(天翔刀)』


 手に持つ白き刀は黒い霧のようなものに包まれていく。

 それは、刀の形状をしていても形を持たない。

 しかし、自然と手に馴染み、そのつばは黒く渦巻いている。


『形状変化(羽バタク堕テンシ)』


 翼を模した腰から垂れる布は本物の翼へと変化し、漆黒の仮面には、ゆらゆらと紅く燃え上がる炎の瞳が映し出される。


「いけ、我が僕共しもべどもよ!」


 右手を振り下げると、空中に形成されていた『ヤマタノオロチ』、『キュウビノキツネ』、『ヤタガラス』、『シュテンドウジ』、『ダイテング』は、自らを討伐した者目掛けて各々の最大火力を叩き込む。


 だが、その全ては俺の前では無意味だ。


崩壊した星コラプサー


 "ブラックホール"、それは全てを吸い込み、吸い込まれたものは逃れられない。


 刀を前に構え、まずは、今まさに攻撃を繰り出していたものを吸い込んでいく。

 妖の形状をしていた妖気は、ゴムのように千切れていき、形の持たない黒き刀へと吸い寄せられていく。


 空間を覆い尽くしていた妖気は全て消え、心地よい自然の空気が戻ってくる。


 次に、足元に並ぶ石畳、鳥居、拝殿、周りに生える木々まで、神社を形成していたものを吸い込み始めた。


 これ以上吸い込む必要はないか。

 時間が経てば元通りになるだろうが、今の神社を残しておきたいからな。


《解析完了》


「ありがとう」


 ノータもこんな気分だったんだろうか。


『範囲指定"瞬間移動テレポート"』


 左手親指と中指をパチンッと鳴らす、すると、俺とぬらりひょんを包む青いドームが出現した。


 その場から姿を消し、次の瞬間、そのままの状態で二人がいたのは遥か上空。


「ど、どういうことじゃ!? これは儂の!?」


 さらばだ、ぬらりひょん。


 既に妖術が空っぽに近く浮くことすらままならないお前は、そのうち落下して終わりだろう。


 これは、せめてもの情けだ。


解放リリース


 手に持つ黒い霧刀は、白く染まっていく。


 両手で握り、右へずらし縦に構えた刀を少し横に倒し、ゆっくりと斜めに振り下ろす。


 その白き斬撃は強大、避ける動作すら馬鹿馬鹿しくなるほどだ。


 そして、ぬらりひょんに避ける力は残っていないだろう。


「ああ、最後に一つ」


「……な、なんじゃ」


「お前の妖術、最高に不味かったぞ」


 白き斬撃はゆっくりとぬらりひょんを包んでいき、体力ゲージを消滅させた後も止まる所を知らず、空の彼方まで飛んでいった。

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