第13話 黒猫の剣豪と、"言霊(ことだま)"

 魔術まじゅつとは、魔素まな(俗にいう魔力)を消費し、心の中で描いた"想像クリエイジ"を具現化する奇跡の総称だ。


 通常の魔術は、呪文や魔法陣で魔素を効率的に扱い、"想像"を具現化していくのが通例だ。

 ちなみに魔具マギアテムは、道具に備わる魔法陣に魔素(魔力)を込めることで簡易的な魔術を施せるようにした代物しろものである。

 しかし呪文の会得えとくや魔術陣の構築は難度が高く、また生まれつきの魔力量に大きく左右されるため、魔術士になれる人間はごく少数だった。

 そんな中、偉大なる魔術士・マルグリッドがより多くの者でも扱える魔術を発案した。

 生きとし生けるもの全てに必ず"たましい"が宿り、その魂には各々が有する唯一無二の呪文が存在する。

 マルグリットは三百年前、"魂"に刻まれた呪文を魔術へ昇華しょうかする方法を編み出し、大陸に広めた。

 大陸では現在、その術を"言霊ことだま"と呼んでいる。





「トキツネ!?」

 クラソルはすぐさま崖下を覗いた。

 視線の先に映るのは、暗闇にまみれた深淵の谷底へ吸い込まれる壊れた橋の瓦礫と、自分を助けてくれた黒猫が一匹。

 朱鷺常に背中を押されなければ、自分もこの下に堕ちていた……。

 誰かに助けられた事実に、クラソルは自身の無力さを痛感する。

 また、誰も救えないの……。

 悲壮に暮れるクラソルの脳裏に、炎に包まれた故郷の景色がよぎる。

 茅葺き屋根の美しい民家が集う故郷が、七年前の夜、盗賊と称する魔術士たちによって焼き討ちにあったのだ。

 両親やアクロウなど、"焔の民"で戦える者が不在の時間を狙われたせいで、老若男女問わず村人の多くが焼かれ、家屋の殆ども火の海と化した。

 当時十一歳だったクラソルは、妹を連れて近くの山に身を隠すことしか出来ず、ただ燃え盛る故郷を茫然と眺めるほかなかった。


 いやだ……。もう何も失いたくない。

 ただ見ているだけなんて、したくない!

 誓ったはずだ。必ず、故郷に戻ると。

 魔竜を封じて濡れ衣を晴らし、生き残った"焔の民"とまた村を作り直してみせると。

 たとえ何年、何十年経っても、必ず故郷に帰ってみせると……!


 そんな自分を、トキツネが体を張って助けてくれた。

 まだ出会って間もないのに、必死に守ってもくれた。

 だから今度は、わたしが助ける番だ。

 使い魔としてではなく、自分を助けてくれた大切な恩人を。

 クラソルは右手首にはめた腕章リストバンドから白い光を帯びた〈魔縄〉を引っ張りだす。

 〈魔縄〉の強度なら朱鷺常の体を容易に引っ張り上げられるが、〈汽車〉へ乗り込んだ時のように、矢に括り付けて〈魔縄〉を送り届けることはできない。

 朱鷺常を救う方法は、一つだけ。

 もっとも、魔術の扱えない体質のせいでこれまで上手くいった試しはない。


 いや、不安なんて考えるな。

 "想像クリエイジ"しろ。

 トキツネを救う光景を。

 絶望に負けない、自分の姿を……!


 クラソルは奈落の底へと右腕を伸ばし、頭の中で"想像"を構築する。

 黒猫のトキツネに〈魔縄マイヤー〉が巻き付く光景を。

 月夜を浴びたクラソルは、鮮明に浮かべた"想像クリエイジ"をもとに強く唱えた。

 一人ひとりの魂に刻まれた呪文・"言霊"を。


「《繋がれコネクト》!」

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