第22話 成功の影とハルヒの葛藤

デビューライブから数日が経った。**SOSスターズ**の初ステージは大成功を収め、町中では早くも「次はいつライブをやるのか?」という噂が広がっていた。ハルヒの目論見は的中し、SNSでも彼女たちの名前が話題に上がっている。だが、それにもかかわらず、ハルヒ自身はいつものような勢いを失っていた。


俺たちは部室でいつも通り過ごしていたが、ハルヒは窓辺に座り、無言で外を眺めている。その背中には、普段の彼女からは想像もつかないような、沈んだ雰囲気が漂っていた。


「ハルヒ、どうしたんだ?」俺は気になって声をかけたが、彼女は顔をこちらに向けることなく、小さく首を横に振るだけだった。


「別に…何でもないわ。」その言葉に力はなく、ハルヒらしくない答えだった。


「お前が『何でもない』なんて言うときは、たいてい何かあるんだろ?」俺はいつも通りの軽い調子でそう言ったが、ハルヒは答えず、また沈黙に戻った。


部室は静まり返り、他のメンバーもなんとなくその空気を察しているようだった。長門は本を読んでいるが、普段よりもページをめくる速度が遅い。古泉は微笑みながらも、どこか気を使っている様子だった。朝比奈さんはお茶を入れながら、何度もハルヒの方を気にしている。


俺はハルヒが何に悩んでいるのかがわからなかった。ライブが成功して、彼女の思い描いていた通りの結果になったはずだ。それなのに、なぜこんなにも落ち込んでいるのか。


「ハルヒ、俺たちはライブが成功したんだぞ。お前のアイドル計画、ちゃんとうまくいったじゃないか。それに、次のライブも期待されてるんだろ? お前のやりたいことがどんどん現実になってるんじゃないか?」俺は少しでも彼女を元気づけようと、そう言葉をかけた。


しかし、ハルヒはゆっくりと振り返り、ぽつりと言った。


「本当に…これでいいのかな?」


その一言に、俺は驚いた。まさか、あの自信満々のハルヒが、こんな風に弱音を吐くなんて。彼女が自分の選んだ道に疑問を持つことなんて、これまで一度もなかったはずだ。


「どういうことだ? これでいいって、何のことを言ってるんだよ?」俺は戸惑いながら問い返した。


「私、アイドルになって、みんなに注目されて…それが私の夢だった。でも、なんだか違う気がしてきたの。みんなが私を見てくれるのは嬉しいけど、それだけじゃ足りない気がするのよ。」


ハルヒの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。彼女はずっと「面白いこと」を追い求めてきた。世界を変えるような大きな目標を抱いて、突っ走ってきたのだ。しかし、いざ自分がスポットライトを浴び、成功を手にした今、その目標が揺らいでいるように見える。


「お前は、ずっとアイドルになって世界を変えるって言ってただろ? それが今、現実になろうとしてるんだ。なのに、何が足りないって言うんだ?」俺は正直に疑問をぶつけた。


ハルヒは少し考え込み、静かに答えた。「確かに、みんなが私を見てくれるのは嬉しいわ。でも、それだけじゃ満足できないの。もっと、何か大きなものを感じたい。世界が変わる瞬間を、もっと実感したいのよ。」


彼女の言葉に、俺はようやく理解した。ハルヒはただの成功や注目だけでは満足しない。彼女が求めているのは、自分自身が「世界を変えた」と確信できるほどのインパクトだ。それは、ただのアイドル活動だけでは手に入らないかもしれない。


「お前は、もっと大きなことを望んでるんだな。でも、アイドルとして成功したことだって十分に大きなことだと思うぞ。そんな簡単に結果が出るわけじゃないけど、少しずつでも変わっていくはずだ。」


「少しずつ…ね。」ハルヒは少し笑って、窓の外に目をやった。「でも、私はいつだってすぐに結果が欲しいのよ。世界が一瞬で変わるような、そんな瞬間を感じたいの。でも、現実はそんなに甘くないんだなって、今回のことで少しわかったわ。」


その言葉に、俺は胸が痛んだ。ハルヒは自分の理想と現実のギャップに直面し、初めて本当の意味で挫折を感じているのかもしれない。いつも突っ走ってきた彼女が、今初めて、自分の限界に気づいてしまったのだろう。


「でも、ハルヒ。お前が変わったってことは、少なくとも俺たちの世界は変わったんだ。お前のエネルギーに引っ張られて、俺たちはこうやって新しいことに挑戦してる。それは十分、世界を変える力だと思うぜ。」俺は素直にそう言った。


ハルヒは一瞬、驚いた顔をして俺を見つめたが、すぐに視線を逸らし、小さな声で答えた。


「ありがとう、キョン。でも、まだ私は満足できない。もっと大きなことを成し遂げたいのよ。次のステージでは、今度こそ本当の意味での成功を感じたい。」


彼女の目には再び、かすかな光が戻ってきた。それでも、まだ完全に吹っ切れたわけではなさそうだが、少なくとも前に進む意志はある。


---


その日の放課後、俺は部室を出たハルヒを追いかけた。彼女は一人で校庭を歩いていた。


「ハルヒ、もう一度だけ確認するけど、お前本当にアイドルを続けるんだよな?」


彼女は立ち止まり、少しの間沈黙してから俺を振り返った。風に揺れる髪が夕日を受けて輝いている。


「もちろんよ。私はまだ諦めてないわ。今回のライブだって成功だったし、次はもっとすごいステージを作ってやるわ! だって、私が世界を面白くしなきゃ、誰がするって言うのよ?」


彼女の口調はいつものように強気だったが、その裏に隠された不安や迷いが、俺にはわかっていた。それでも、俺は彼女のその決意を尊重することにした。


「そっか。なら、俺も最後まで付き合うしかないな。お前が世界を面白くするまで、な。」


俺の言葉に、ハルヒは笑った。「そうよ、あんたはいつも私についてくるんだから、最後までよろしくね。」


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こうして、ハルヒは再び前に進む決意を固めた。しかし、彼女が次にどんな冒険を思いつくのか、俺にはまだ見当がつかなかった。アイドルとしての道が、彼女にとって本当に満足のいくものになるのか、それともさらに別の夢に向かって進むのか、それは誰にもわからない。


だが、一つだけ確かなことがある。ハルヒが求める「面白い世界」は、まだまだ終わっていない。これからも、彼女は新たな挑戦を続けていく。そして、俺たちSOS団も、彼女に振り回されながらも、その冒険に付き合うしかないのだろう。


「やれやれ、また何かとんでもないことを思いつきそうだな。」俺はそう思いながらも、どこかで次の展開を楽しみにしている自分に気づいていた。

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