第23話 ハルヒの決断とクライマックス

数日が経ち、次のライブの準備が着々と進んでいた。しかし、部室の空気は前回のデビューライブの時とは違っていた。表面的には、いつもと同じように賑やかに見えるものの、特にハルヒの様子がどこか違っていた。あれほど強気で突き進んでいた彼女が、次のライブに向けて準備をしているはずなのに、どこか迷いを感じさせていた。


今日も部室に集まったSOS団のメンバーたちは、それぞれ自分の仕事を黙々とこなしていた。長門は新曲のアレンジに取り組み、朝比奈さんは衣装の仕上げに集中している。古泉は次のライブに向けてのプロモーション計画を練りながら、静かに微笑んでいた。


だが、ハルヒだけはいつものような元気がなく、机の上に広げられた資料に目を通しているものの、その手は動いていなかった。彼女が何かを思い詰めていることは明らかだった。


俺はその様子を見ていられなくなり、ついに口を開いた。


「ハルヒ、お前、本当に大丈夫か?」


その問いかけに、ハルヒは一瞬だけ顔を上げたが、すぐにまた目を伏せてしまった。


「別に…何でもないわよ。」そう言いながらも、その声にはいつもの力強さがない。


「嘘をつくな。お前、最近ずっと元気がないじゃないか。ライブの準備も進んでるのに、何か心配事でもあるのか?」俺は彼女の表情を伺いながら、さらに問い詰めた。


ハルヒはしばらく沈黙していたが、やがてぽつりと呟いた。


「…本当にこれでいいのかなって、考えてたのよ。」


その言葉に、部室の空気が一瞬にして変わった。長門も朝比奈さんも、手を止めてハルヒの方に視線を向けた。古泉も微笑みを消し、静かに彼女の言葉を待っている。


「どういう意味だ?」俺は慎重に尋ねた。


「私、ずっとアイドルになって、世界を変えるつもりだった。でも、デビューライブが成功しても、なんだか物足りなさを感じてるのよ。みんなが私を見てくれるのは嬉しいけど、それだけじゃ足りないって思っちゃう。」


ハルヒは悔しそうに唇を噛み締めながら続けた。「私はもっと、何か大きなことをやりたかった。もっと世界を面白くしたかったのに、アイドルになっただけじゃ、それを感じられないのよ。」


その言葉を聞いて、俺はようやく彼女が何に悩んでいるのか理解できた。ハルヒが求めていたのは単なる成功ではなかった。彼女がずっと追い求めていたのは、世界そのものを変えるような圧倒的な「変化」だった。けれど、アイドルとしての活動では、まだその「変化」を実感できていない。


「お前は、もっとすぐに結果を求めてるんだろうな。でも、そんなに簡単に世界が変わるわけじゃないさ。少しずつだよ、ハルヒ。少しずつ前に進んでいくんだ。」俺は静かに言葉を紡いだ。


「少しずつ…ね。」ハルヒは小さくため息をついた。「でも、私はすぐに結果を出したいのよ。世界がもっと劇的に変わる瞬間を感じたいの。だけど…それが今の私にはできない。」


その言葉に、俺はどう答えるべきか迷った。ハルヒの中にある焦りと不安、それがどれだけ強いものなのか、今の彼女を見れば一目瞭然だった。


しかし、そんな時、意外にも長門が口を開いた。


「世界を変えるというのは、物理的な意味だけではありません。」


長門の突然の発言に、ハルヒも俺も驚いて彼女の方を見た。いつもは無口で感情を表に出さない長門が、何かを伝えようとしている。


「涼宮ハルヒ。あなたはすでに、私たちの世界を変えています。あなたがここにいることで、私たちは新たな経験をし、異なる視点を得ました。それは、世界が変わったことと同義です。」


長門は淡々とした口調で言葉を続けたが、その一言一言には重みがあった。ハルヒは長門の言葉に耳を傾けながら、少しずつ表情が変わっていった。


「つまり…私がもう、世界を変えたってこと?」ハルヒは困惑したように問い返した。


「そうです。」長門は静かに頷いた。「世界は常に変化しています。それは目に見える形だけではなく、人々の心の中でも変わり続けています。あなたがその中心にいる限り、世界は常に変わり続けるでしょう。」


その言葉を聞いて、ハルヒの目が一瞬にして輝きを取り戻した。彼女は、何かを悟ったかのように顔を上げ、深く息を吸い込んだ。


「そっか…私はもう世界を変えてたんだね。」


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その日、部室を出たハルヒは、次のライブに向けて決意を固めていた。彼女は、自分が求める「面白い世界」がすぐに手に入らないことを理解しながらも、次のステージに立つ準備を始めることにした。


そして、ついに次のライブ当日がやってきた。前回のライブを上回る規模で開催されることになり、会場には多くの観客が集まっていた。ハルヒはその会場に立ちながら、再び自信を取り戻しているように見えた。


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ライブの最後の曲に差し掛かったとき、ハルヒは突然、観客に向かってマイクを握り直し、力強く言葉を発した。


「みんな、今日は本当にありがとう! 私たち**SOSスターズ**のステージはまだまだ続くわよ! でも、私はもっともっと大きなことをやりたいの。みんなが私たちを応援してくれれば、その夢はきっと叶うはず! だから、これからもよろしくね!」


観客からの大歓声が響き渡り、ハルヒは満足そうに笑った。その姿は、まさにステージの上で輝くアイドルそのものだったが、その裏には「世界を変える」という彼女自身の大きな野心が隠されていた。


ライブが終わり、控え室に戻ってきたハルヒは、さすがに疲れた様子だったが、それでも充実感に満ち溢れているようだった。


「どうだった、キョン? 私たち、今日のステージも最高だったでしょ?」ハルヒは誇らしげに俺を見上げた。


「ああ、間違いなくな。お前、本当にやるじゃないか。」俺は笑いながら答えた。


「でしょ? でも、これで終わりじゃないわよ。次はもっと大きなステージに立って、もっとたくさんの人に見てもらうんだから!」


ハルヒの目には再びあの輝きが戻っていた。彼女の野心とエネルギーは、まだまだ尽きることはなさそうだ。俺たちSOS団は、これからも彼女の夢を追いかける旅に付き合うことになるのだろう。


「やれやれ、相変わらず無茶なことを考えてるな。でも、まあ…悪くないか。」俺はそう思いながら、ハルヒの背中を見つめていた。


---


こうして、ハルヒのアイドルプロジェクトは再び動き出した。彼女は迷いを振り払い、新たなステージに向けて進む決意を固めた。これからどんな未来が待っているのかは誰にもわからないが、彼女が求める「面白い世界」は、まだまだ続いていく。


「次はどこへ行くんだ、ハルヒ?」俺は心の中でそう問いかけながら、再びハルヒと共に歩き始めた。

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