第10話 ズレた世界

俺たちは、教室の中でただ立ち尽くしていた。何が起こったのかを理解するのに、少し時間がかかった。いや、理解するというより、状況が把握できないと言った方が正しいかもしれない。


「ここって…」


ハルヒが呟く。彼女も、今目の前に広がっている光景に驚きを隠せないようだった。何度も見慣れたはずの教室だ。だが、どこかが違う。言葉では表しにくいが、確かに違和感がある。


教室の窓から差し込む光の角度、教卓の位置、そしてクラスメートたちの配置さえも、微妙にズレている。ハルヒの「時間を巻き戻す」という宣言の直後に、俺たちはどうやら過去に戻ったようだ。だが、それは単なる「過去」ではない。微妙に歪んだ、ズレた世界だ。


「おい、ここって本当に元の世界なのか?」


俺は半信半疑でクラスメートたちの顔を見渡す。だが、彼らの姿もどこかしっくりこない。まるで、見慣れた風景の中に、少しだけ別の世界が混ざり合ったかのような感覚だ。例えば、いつもは前の席に座っているはずの田中が後ろの席に座っていたり、教室の壁にかけられた時計が少し違ったデザインだったりと、そんな些細なズレが積み重なっている。


「確かに、ここは私たちの知っている教室よ。でも、何かが違う…」ハルヒは真剣な表情で言った。


「何かが違うって、具体的には?」俺は聞き返したが、ハルヒは答えを持ち合わせていないようだった。彼女はただ、無言で教室を見回している。


「まずは、何が起こっているのかを確認しよう。これはおそらく、ハルヒの力が無意識に発動して、俺たちを別の時間軸に飛ばした結果だと思うんだが…」俺は冷静さを保とうとしながらも、頭の中で何が起こっているのかを整理しようとした。


「ふん、そんなことどうだっていいわ。重要なのは、この世界が面白いかどうかよ!」ハルヒは、自分の中の疑問を一瞬で吹き飛ばすかのように、再び元気を取り戻した。


「そうか、ハルヒにとっては面白ければそれでいいんだな…」俺は内心でため息をついた。だが、状況はそれほど単純ではないことを理解していた。何かがこの世界に存在している。それも、俺たちにとって重要な何かが。


---


次の授業が始まる時間になり、教室に教師が入ってきた。これで少しは状況がわかるかもしれない。だが、入ってきた教師を見た瞬間、俺は再び違和感を覚えた。


「…誰だ?」


教壇に立ったのは、見たこともない教師だった。彼は笑顔で生徒たちを見渡しながら、いつも通りの挨拶を始める。


「皆さん、おはようございます。今日は新しいテーマについて話し合います。さあ、始めましょうか。」


教壇に立つその男は、まるで俺たちの世界にいなかったかのように自然体で、クラス全体も彼を歓迎しているようだった。俺たちの知る教師は、どう見ても彼ではない。いや、もっと言えば、この教室の生徒たちさえも、彼を以前から知っているように振る舞っている。


「何だこれは…?完全にズレている…」俺は頭の中で必死に状況を整理しようとしたが、もはや何が現実で何が非現実なのか、区別がつかなくなりそうだった。


ハルヒもまた、その教師を見て何かを考えているようだったが、彼女の表情は読めない。しかし、彼女は全く動じていないように見える。


「ねぇ、キョン、これってどういうこと?」隣に座っていた朝比奈さんが不安げに小声で聞いてきた。


「俺にもわからない。でも、どうやら元の世界じゃないことは確かだ。」俺は慎重に答えた。


「でも、どうしてこんなことに…?」朝比奈さんはさらに困惑している。


「ハルヒが過去をやり直したいと言ったから…いや、それだけでこんなことが起きるとは思えない。もしかすると、これがハルヒの無意識の力の影響かもしれない。」俺は自分自身に言い聞かせるように答えた。


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授業が進むにつれて、俺たちの違和感はますます大きくなっていった。ノートに書かれた内容も、何もかもが微妙に違う。ハルヒはその違和感に逆に興奮しているようで、授業中にノートに何かを書き込んでいた。俺が覗き込むと、「ここで何が起きているか調べるリスト」と書かれていた。


「ハルヒ、お前まさか…」俺は呆れながらも、ハルヒの意欲に圧倒されていた。彼女の興味は尽きることがなく、どんな異常な状況でも楽しみを見出そうとする。それが彼女の強みであり、また厄介なところでもある。


「キョン、放課後はこのリストに沿って調査を始めるわよ!」ハルヒは授業が終わるやいなや、俺に向かってそう告げた。


「本気で言ってるのか?俺たちはまずこのズレた世界から抜け出さないといけないんじゃないのか?」俺は少しでも現実的な提案を試みたが、ハルヒにとってはあまり意味をなさないようだった。


「そんなこと後で考えればいいじゃない。まずはこの世界の謎を解き明かすのが先決よ!もしかしたら、もっと面白い何かが見つかるかもしれないじゃない!」ハルヒの瞳には再び冒険心が宿っている。


「やれやれ、仕方ないな…」俺は心の中で再び溜息をついたが、同時にこの状況から抜け出すためには、ハルヒの行動に従うしかないことを理解していた。


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放課後、俺たちは教室に残り、ハルヒが書き留めたリストを元に調査を始めることにした。まずは学校の中を歩き回り、何がズレているのかを確認する。


廊下を歩いていると、俺たちはまた別の違和感を感じた。例えば、いつもは放課後に掃除をしているはずの生徒が、今日は全く違う活動をしていたり、掲示板に貼られているポスターが見たことのないデザインだったりと、細かいズレが積み重なっている。


「この世界は、俺たちの知っている世界じゃない。ハルヒの力がどこまで影響を及ぼしているのかはわからないが、これが単なる過去じゃないことは確かだ。」俺は真剣に考え込んでいた。


「でも、だからこそ面白いのよ!」ハルヒは変わらず笑顔を浮かべている。


「お前、本当にこの世界が気に入ってるんだな。」俺は苦笑しながら言った。


「もちろん!これほどまでに謎が詰まっている世界なんて、そうそうないわよ!解き明かさなきゃもったいないじゃない!」ハルヒはますます意欲を燃やしている。


だが、その時、俺の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。このズレた世界に滞在することで、俺たちは元の世界に戻れなくなるんじゃないか?その可能性を考えると、胸がざわついた。


「ハルヒ、もしかすると、ここに長居するのは危険かもしれないぞ。」俺は慎重に提案したが、ハルヒはそんな心配を全く意に介していない様子だ。


「心配しすぎよ、キョン。もし何かあっても、私たちならどうにかなるわ!」ハルヒの言葉は確信に満ちている。


「それはそうかもしれないが…」俺は何も言えずにハルヒを見つめた。


---


ズレた世界の謎はますます深まるばかりだ。俺たちは、この異常な状況にどう対処すればいいのか、まだ答えを見つけられずにいた。だが、一つだけ確かなことがある。ハルヒがいる限り、この冒険は終わらない。どんなに異常な状況でも、彼女はそれを楽しもうとする。それがハルヒという存在であり、俺が付き合っていかなければならない運命だ。


「さあ、次は何を調べるのかしら?」ハルヒはリストを手に取り、目を輝かせながら言った。


俺はそんなハルヒの姿を見つめながら、再び心の中で覚悟を決めた。どんなにズレた世界でも、俺たちは必ずやその真相にたどり着く。そして、元の世界に戻る方法を見つける。俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。

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