第36話 三菱紋の斧槍
大和機が散ったことで残存する公国軍トラクター部隊は武装を解除し撤退することになった。
運もそれを見逃し、執拗に追うことはしなかった。
「さて、残るは数で押し寄せる一般兵をエルフ族がどう抑えているかだが」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん聞こえるっ!?」
ナビ機能を通じて久遠の声が届く。
「おう。たった今、敵軍リーダーを撃破して残るトラクター部隊を撤退させたところだ」
「良かった! それならすぐに中央広場まで来てっ! 五十鈴さんがっ!!」
久遠の様子は尋常ではなかった。
「何だ? 何があった!?」
「あっ!! ヒールっ!! お兄ちゃん早くっ!」
「あっ、おい!」
通話は一方的に切れた。
「何だ……? 敵の主力はトラクター部隊なんじゃなかったのか?」
運は周囲を見渡した。
「おい、嘘だろ……?」
見れば森の至る所から火の手が上がっていた。
「交戦に夢中になっていて気付かなかった。まさか森に火を放つだなんて……森も公国の貴重な資源なんじゃなかったのか……?」
運はその様子を暫く呆然と見降ろしていた。
「やべえ。呆然としてる場合じゃねーな」
運は我に返ると急いで里の中央広場へ向かった。
「ヒール! 五十鈴さん、大丈夫!?」
「はぁ……はぁ……すみません久遠さん、私が不甲斐無いばかりに……」
「そんなこと無いよ! アイツが、アイツが強すぎる……!」
久遠と五十鈴の眼前には全身を黒い鎧で覆った重騎士が重厚な金属音を踏み鳴らして迫っていた。
「やらせない! この里は私が守る!」
五十鈴は剣を構えて黒騎士に迫ったが、黒騎士はそれを物ともせず、ただ手に持った
「がはあっ!」
吹き飛ばされた五十鈴は後方の大木に打ち付けられる。
「ヒール! そんな……五十鈴さんが手も足も出ないなんて……」
「情けない限りです、時間稼ぎすらまともにできないとは……」
黒騎士は二人の存在に一切影響されず、ただ前進するのみだった。
「ううん、仕方ないよ……あんな規格外な敵がいるなんて予想出来る訳がない」
「咄嗟に里の皆を逃したことだけは正解でした……あの黒騎士の出現だけで此方の戦線は一気に崩壊してしまったのですから」
「みんな、逃げ切れると良いけど……」
「悔しながら、一般兵までを我々だけでは……」
久遠と五十鈴が目の前の黒騎士に集中する間、公国兵は彼女らの防衛戦を容易く越えて敗走するエルフ族を追う形となっていた。
「ゴメンね、私達だけじゃ里を守れなかった……」
森に燃え広がる炎を見て久遠が言った。
「そんなことはありません! 完全に包囲されていた森に運殿が突破口を開けてくれたおかげで逃げる選択肢が生まれたのですから」
「でも……」
「後は私がここで黒騎士を止めさえすれば、みんなも一般兵如きに負けないはずです」
「でも……」
「大丈夫! 何度でも立ち上がりますよ、私は!」
何度立ち向かってもその度に弾き返されては重症を負う五十鈴を見て久遠は叫んだ。
「もうっ! 早く来てよ、お兄ちゃぁーん!!」
その時、久遠の叫びに応えるように空から舞い降りた1台のトラック。
それは言葉も交わす前から一直線に黒騎士に向かって突撃していた。
「うおおおおおおっ!!」
途轍もない衝撃音を響かせ衝突するトラックと黒騎士。
驚くべきはその結果、黒騎士が腕一本でトラックを完全制止している光景であった。
「うそ……だろ……? こっちはトラックだぞ?」
放心するのも束の間、黒騎士が残る手に持つ斧槍を振り被るのを見て、運は咄嗟に身を引いた。
「運殿! 無事でしたか!」
そこへ駆け寄る五十鈴と久遠。
「何なんだアイツは。俺様のトラックを腕一本で止めやがった」
「はい。私も手も足も出せずにいました」
「それだけじゃない、それだけじゃないの」
「まだ被害があるのか?」
「エルフ族の切り札、風の大精霊シルフもやられちゃった……多分、森の結界を破ったのもアイツの仕業なんだよ……」
「そんなにヤバい奴なのか」
「そうですね、聞いたことがあります。三菱紋の斧槍を持った絶対無敵の黒騎士の話を」
3人の視線は黒騎士の持つ斧槍に集まった。
「あったよ五十鈴さん……三菱紋」
「それでは、間違いはありませんね……」
五十鈴は神妙な面持ちで続けた。
「あの三菱の斧槍を持つ男は、黒騎士スーパーグレート」
「「スーパーグレート?」」
「大陸中に神出鬼没に現れては、争いや戦争の火中に身を置くそうです」
「何が目的なんだ?」
五十鈴は首を横に振る。
「誰も黒騎士の目的を知る者はいません」
「不気味な奴だな」
「ですが、その強さはまさに無敵と名高く、今や転移転生の勇者達でさえ立ち向かおうとする者はいないと聞きます」
「そんな厄介な奴が目の前にいるのか……」
「勝てそう? お兄ちゃん?」
「解らんな。先程の衝突にしたって、俺様は全く手加減してなかったんだぜ?」
「そ、それを腕一本で止められちゃったの!?」
「正直、底が知れねーな」
「運殿を以てしても、ですか……?」
「何か異質と言うか、やべー感じがするぜ」
「で、では。私が運殿の囮となって……」
「いや、ここは俺が一人で戦う」
「「え!?」」
「正直、どうやって戦うべきか解んねーんだよ。ただ、全力でブチかましていればお前達を巻き込んでしまうかも知れないのは確かだ」
「そんな戦いになるの?」
心配げに見上げてくる久遠の頭に運はポンと手を乗せた。
「ま、ヤバくなったら逃げる。流石に向こうも空を飛んで追い掛けて来る……なんてことはないだろうしな」
「運殿……」
「時間は俺が稼いでやる。五十鈴は里の皆を守ってやれ」
五十鈴はきつく唇を噛んで俯いていたが、やがて力強く運を見返した。
「すみません。今の私では足手まといにしかなりません。ですが、里の皆を無事に逃がすことが出来たなら必ず戻ります」
「良いよ良いよ、戻って来んな。そん時ゃ俺も逃げてるだろうさ」
「……無理は、禁物ですよ?」
「絶対、絶対逃げてよお兄ちゃん!」
「おう」
運は二人に背を向けて答えた。
そして五十鈴と久遠の二人は急ぎエルフ族の逃げた方角に向かって駆け出した。
戦場に残された運と黒騎士。
「待たせたな」
「……」
黒騎士は声を発さない。
「話す気が無いなら、早速行かせてもらうぜ」
こうして燃える森を戦場に二人の戦いは始まった。
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