第5話 真実は……
「な、なんで……此処に帝国の皇帝が……」
「ケイン王子。先程、エリーゼと婚約破棄をしたな。彼女と貴殿は無関係だ」
蚊の鳴くような声により、視線を下げると王子が床に座り込んでいた。そういえば居たのをすっかり忘れていた。私が口を開こうとする前に、アレク様の凛とした声が響いた。
聖女だからと王太子殿下の婚約者にされていたが、その関係が断たれたことに安堵する。
「な! そ、それは魔物の魔法を掛けられた所為であって……僕の本心ではなく……」
「魔物は人の負の感情に大きく影響を齎すと聞く。魔法の影響を強く受けたということは、貴殿たちにその要因があったということだ。そんな人間達にエリーゼは任せておけない」
苦し紛れに言い訳を口にする王子だが、彼は重要なことに気が付いていない。魔物の魔法が人の気持ちを増幅させるということに。
国境付近での魔物の討伐の際に、私とアレク様達の関係を悪くしようと同じ魔法を仕掛けて来たのだ。しかしアレク様をはじめ、帝国の人達は私に剣を向けることはなかった。実際に魔法を掛けられた経験のある、アレク様の言葉は重く硬い。
「ふ、巫山戯るな! 聖女が居なければ魔物に対してどうしろと!? エリーゼは我が国の聖女であり、我が国に尽くすべきだろう!!」
「エリーゼを道具扱いする奴がほざくな。今までエリーゼの恩恵に預かってきたというのに、利己的な言葉しか出てこないのか」
王子はアレク様に向かって乱暴な言葉を叫ぶ。この国の王太子とはいえ、隣国の皇帝陛下に接する態度ではない。アレク様に忠義の厚い帝国の皆さんには、到底見せることが出来ない光景である。
「ケイン殿下。アレク様に向かってそのような態度は……」
「う、五月蠅い!! 黙れ!!」
好きな人に対して乱暴な態度をとられ気分を害さない者は居ないだろう。私は王子を諌めるべく声をかけたが、怒鳴り声に遮られた。思わず肩が跳ねてしまったのは、彼の表情が王太子とはかけ離れていたからだ。
「大丈夫かい? エリー」
「……っ、はい」
私の肩を優しく触れるアレク様のおかげで、落ち着きを取り戻す。彼はいつも私に安らぎと勇気を与えてくれる。
「大体……孤児のお前を今まで散々面倒を見てきてやったのに……この国を裏切るつもりか!? 帝国も他国の物を勝手に奪うなど泥棒だぞ!!」
「そもそもエリーゼは帝国の公爵令嬢だ。聖女の力を持つと確認をされた後に誘拐された。泥棒は何方かな?」
アレク様が私を抱きしめる腕に力が籠る。
驚いたことに私は元々、帝国の公爵令嬢として生まれ育っていたのだ。しかし聖女の力があると分かると、この王国に誘拐された。怪しまれるからか、一度孤児院に預けられたから公爵家に養女として引き取られたのだ。孤児院で前聖の記憶を取り戻した為、それ以前の記憶が無かったのが後手に回る結果となった。
私が帝国の人間だと分かったのは、魔力の質が帝国の公爵家と同じであるということにアレク様が気付いたからである。更にいえば同時期に聖女が誕生することは前例がなく、誘拐されたことは一目瞭然だったそうだ。しかしそのことを王国に追及しようにも、私が帝国で過ごした記憶がない為、手をこまねいていたのだ。
「な……そんな……。僕はそんなことを知らないぞ! 父上や他の貴族達がしたことだろう!?」
「仮にも王太子を名乗るのならば、自分の周囲について考えるべきだったな。エリーに対して貴国がした事に関しては、正式に我が帝国から糾弾し然るべき処罰を言い渡す。エリーは我が国で幸せにする。二度と彼女の名前を口にするな」
この期に及んでもまだ言い訳をする王子に、アレク様は見下ろすと冷たく言い放った。
「さあ、エリー。僕らの帝国に帰ろう」
「はい、アレク様!」
柔らかい笑みを浮かべる彼に横抱きにされると、足元に魔法陣が現れる。騒がしくなる王国の大広を後にした。
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