第24話

ドラゴンが地上に着陸した。それと同時に周りに居る丹波の手下達を尻尾でなぎ払っていく。

 丈一さんを乗せた巨大な鷹は嘴や前足などを使って、丹波達の手下を攻撃している。

 あまりにも手ごたえがない。時間稼ぎのようにしか感じ取れない。

 ロボット達が倒した丹波の手下達を網で捕獲していく。

 バリケードの外に居た丹波の手下達は一掃した。後は創世樹を切り倒そうとしているやつらだ。

 創世樹を切り倒そうとしている丹波の手下達は創世樹が全く切り倒せなくて焦っているように見える。

 それは仕方がない事だ。創世樹の樹皮は金属のように固い。そんなにすぐに切り倒せるものではない。だから、バリケードの外に居る者達を倒してからでも間に合う。

「丈一君、巌谷君。創世樹の方に向かうわよ。残りはロボット達に任せても大丈夫だから」

「了解」

「了解しました」

 影草さんを乗せたグリフォンと丈一さんを乗せた巨大な鷹が創世樹に向かって飛んでいく。

「ドラゴン、次は創世樹を切り倒そうとしている奴らを倒してくれ」

 ドラゴンは首を縦に振った。そして、創世樹に向かって飛んでいく。

「なんで、こんなに固いんだ」

「丹波さん。もっと性能のいい物を渡してくれないと」

「噓だろ。仲間があんなにやられているだと」

「し、死にたくねぇ」

「くそ。どうすればいいんだ」

 丹波の手下達は混乱している。ここに居る奴らを倒せば、創世樹は守れる。

 ドラゴンは前足で丹波の手下達を掴んで、丈一さんが実像化させたロボットの方へ投げる。

 ロボット達はドラゴンが投げた丹波の手下達を網で捕獲していく。

 影草さんを乗せたグリフォンや丈一さんを乗せた巨大な鷹のおかげで、殆どの丹波の手下達は捕獲できた。

「祭りのフィナーレはお前達の嘆きで飾ろう」

 どこからか丹波の声が聞こえた。

 僕や影草さんや丈一さんは周りを見渡す。

 ……どこだ。どこに居るんだ。

「丈一君、巌谷君。上よ」

 影草さんがインカムで僕らに伝える。

 僕と丈一さんは見上げる。

 丹波と数人の手下達が空から降ってきた。

「た、丹波」

「巌谷。気を引き締めろ」

 インカムから丈一さんの声が聞こえる。

「はい。分かりました」

 息を吸い込んで、気持ちを落ち着かせる。冷静になればなるほど物事を俯瞰で見れるようになる。それは自分が何をすればいいか判断できるようになるのと同じ。

 丹波と手下達は僕らの前に着陸した。

「さぁ、遊ぼうぜ」

 丹波は不敵な笑みを浮かべた。

「二人とも勝手な行動は今からはなしよ」

 インカムから影草さんの指示が聞こえる。

「はい。分かりました」

 僕自身も理解している。この状況で勝手な行動をするのは自殺行為だ。相手の力の全容も分かっていないのに。

「了解」

 丈一さんの冷静な声で返事をする。

「思った以上に慎重だな。あんたら。それだったら、俺が絶望を見せてやるよ」

 丹波は羽織った革ジャンの胸ポケットから黒いパッチニードルみたいなものを出した。

 あれって、もしかして。

「十中八九、黒現具ね。攻撃を仕掛けてくるわ。二人とも、どんな攻撃が来てもいいように準備して」

 影草さんはインカムで僕らに指示を出す。

「了解」

「了解です」

 どんな攻撃が来るか分からない。どの方向から来るかも分からない。全てが初見だ。

「お前ら、本を出せ」

 丹波が手下達に命令を出す。

 手下達は頷き、懐から本を取り出した。

「……さぁ、目覚めろ。哀れな者達よ」

 丹波が黒いパッチニードルを天にかざす。すると、手下達が持っている本が黒くなっていく。

 ……初めてだ。本が黒改されていく瞬間を見るのは。いや、驚いている場合じゃない。あれはれっきとした犯罪行為だ。

 丹波の前に悪魔や堕天使やオークや妖怪や怪獣や死神などが黒現化した。

 ちょっとこれはやっかいだぞ。どれも一筋縄では行かないレベルだ。

「殺れ。思うがままに」

 丹波が黒現化したキャラクターに命令する。

 黒現化したキャラクター達が襲い掛かってくる。

「どうします?」

 丈一さんは影草さんにインカムで訊ねる。

「戦いながら黒改された本を正常化させるしかないわ。町に被害が出ないように戦いなさい」

「了解」

「了解しました」

 返事はした。しかし、その指示は無茶だと思う。まだ相手には奥の手があるかもしれないし。

「ドラゴン。敵を倒してくれ。町に影響が出ないように」

 ドラゴンは首を縦に振る。そして、こちらに向かって来る黒現化したキャラクター達の方へ向かって飛ぶ。

 さすがにきついな。どうやって、活路を見出すつもりなんだ。影草さんは。いや、影草さんだけに頼るんじゃなくて、自分でも考えないと。

 ドラゴンは悪魔とオークと堕天使と戦闘を始めた。

 3対1。明らかに不利だ。能力を付与と強化をしないと。

 神夢筆の筆先をドラゴンに向ける。そして、「俊敏性強化」と「麻痺効果付与」と書く。

 ドラゴンの姿がスリムになっていき、両前足の爪からは電気が放電している。

 ドラゴンは超高速移動で敵を惑わしている。

 その移動の度にとてつもない重力が僕の身体を襲う。敵を倒す前に僕の身体が持たない気がする。

 ドラゴンは混乱している敵を一体ずつ放電している爪で切り裂いていく。

 いいぞ。その調子だ。だけど、もう少しだけ動くのを減らしてくれ。死にそうだ。

 ドラゴンは襲い掛かってきた3体を全員倒した。敵の3体はその場で倒れている。

 ……二つの意味でよかった。敵を倒せた事と自分の身体が持った事が。

 僕は周りを見渡す。

 影草さんを乗せたグリフォンや丈一さんを乗せた鷹も敵を倒したようだ。

 これで後は丹波達を倒すだけだ。

「やはり、これでは倒せないな。本番はこれからだ」

 丹波は全く動じていない。むしろ、戦いを楽しんでいるかのようだ。何を考えているか全然分からない。

「次の攻撃に備えて。何を仕掛けてくるか分からないわ」

 影草さんの指示がインカムから聞こえてくる。

「了解」

「了解です」

 何をしてくるんだ。くそ。敵の力が謎ばかりで先手が打てない。基本戦いは先手を打てた方が有利なはずだ。でも、今回の戦いは全て後手に回っている。

「黒虚針(こっきょばり)よ。全てを縫い合わせろ」

 丹波の手から黒虚針が離れて、倒れている黒現化したキャラクター達の身体を貫いていく。そして、貫かれたキャラクター達が縫い合わさせていく。

「いでよ。キメラ」

 丹波の目の前には無理やり縫い合わされたキャラクター達の集合体が現れた。全長はおよそ10メートル。一応、虎の様な形になっている。

 合体には程遠い。センスのないパッチワークのようだ。

 その集合体は無理やり繋ぎ合わされたせいで様々な方向へ動こうとする。それに悲痛な叫んでいる。ただの化け物でしかない。

「影草さん。貴方の神創具と能力が似ていませんか?」

 丈一さんはインカムで影草さんに訊ねる。

「似てるように思えるけど、根本的に違うわ。私の神縫針は実像化した者達を新たな固体に生まれ変わらせる。あっちは無理やり繋ぎ合わせているだけ」

 影草さんの神創具・神縫針の能力は実像化したキャラクター達を縫い合わせて新たなものを生み出す能力。

 説明されると別物の能力だと分かる。

「すみません。ありがとうございます」

「いいのよ。形も似てるし」

 キメラが突然動き出す。そして、影草が乗っているグリフォンと丈一さんが乗っている鷹を襲った。

 影草を乗せたグリフォンも丈一さんを乗せた鷹は何も対応できず、ロボット達が居るほうへ吹き飛ばされていく。

「ドラゴン。攻撃に備えろ」

 影草さんと丈一さんが対応できないなんて。なんて言う速度と破壊力だ。

 ドラゴンは頷いて、両手をクロスにして、防御体勢を取った。

 キメラはドラゴンに襲い掛かってくる。

 ドラゴンは防御体勢を取っていたが、あまりの衝撃にその場で膝を着いてしまった。

 鉛のように重い衝撃だった。今まで対戦した黒現化したキャラクターのどれよりも強い。それにこの一回の攻撃で分かった。

 一人じゃ勝てない。勝てるはずが無い。圧倒的なスペックの差があるからだ。神夢筆でどれだけ強化などをしても勝てない。なぜなら、一人で想像したものだけじゃ到底到達する事ができないスペックをこのキメラは持っているからだ。

 キメラは丹波のもとへ戻った。

「絶望したか。圧倒的な力の差に」

「…………絶望なんてしていない」

 言い返したが心がこもっていない。ほぼ事実の事を言われたからだ。もし、影草さんと丈一さんが気絶か死んでいたら、形勢は百パーセント打開できない。どんな手段を取ろうともだ。

 簡単な話だ。どんな世界でもあるラインを超えれば才能がどれだけあるかで勝負が決まる。

「抜かせ。お前が一番理解しているだろ」

「…………」

「お前は賢いな。馬鹿じゃない」

 丹波に褒められても嬉しくない。

「返事をせずに私の指示に従って巌谷君」

 インカムから影草さんの声が聞こえてきた。影草さんは無事のようだ。

「神縫針で丈一君が実像化したロボット達を合体させて巨大ロボットにする。だから、合体させる時間を稼いでほしいの。どんな方法でもいいわ」

 勝てる可能性が0から数パーセントに変わった。でも、丈一さんが実像化させたロボットの数はかなりある。その量を合体させるにはまぁまぁな時間がかかる。

「俺も一緒に時間を稼いでやるから安心しろ」

 丈一さんの声がインカムから聞こえてくる。丈一さんも無事だったんだ。

 二人とも無事ならこの絶望から抜け出す事ができる。気合を入れろ。僕。

「恐怖で声も出ないのか」

 丹波は哀れんだような顔で言った。

「いや、考えていただけだよ。どうやって、この状況を打開するかを」

「さっき言った事を訂正する。お前は馬鹿だ。理解できるようにいたぶってやる」

「どうぞ。ご自由に」

 出来るだけ丹波の視線を僕の方に持って行かないと。影草さんが神縫針でロボット達を合体

している所を攻撃されないように。

「あぁ、自由にさせてもらうさ。キメラ、そこのドラゴンを再起不能になるまで……いや、消えるまで攻撃を続けろ」

 キメラは悲痛な声で吠える。

 僕はドラゴンの筆先を向ける。そして、「皮膚をダイヤモンドに変更」と「両手に強固な棘が付いた盾を付与」と書く。すると、ドラゴンの皮膚がダイヤモンドに変化。棘が付いた盾を両手に装備した。

「ドラゴン、攻撃を耐えきろ。攻撃はしなくていい」

 ドラゴンは頷き、盾を構える。

 キメラがドラゴンを攻撃してきた。

 攻撃の一つ一つが先程とは比にならない程に強力だ。皮膚をダイヤモンドにしていなかったら、もうドラゴンは倒されていた。

「威勢を張ったわりには消極的だな」

「攻撃だけが戦いじゃないんで」

 虚勢を張ったわけじゃない。事実、盾の棘で少しずつダメージを与えている。

「あと何分持つかな。キメラ、怯むな。攻撃を続けろ」

 キメラは丹波の指示通り攻撃を続行する。

 ドラゴンが手に持っている盾はキメラの攻撃でひびが入った。あと数回で確実に破壊される。いくら、ダイヤモンドの皮膚だと言っても直接攻撃を受け続ければ破壊されてしまう。けれど、マイナスだけではない。盾の棘が刺さった場所からは血が流れている。そのおかげで動きも少しずつだが鈍くなっている。

「巌谷君、あと20パーセントで完成よ。頑張って」

 影草さんは頑張ってロボット達を合体させている。もう少しだ。もう少し耐えれば勝てる。

「どうした。防戦一方だな。今なら侘びを受け付けるぞ」

「侘びなんてするわけないだろ」

「巌谷。その通りだ」

 丈一さんの声がインカムから聞こえてきた。その次の瞬間、丈一さんを乗せた巨大な鷹がキメラの体当たりした。

 キメラは吹き飛ばされ、バリケードに激突して、もがいている。

「貴様、まだ戦えたのか」

「あぁ。お前を倒すぐらいの力は残っている」

 丈一さんも巨大な鷹もかなりダメージを負っている。もう一回攻撃を受ければ、ただではすまないだろう。

「その傷でよく言えたものだ」

「傷?そんなものどこにもないけどね」

「強がりを。哀れで醜いな」

「……俺が哀れだと、醜いだと、ダサいだとふざけるな。俺は誰よりも気高くイケメンだ」

 丈一さんは恥ずかしがる事もなく言い切った。あと、ダサいは自分で足しましたよね。

「……凄い」

 思っている事がつい口からこぼれてしまった。この状況でよくそんな事を言い切れるな。自惚れ……いや、違う。自分に自信があるんだな。ちょっとは見習わないといけないかもしれないな。

「お前、馬鹿だな」

 丹波は引きながら言った。

「馬鹿でもない。俺は成績上位だ」

 丈一さん。その発言が馬鹿らしく感じると思いますよ。絶対に口にはできないけど。でも、どうしたのだろう。普段はこんな事言わないのに。もしかして、喰らったダメージで頭のネジが一本取れたのだろうか。

「……その発言こそが馬鹿って証拠なんだよ」

 丹波。あんた、僕が言わないでおこうと思った事を言ったな。言ってしまったな。

「うるさい。うるさい。うるさい!!!!!!」

 丈一さんは激高している。なんと言うか、子供だ。子供の怒り方だ。先輩だけどちょっと情けないな。きっと、いや、これは確実にダメージの影響だ。麗には見せられない姿だ。

「キメラ、攻撃対象を変更。その鷹を殺せ。目障りで耳障りだ」

 丹波はもがいているキメラに命令した。キメラは強引に体勢を立て直して、丈一さんが乗る巨大な鷹へ向かって行く。

 駄目だ。移動速度が全く衰えていない。ドラゴンにどれだけ速く指示しても間に合わない。

 キメラが丈一さんを乗せた巨大な鷹を攻撃しようとした。その瞬間、何かが飛んできて、キメラに直撃した。

 キメラはまたバリケードに激突して、先程よりももがき苦しんでいる。

 直撃した物は巨大なロボットの手だった。そのロボットの手は回転し続けて、キメラにダメージを与えている。これって、もしかして。

「間に合ったわね」

 インカムから影草さんの声が聞こえる。

「影草さん」

 僕は振り向いた。影草さんを乗せたロボットがこちらへ向かって来ているのが見える。そのロボットはまるで特撮ものに出てくる合体ロボみたいだ。超巨大な鞘を背負っている。あの鞘の中には超強大な剣が入っているのだろう。

 ロボットの片手はない。きっと、キメラを攻撃した手がこのロボットの手なのだろう。

「丈一君、巌谷君。勝つわよ」

「了解」

「了解です」

 キメラを攻撃していた手が巨大ロボットに戻った。

「お前も生きていたのか。まぁ、いい。3人まとめてここで死んでもらう。キメラ、そこのロボットと鷹とドラゴンを殺れ」

 キメラは立ち上がった。しかし、大量の血が流れている。

 この状態でも尚、戦わせるのか。他人の創作物だから愛情なく使えるんだな。自分の作ったものならこんなに無下に扱えるわけが無い。

 キメラは影草さんを乗せたロボットに襲い掛かる。

「キメラを再起不能してあげて」

 影草さんがロボットの指示を出す。

 ロボットは襲い掛かってきたキメラを手で捕まえて、上空へ放り投げた。

 キメラは何も出来ずに地上へと落下していく。

 ロボットは背負っている鞘から剣を取り出して、構える。そして、落ちてきたキメラを斬った。

 その斬る速度は目で追えない程に速い。何回斬ったのか。分からない。

 キメラの体はばらばらの肉片になり、地面に散らばる。血は雨のように僕らに降りかかった。

「た、倒した。倒したんだ」

 勝った。これで後は丹波達を捕まえれば済むんだ。

「た、倒されただと」

 丹波は目の前で起こった事実を飲み込めないでいる。

「丹波さんが負けた?」

「噓だろ。マジかよ」

「どうします。丹波さん」

 黒改した本を持った手下達が混乱し始めた。

「ロボット。丹波とその手下達を捕獲」

 影草さんはロボットに指示を出す。

 ロボットは剣を背中の鞘に戻す。その後、両手で丹波とその手下達を捕獲した。

 これで御伽町に平和が戻るんだ。任務完了だ。

 影草さんはロボットから降りて、丹波達のもとへ行く。

 僕はドラゴンから、丈一さんは巨大な鷹から降りて、影草さんのもとへ向かう。

「これで貴方達の悪行もおしまいよ」

 影草さんは丹波達に言った。

「ハハハ、これで終わりと思ってるのか。甘いな」

 丹波は笑っている。なんで、この状況で笑えるんだ。自分達は捕まっているんだぞ。どう考えたって何もする事はできないだろ。

「何を笑っているんだ。貴様」

 丈一さんは丹波の胸ぐらを掴んだ。

「……俺は改変者マドンじゃねぇ」

 突然、北エリアの方から黒い光の柱が出現した。距離的に御伽町立図書館辺りだ。

「なんなの、あの黒い光は」

「どう言う事なんだ。説明しろ」

「創世樹を切り倒すのは時間稼ぎ。本当の目的は神創記の改変。お前らは改変者マドンの手のひらで躍らされていただけなんだよ」

「……神創記の改変だと」

「改変者マドンは誰なの?言いなさい」

 影草さんは声を荒げた。

「お前なら知っていると思うけどな。ドラゴンに乗った少年」

「……僕なら知っている?」

 どう言う事だ。僕が知っている人なのか。

「あぁ。俺達はどうやって現れた?」

「……空から降ってきた。……そんな。まさか」

 いや、そんな事あり得ない。あり得てたまるもんか。

「巌谷、誰なんだ」

 丈一さんは丹波の胸ぐらから手を離した。

「誰なの、巌谷君?」

「……夢降る町の著者、西条誠」

 信じたくない。でも、その人しか思いつかない。

「ご名答」

 丹波は僕が言った答えを肯定した。

「……噓だ。なんで、あの人が」

 身体から力が抜けて、膝から崩れ落ちてしまった。あんな優しい人がなんで、改変者マドンなんだ。

「子供だから分からないんだよ。どんな人間だって裏表がある。それが現実だ」

「ふざけるな」

 僕は立ち上がって、丹波の頬を叩いた。

「俺を殴っても現実は変わらないぞ」

 丹波はにやりと笑った。

「くそ……くそ、くそ、くそぉ!!……」

 僕は地面を思いっきり殴った。手からは血が流れた。

 全く痛みがしない。痛みより怒りや悲しみが勝っているんだ。

「……巌谷君。行ってきなさい」

「……影草さん?」

「貴方が西条さんを説得しなさい。貴方しか出来ない事よ」

「……僕しか出来ない事?」

「えぇ。貴方なら西条さんの心を変えることが出来るかもしれない。貴方の真摯で純粋な想いなら」

「……真摯で純粋な気持ち」

「貴方が小説家になろうと思ったきっかけを作ってくれた人なんでしょ。それだったら、貴方

が西条さんの人生を変えるきっかけになりなさい」

「影草さん。……分かりました。僕がきっかけになります」

 ここで嘆いていても何も変わらない。それは事実だ。でも、僕が西条さんを説得したら何か変わるかもしれない。その僅かの可能性を自分でなくしちゃ駄目だ。西条さんを変えるんだ。

変えてみせるんだ。西条さんの為にも、みんなの為にも。

「頼んだわよ。私達はもう戦える力がない。だから、こいつらが逃げ出さないように見ておくから」

「……頼んだぞ。お前なら出来るさ」

 丈一さんは僕の肩を優しく叩いた。

「……丈一さん」

 丈一さんが期待してくれている。信頼してくれている。

 僕はこの期待と信頼に答えないと。1人の男して、一人のテイルダイバーとして。

「行って来い」

「はい」

 僕はドラゴンの背中に乗った。

「ドラゴン、御伽町立図書館へ行ってくれ」

 ドラゴンは頷く。そして、翼を羽ばたかせて、上空へ上がっていく。

 西条さん、貴方を変えてみせます。絶対に。貴方は優しい人なんだから。優しい人じゃないとあんな心優しい作品は書けない。

 ドラゴンは御伽町立図書館へ向かって飛んでいく。

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